会談からの逃走
水晶玉に写る愛娘の姿にダグは動揺する。
どのような仕組みか分からないが、ただハーピアや愛馬が収まる大きさの玉ではない。『魔モノの妖術か!?』とも思ったがよくよく見ると、周囲の風景まで映り込んでいる。
(これは遠くの風景を見せているだけか? あっ!?)
ハーピアの背にはハーピアを庇うようにするルゥの姿があった。
そして必死の形相で後ろを見て、ハーピアに被さるような仕草を見せる。次の瞬間、ルゥの背に矢が刺さり、赤い血が青いシャツに黒いシミをつける。どう見えても”何か”に命を狙われている、危機的な状況であった。一刻の猶予はない、だがハーピアたちの場所が分からない。
(……マズい)
ダグはにじり寄ってくる蜥蜴族を手で牽制しながら、ハーピアたちの居場所を水晶玉から読み取る。
膝下ほどの短い雑草群、木々、岩。それらには何の特徴も無い。だが、一瞬、”赤岩”が水晶玉に映り込んだ。『赤岩の角度、見える大きさ。大体居場所が分かった!』、ダグはハーピアたちの居場所のおおよそを掴む。後は己がそこに向かうのみ。
「大長殿、話はあとにしよう。急用が入ったもので、お暇させていただく!」
ダグが大声で大長に声を掛けると同時に、そのダグの『何かをしでかす空気』を読み取った蜥蜴族が飛び掛かってくる。
ダグはその手を身を屈めて躱すと、巨体の蜥蜴たちの足元を鼠のように中腰で駆け抜けた。蜥蜴が気がついたときにはダグはもう既に部屋の入り口へと手を掛けていた。そしていつの間に拾って居たのか槍を得意げに翳すと、部屋の扉を閉めて槍でつっかえ棒代わりに扉に差し込むと洞窟内を駆ける。
(洞窟内であるなら、空気の流れを追えば出口が分かるはず)
ダグは僅かに感じる風を頼りに洞窟内を駆け回る。そのダグの様子を見た蜥蜴族たちは大騒ぎとなる。
口々に悲鳴を上げ、ダグを指さし、助けを呼ぶ。その声に反応して胸と腰に鉄板の鎧を身につけ、槍を構えた衛士の蜥蜴たちがダグを取り押さえようと4匹ほど洞窟のあちこちからやってくる。
「どけっ! どいてくれっ!!!」
ダグの鬼気迫る怒号、だが蜥蜴たちが退くことはない。
槍をダグに向かって突き立てて、迎撃しようと構える。
「どっけぇええー!!!」
ダグは突き立てられた槍に向かって速度を落とさず突っ込む。槍を構えてダグを視界に捉えていた蜥蜴たちの前からダグの姿が消え去る。否、消えたわけではない。確かに槍先はダグのシャツの一部だけをえぐり取っては居た。
槍がダグの胴へと突き刺さる僅か前、ダグはスライディングの体勢で槍を避けつつ一気に蜥蜴たちの懐へと潜り込む。正面の蜥蜴には足払いをし、体勢を崩させる。同時に右にいる蜥蜴の足首を掴んで捻る。陣形が崩れ、残りの2匹の蜥蜴がたじろぐのをダグは見逃さなかった。そのまま残りは無視して一気に駆け抜ける。そして風を頼りにいくつもの蜥蜴たちの妨害を躱し、とうとう日の光が差す場所を見つける。
「……や、やっと出口だ」
ダグは息を切らし、身体のあちこちから血を流しながらもようやく洞窟の出口へと
槍を避けるときにギリギリで躱した槍先が皮膚1枚を抉り、洞窟内の岩肌を全力で駆けてスライディングしたがために手の平と肘、膝の皮はズルリと剥けて血が滴っていた。だが、ダグはそんなことに構っている余裕などない。そのまま洞窟の出口へと駆ける。その強い日差しにダグは目が慣れずに思わず目を細める。視界が真っ白になり、なにも見えなくなる。僅か数秒のこと。だが。
「おおおおおぉおおっ!?」
ダグはなんとか踏みとどまる。
真っ白な視界が晴れた先には、断崖絶壁。あと一歩でも進めば崖下へと転落していた。辺りを見渡すと、恐らくここは蜥蜴の住処の上部に当たるらしい。崖下を覗き込むと、木々が小さく見えるばかりであった。そしてダグはその木々の合間に白馬と白馬を庇うようにしてたつ少年、そしてその少年を囲うようにして立つ3人の男。そして、そして。もう1人、男が居た。その男の前には黒い翼の、ダグが見間違えるはずもない、愛娘のハーピアが倒れていた。
「……っ」
今更新たに出口を探す時間も、ゆっくりこの断崖絶壁をくだる時間など、ない。
ダグは少しだけ洞窟内へと戻ると、一気に助走をつけて断崖絶壁から飛び出したのであった。




