そのときハーピアに何が起こったのか-1
――時刻は少し巻き戻る。
地平線に太陽が昇る直前、空が白止んできた頃におんぼろ屋でハーピアはベッドで目を覚ます。目を擦りながら父の姿を探すが、まだ戻って来ていなかった。
(お父様、何時戻って来るのですか……?)
ダグはまだたった1日家を空けただけだが、ハーピアはとても心細く感じる。
王宮に居た頃は父が居なくとも執事であるピピンやその他のメイドたち、従者たちが常にハーピアのことを構ってくれていたのだ。1人で過ごしたことなどただ一度も無かったのだ。その”初めて”がこのようなぼろ家では尚のこと、である。
(……朝ご飯、食べますか)
ハーピアはキッチンへと降りると食料の入った棚からパンを取り出す。
そこに昨晩残した焼いた肉を挟むと、一気に頬張る。口の中に肉の甘みと旨みが広がり、ハーピアは頬をほころばせる。
コップに注いだミルクで口の中のパンを流し込み、残ったパンを口に入れる。
数回それを繰り返すと、すっかりとパンは姿を消す。ハーピアはあくびをしつつ、父の言葉を思い返す。『絶対に家から1人で出るな。何かあったらすぐに飛んで逃げろ』と強く言い含められていた。そのため、ハーピアが出来ることと言えば家の中を出来る範囲で修理することぐらいであった。
コンコンッ。
『今日は何をしましょうか?』
そんなことを考えていたハーピアだったが、突如キッチン脇の壁が数回ノックされる。びくりと身を震わせてそちらを見やると、薄明るくなった窓に小さな影が映っていた。
「ハーピアちゃーん!」
「る、ルゥさん!?」
咄嗟にハーピアは黒い翼を隠そうとマントを探すが、寝室に置いてきてしまったコトに気がつく。
そうこうしているうちに、窓枠しかない窓を乗り越えてルゥがキッチンへと入ってくる。
「やっぱり、ここに住んでたんだ! 新しい足跡があったからここじゃないかって! ……あれ?」
ずんずんと歩いてきたルゥはそこでハーピアの背に生えた黒い翼にようやく気がつく。
そして脚を止めると、ルゥはハーピアをまじまじと見る。
「いやっ、み、見ないで……」
ハーピアは泣きそうになりながらルゥを見やる。
先日、空を飛んでいたことを父のダグにきつく怒られたのだ。『無闇やたらと飛んで、害意を持つ相手にバレたらどうするのだ。見知らぬヒトは信用をしないで、自分が魔モノであるってことを絶対に伏せるんだ。良いな?』と、何度も言われ続けていた。その父との約束を思わぬ形で破ってしまったのだ。
「おおっー!! 格好良いっ! なになに、ハーピアちゃん、飛べるの!?」
ルゥは興奮してはしゃぐ。
その予想外の様子にハーピアは恐る恐るルゥに声を掛ける。
「え、か、格好良いです、か?」
「うんっ! すっげーな!」
「……石を投げたり、殴ったりしませんか?」
「なんで?」
「だってお父様が”魔モノ”は嫌われてるとおっしゃっていたので」
「うぅん? じいちゃんはなんか魔モノ嫌っていたけど、俺何も怖いコトされてないし」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。というかなんでそんな言葉遣いしてるの?」
「これは、私の癖です」
「ふぅん? いーよ、俺に敬語使わなくたって!」
「え?」
「だって、ハーピアちゃんと仲良くなりたいし!」
「あっ、はい。 ……ありがとう、ございます」
「ほら、もう”癖”がでた!」
「……ご、ごめんね」
ハーピアは慣れない口調でルゥに謝る。
一方でルゥはハーピアが敬語をやめたことににんまりと歯を見せて笑顔を作る。
「あっ、そう言えば俺、お土産持ってきたんだ!」
「お、お土産……?」
「これ! 俺が作った燻製肉! 俺特製の味付けをしてあるから、めっちゃ旨いよ!」
ルゥは背負った荷物をがさごそと漁ると油紙に包まれた肉の塊をハーピアに向かって差し出す。
ハーピアはその差し出されたお土産を困惑しながらも受け取ろうと手を伸ばす。
「ありがと……っ!?」
だがルゥのお土産はハーピアの手の中に収まることはなかった。
お土産はハーピアの手をすり抜けて床へと落下する。同時にルゥは次の攻撃からハーピアを護るために抱きかかえて部屋の奥へと飛ぶ。
「ハーピアちゃん、大丈夫!?」
「……翼が、翼が。痛い、の」
ルゥが心配そうに見る先。
そこには1本の矢がハーピアの翼に深々と突き刺さっていたのであった。




