狩人バラルと孫のルゥ-2
ハーピアは驚いて振り返る。
振り返るとそこには満面の笑みを浮かべた少年が口に指を当てて『しっー!』とハーピアに声を上げないように指示する。少年はちらりとダグとバラルの大人たちの方を見る。幸いにも大人たちは話し込んでおり、こちらに気がつく様子はない。そして少年はひそひそと小声で話しかける。
「僕はルゥ。ルゥ・ハンター。君は?」
「……ハーピア、です」
ハーピアは警戒して言葉少なに答える。
先ほど父のダグが髭の男――バラルと名乗った人と話していたときに『レオヴォルド』ではなく『ブラッドレイ』と名乗っていたのが聞こえたのだ。ハーピアはそのことで名前を名乗るのはあまり良くない状況であると判断する。
「ねぇ、君。どこから来たの? 見た感じ僕と同じくらいの年だけど、いくつ? 魚、好きなの? 僕は魚よりか肉の方が好きだけど! あ、ハーピアちゃんの目ってすごい碧くて綺麗! こんな目の綺麗な子、初めて見た!」
「えぇと、えぇと……」
ルゥはハーピアにグイッと顔を寄せて矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
ハーピアはルゥの質問に答えあぐねていた。『どんな答えを用意すれば』一番この場を切り抜けられるのか、流石に一国の将軍であったダグに聡明さを褒められるほどのハーピアであったが、実際に生まれてからまだ3年。まだまだこのような機転を求められる場面ではおどおどとした不審な態度になってしまっていた。
「……どーしたの、ハーピアちゃん」
「えぇと、えぇと」
どうしよう、どうしよう。
ハーピアは伏せ目がちになりながら、助けを求めるようにダグの方を見る。それと同時にハーピアとルゥの声が聞こえたのか、バラルがちょうどこちらに向かってくるところが見える。そしてルゥの姿を見つけたバラルはルゥの頭に拳骨を1発、頭の上に振り下ろす。ゴチッと鈍い音ともにルゥは涙目になりながら頭を押さえて膝から崩れ落ちる。
「~~っ!!??」
「ルゥ、ワシは猟に出る前に言ったよな? 必ずワシの言うことを聞いて勝手な行動はするな、と。1つの油断が命に関わるからと強く言ったはずだ。なのに何故破る?」
「だ、だってじいちゃん……」
「だっても何もあるかいな。 ……ああ、お嬢ちゃんがダグが話していたハーピアちゃんか。こいつが失礼なことをしたな。許してやってくれんか?」
バラルはルゥの頭を掴むと、ハーピアに向かって頭を下げさせる。
ハーピアはどぎまぎしながらも、小さくぺこりとお辞儀を仕返す。
「いえ、そんな……」
「まったく、コイツときたら……。ほら、もう猟に戻るぞ」
「ああっ!? ちょ、ちょっと待っ!」
バラルに腕を掴まれてルゥは引きずられていく。
そしてバラルがダグの目の前を通るときにぼそりと忠告じみた声で話す。
「……ここいらはまだ大丈夫だろうが、さっきも言った通りあの赤岩の辺りには近寄るんじゃないぞ」
そういってバラルはルゥを連れて森の中へと消え去っていく。
消える直前にルゥはハーピアに思い切り片手を振りながら叫ぶ。
「ハーピアちゃん、またねー!」
「うるさいっ!」
バラルに怒られながらルゥたちは完全に姿を消す。
残されたハーピアは安心したようにため息を吐く。その隣にダグは腰を降ろす。
「……なかなか、嵐みたいなじいさんたちだったな。大丈夫か?」
「……はい。あのお父様、嬉しそうですけど、何か分かりましたの?」
「ああ。あのバラルとかいうじいさんが蜥蜴族の住処について教えてくれたんだ。正確な位置が分からなかったから、助かったよ。よし、明日の朝に行動を始めるから、一端に家に帰ろうか」
そう言うとダグはたき火の後始末をし始める。
ハーピアはそんな嬉しそうな表情を浮かべる父を見ながら、先ほどのルゥの顔をぼんやりと思い出すのであった。