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迷子な気持ち

「彼が領主代理人のベッヘンです」


 メルデルに紹介され、初老の白髪の男性がサラサンに挨拶をする。

 玄関先で始まった自己紹介で、彼が希望し、彼女は玄関に集まった者をすべて紹介していくことになった。


「彼は、ベッヘンに代わり現在執事を務めるジャミンです」

「サラサン殿下。ジャミンでごさいます。若輩者ですがキャンドラ家の執事を務めております。何なりと御用をお申し付けください」


 赤毛の執事は一歩前に出ると、深々と頭を下げる。


「ジャミンね。いい男じゃないの。よろしくね」


 サラサンの微笑みに、ジャミンも笑みを返し、挨拶は円満に交わされた。そう思ったので、メルデルだけで、サラサンは間者を介してジャミンの想いを知っており、彼の出方を図ろうとしていた。



 ☆



「さあて、散歩でもしましょうよ」


 到着した日は視察をする予定は組み込んでおらず、部屋でくつろぐ予定だった。けれども、サラサンは荷を解き、連れてきた侍女や警護の騎士たちに指示を出した後、メルデルを誘う。

 二人が滞在する部屋は客間だ。

 白地で統一され、装飾が美しい部屋で、サラサンは気に入ったようだった。


「疲れてる?」

「そんなことはありません。むしろうれしいくらいです。殿下はお疲れではないのですか?」

「疲れてないわ。行きましょう。案内してくれる?」

「もちろんです」


 散歩への誘いは願ってもないことで、メルデルは自然と笑顔で返事をしていた。

 それをサラサンは嬉しそうに眺め、見つめらていることに気がついた彼女は頬を赤く染める。


 ーーなんでこんなに動悸がするのか。見つめられることなんてよくあることなのに。


 逃げるように顔をそらしてから、メルデルは王子を案内しようと扉の取っ手に手をかけた。


 日が傾きかけており、警備のことも考えて散歩は屋敷の敷地内を歩き回るだけになった。

 敷地内といっても、畑などがありちょっとした散歩には十分過ぎる大きさだった。


「やっぱり空気が違うわね」

「ええ」


 サラサンの隣に並び、メルデルはうなづく。

 彼の笑顔を見ると嬉しくなる。


 抱いていた怒りの感情はいつの間にか消え去っていて、彼女は戸惑っていた。


 ーー簡単に忘れていいことじゃないのに。どうして私は許してしまうんだ。


 相手は王子とはいえ、間者を使って彼女の身辺を調べ、しかも覗かせていた事実は怒りを持つには十分だ。その上、彼は彼女を救うように結婚を持ち出したが、結局その状況に追い込んだの彼自身だった。

 そんな彼を王子とはいえ、簡単に許してしまう自分が少しだけ情けなく思い、メルデルは緩んだ表情を引き締める。


 ーー私は必死に男としてやってきた。領主としても力を尽くした。それを彼はいとも簡単に壊した。だけど、私は……。


「メルデル?」


 サラサンは少し腰をかがめ、彼女に問いかける。

 彼の青色の瞳に影が落ちていた。


 ーー殿下は……。


 怒り、けれども別の感情が彼女に沸き起こる。

 それを悟られたくなくて、彼女は俯く。


 ーーうつむいてばかり。自分らしくない。情けない。


 妃になってから戸惑うことばかり、騙されていたのに怒りすら消え失せそうになる。そんな自分の感情にも追いつけずにメルデルは途方にくれていた。


「……ごめんなさいね」


 謝罪の声に顔をあげる。

 日が大地に沈みかけ、世界は光を失いつつあった。

 彼の金色の髪はそれでも輝いていて、その青い瞳に迷子のような自身の情けない顔が映っている。


「本当にごめんなさい」

「殿下……」


 ーー謝罪なんて必要ない。そんな顔をさせたくない。あなたの笑顔がみたい。


 胸が締め付けられる思いがしたが、メルデルはなんと答えていいかわからなかった。


「殿下、メルデル様」


 足音と共に後方から声がした。


「夕食の準備が整いました」


 それは執事のジャミンで、彼女は思わずほっとして息を漏らした。

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