夢見る狂人-1
日が地平から顔を出し、地上は段々と明るくなっていく。鳥たちは騒ぎ始め、穴が空いた壁から日差しがダグの目元を明るく照らす。
ダグはぼろぼろのベッドから上半身を起こすと首を回して大あくびをする。そして隣で寝ているハーピアの掛け布団をそっと直すと、1階にあるぼろぼろに朽ち果てたキッチンへと向かう。
(ここも早急に直さなきゃまずいな)
ダグは破れた天井を見ながら、これまたぼろぼろになったイスへと腰掛ける。
誰かに頼むにしても、先立つものなどない。路銀程度しか持たされていないため、何かをしなければすぐさま金など尽きてしまう。『いっそのこと、この母の形見である宝剣を手放すべきか』とも考えたが、何かしらお金を稼ぐ手段を持たなければすぐさま生活に困窮してしまう。
(早速”壁”にぶつかっちまったな。俺に残されたのはこの身と愛娘だけか)
持ってきた干し肉を口にしながらこの後の生活について考える。
力仕事ぐらいなら自信はあったものの、すぐさま生活を安定できる物とは限らないのだ。とにかく、今は家を修繕しながら狩りでもして過ごすしか手がないのだった。確かに近隣の村に助けを乞うという選択肢もなくはない。だが、今の状況で下手に村人に王子であることがバレれば、貧困にあえぐ国境の村々の不満を一身に受ける可能性もある。そしてそのうちに祭り上げられて、それこそ反乱したとみなされて抹殺される恐れもあった。
(どーしよっかなぁ)
隠遁しているだけでは事態は開けない。
だが行動しないのもまたじり貧である。干し肉を噛みしめながら、穴の空いた天井を見つめていると、階段がリズム良く鳴る音が聞こえる。そして一拍を置いて愛娘のハーピアが黒い翼を上手く折りたただんた状態で寝室からキッチンへと姿を現す。
「ハーピア、おはよう。よく眠れたかい」
「お父様、おはようございます。ええ、ゆっくりと眠れました」
「まあ、早く家を直すからな。もう少し待っていてくれ。ああ、朝ご飯は焼き締めたパンケーキがまだあったから、それを食べてな?」
ダグはキッチンに置いていた鞄を漁ると、油紙に包まれた手の平にのる大きさの四角いパンケーキを取り出すと、それをハーピアへと手渡す。
ハーピアは手で丁寧に油紙を剥がすと、大きく口を開けて頬張る。
「おほぉはま!」
「おいおい、口にものを入れながら喋るんじゃないよ」
ハーピアはひとしきり租借をすると、口の中に残ったパンケーキを全て飲み込む。
口端にパンケーキをつけながら、ダグの目をしっかりと見据えて口を開く。
「お父様!」
「はいはい」
「お父様がここに来た理由って、魔モノの動物園を作るからっておっしゃってましたよね?」
「ん、ああ?」
「でも、それっておかしくありませんか?」
「ん?」
「だってお父様は追放されたのでしょう? でしたら、目立つのはあまり好ましくないのでは? ……そもそも魔モノは嫌われていますし。お父様の本当の目的は園長として人生を送る以外の目的があるんではなくて?」
ダグはどきりと鼓動が早くなる。
そして真剣な眼差しになるとハーピアにしっかりと向き直るのであった。