父の怒り
怒りで身を震わせたダグが、その殺意を追っ手の男たちへと向ける。
「貴様ら、よくも俺の娘に……!」
落下する際に少しでも落下速度を遅くするために枝を掴んだ両の手は真っ赤に染まり、落ちた衝撃で内蔵を痛めたのか、血の泡がダグの口から零れる。
だがダグはふらりと地面から立ち上がるとハーピアとルゥを追ってきた男たちを睨み付ける。追っ手の男たちは突如として現れた相手に後ずさる。腕や背中に枝が深々と突き刺さり、通常ならば動けないほどの大怪我の男が、そんなことw
ものともせずに立ち上がってあまつさえ歩み始める。追っ手の4人、それぞれ特徴が眼帯、マント、首に包帯、そしてハーピアを足蹴にしているフード男。
「なっ、なんだぁ! てめ、えは……?」
追っ手の1人、眼帯の男が威嚇がてらダグに向かって怒鳴るが途中で尻すぼみになっていく。
怒鳴ったその相手が”誰”であるか、気がついたからだ。
「てめぇは『白銀の獅子将』ダグ、ダグ・レオヴォルド……」
眼帯の男がたじろぎ、両脇に居たマントの男と首に包帯男もまた、ダグが一歩進む度に一歩後退する。
そして一歩、また一歩と近づいたダグに向かって矢が飛んでくる。矢は正確にダグの顔を射貫き、ダグは後ろへとのけぞって膝を着く。矢を放ったのはハーピアの近くに居たフードの男。当然、ダグに射かけた矢にはハーピアやルゥを痺れさせた毒が塗り込んである。
「おい、手前らぁ! 標的は確保したんだ、そんな化け物なんて構っていたら命がいくつあっても足らねぇぞ!」
「お、おう、早いとこ馬に乗って逃げるぞ!」
追っ手の男たちはダグが麻痺毒で痺れているのを見て、逃走を図る。
それぞれが馬に乗り、特にフードの男はハーピアを馬の背に乗せると、続けて自身も馬の背に乗る。そして馬に蹴りを入れて走り出そうとした瞬間、のそりとダグが動きだす。
(へっ、どうせアイツは痺れて動け……へっ?)
ぽろりとダグの口から矢が落ちる。そしてフード男は理解すると同時にダグが投げた矢が背中に突き刺さる。
『アイツ、口で矢を止めやがった』そこまで理解出来たは良いが、同時に身体は馬の背から離れて落ちる。
「て、てめえ。ば、バケモンか、よ」
ハーピアも一緒に落馬するが、先に落馬したフード男の身体がクッションとなる。そして驚いた馬は興奮して森の奥へと消え去っていく。
ダグは傷などものともせずにフード男と一気に距離を詰めると、思い切りその頬に拳を入れる。何度も、何度も。ダグの拳が自身の血以外で真っ赤に染まり、フード男は顔面を大きく腫らせて昏倒する。その様を馬に乗ってみていたフード男の仲間たちはどうするべきか距離を取って立ち止まっていたが、ダグが殴り終えて立ち上がったときにようやく覚悟を決める。
「っ、白銀の獅子将だかなんだか知らねぇが、ここで殺してやる」
「アイツはもうぼろぼろだ、3人で詰めればやれるんじゃ?」
「どっちみち、あの魔モノを連れて行かなきゃ金にならねぇんだ」
口々に3人の男たちは馬上で話すと、馬から下りて剣を抜く。そして一気呵成にダグへと突っ込んで来る。
ダグはフード男の剣を取ると構える。ふらふらと僅かな風にさえ揺れるダグの身体、だが剣を持つ手はピタリと動きを止めていた。
「”獅子流”の剣技、見せてやる」
ダグは真っ直ぐに剣を男たちに向ける。
だが眼帯の男を先頭にして一気に突っ込んで来た男たち。『変な邪魔が入る前に獅子将を殺す』、その思いが分かるような速度で突っ込んで来た。ダグとの距離が5歩程度になったときに、ダグは一瞬しゃがみこむと、そのまま体勢を低くして自身も一気に距離を詰める。
「シィイイイィ!」
ダグの口からうなり声にも似た咆吼があふれ出す。
自身に向かって突き出された3本の剣、3人の男。
先頭の眼帯男の剣は自身の剣で斬る。剣と剣がぶつかり合いをすることはなく、眼帯男の剣は真っ二つとなって弾かれる。
剣が弾かれたことでその刃は左に居たマント男の腹部へと深々と切り込みを入れる。
マント男の持っていた剣は力なくマント男の手から零れ落ちる。
そして首に包帯男の剣をダグは脇で挟むように受け止めるとそのままたたき折る。
そして返す刀で包帯男の腰から肩に掛けて逆袈裟切りをする。まるで包丁で切ったパンのように包帯男の身体は腰の辺りから地面へとズルリと落下する。
そして眼帯男がマント男の腹部から剣を引き抜いてダグに再度斬りかかろうとした瞬間、ダグの左拳が深々と喉へと突き刺さった。
口をぱくぱくとオモチャのように数回開閉させたあと、眼帯男は口から真っ赤な鮮血を吐き出す。そして自身の喉を確かめるようにぺたぺたと触りながら地面へと崩れ去る。ダグは目の前の3人が骸とかしたことを確認すると、愛娘のハーピアのもとへと駆け寄るのであった。
ダグは確かめるように剣を太陽へと翳す。
肉を切り、骨を断ったはずの剣。通常ならば脂肪と血に濡れ、骨にぶつかったことにより刃こぼれを起こすはず。しかし、ダグの持つ剣は刃こぼれ1つないどころか、血の一滴も付いておらず日の光を受けて白刃に輝いていた。
「これが獅子流剣術”刃断ち”だ。あの世で自慢するんだな」
そう言うとダグは剣を鞘へと収めるのであった。




