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間者の正体



「しょうがないわねぇ。体に聞いてみようかしら?」


 腕の中ですっかり石のように固まってしまったメルデルの背中をなでながら、サラサンは囁く。

 耳元に息がかかり、むず痒い。


「で、殿下!」


耳を押さえて見上げると、彼は弾けるように笑いだした。


「冗談よ。冗談。でも教えてくれる?」


 しつこいと言えたらと思いつつ、隠し事はよくないと、メルデルは話すことにした。


「そんなことだったの?なーんだ。でも、メルデルの答えが気に食わないわ。いえ、私の落ち度ね。毎日が幸せでどうかしそうです!って答えられるくらいに夫婦生活がうまくいってないせいだわ」

「で、殿下。そんなことは。私は十分よくしてもらってます」

「それでじゃ、だめなのよ。やっぱりここはちゃんと夫婦として、」


 部屋は闇に包まれたまま、けれども完全に闇になれた彼女の目にはサラサンの表情がよく見えた。射貫くような視線が熱くて、視線を外せない。もし外せば、襲われる、そんな錯覚に陥りそうだった。


「殿下」

「メルデル。私のこと嫌いじゃないのよね」

「もちろんです。殿下を嫌うなんてとんでもございません」

「……その言い回しがうーん。やっぱりまだだめね。メルデルが私のことを好きって言ってくれるまで我慢するわ」

「好きって、我慢?」

「わかるでしょう?」


 ふふふと妖しげにサラサンは微笑み、結局その晩はいつものように背中合わせに寝ることなった。


 ☆


 メルデルが深い眠りについたのを確認してから、サラサンはベッドから抜け出した。

 ベランダに出るとすぐに気配を感じる。

 影が形を取るのを待って、彼は言葉をかけた。


「もう役目は終わりよ。また何かあったらよろしくね」

「了解~。だったらこれから、あたしの意志で自由に動くのですわあ」

「け、ケリー?」


サラサンが驚いたのはその口調ではない。

 間者であるケリーの態度、言葉使いはこれが通常である。王子であるが形式にこだわらないサラサンは部下の態度に対しては鷹揚だ。咎めたりしない。

 彼が驚いたのは、その言葉の意味だった。


「……居座るつもりなの?」

「はい。あたしはどうしてもぉ、ジャミンを落としたいですわあ。執事に眼鏡、そして赤毛。ジャミンはもろにあたしの好みですのお。今、失恋で傷心してるから、付け込み隙なんですわあ」


 おかしな言い回しでしれっととんでもないことを話すケリー。

 ちなみに彼女は使用人の一人として潜伏しており、普通の使用人を装っている。この屋敷で働く際の推薦状は間接的にサラサンが用意して、問題ないものだ。


「……おかしなことをしないでくれるというなら、いいのだけど?」

「もちろん、殿下の邪魔はしないですよお。ほら、お互いに利害一致じゃないですかあ」

「ま、まあ。そうだけど。でもあのジャミンは手ごわそうよ」

「そこが、面白いじゃないですかあ。俄然燃えますのぉ!」


 黒い影が動き、拳を突き上げる。

 元からケリーは少し変わった間者だった。だが、仕事はきちんとする者だったので、今回、メルデルの身辺を探ってもらった。

 けれども、それはもしかして失敗したかもしれないと後悔し始めていた。


「本当に余計なことしないでよね?」

「信頼してくださいぃ。このケリーの名にかけて」


 ケリーの名にかけて、の類が謎すぎるが、サラサンはとりあえず頷く。


「それじゃあ、殿下。明日から頑張ってくださいぃ。あたしも頑張りますう」

「あ、ありがとう」


気遅れしながら返事をすると、黒い影は敬礼をして闇に溶け込んでいった。


「……大丈夫かしら。あの子。変な事しなきゃいいんだけど。まあ、間者としては優秀だから大丈夫よね」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、サラサンはベランダから部屋に戻る

 スヤスヤとメルデルの寝息が聞こえ、それだけで彼は幸せな気分になった。

 本当はぎゅっと抱きしめて眠りたいのだが、その気持ちを押さえて彼女を起さないようにそっとベッドにもぐりこんだ。



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