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6 手をつないでもいいですか

 彰実さんは気持ちよくたくさん食べてくれて、私はいろんな意味でほっとした。

 食べ終わって、この前出かけたときに彰実さんが気になって買ったアルバムをパソコンでかけながら、いろんなおしゃべりをした。


 彰実さんはぐんにゃりとリラックスして、畳んだ布団にきちんと布を掛けた即席クッションみたいなものにもたれかかっていた。私は座卓で、まだ飲み終わっていなかった椎茸茶を少しずつ飲んでいた。どんなキワモノかと思いきや、出汁の利いた薄味のスープみたいで、すごく上品でおいしい。自分の無知を痛感した。お見それしました、というほかない。


 聴いていたアルバムのことから、音楽の話になった。私はあまりCDショップには行かない方だったのだが、彰実さんは暇があれば立ち寄ることもあるという。


「試聴機がおもしろいんですよ」


 そういえばこの前一緒に出かけたときも、いくつか試聴機のヘッドホンをつけて聴いていた。


「テレビだとものすごく売れ筋の少数のものしか映らないし、動画サイトだと数が多すぎて、自分で検索したりして絞り込まないといけないでしょう。結局、マイナーなものは、最初から好きだと知っているものに関連性の高いものしか目にする機会がないんですよね」


 試聴機の中身は、レコード会社から指定されただろうと思うようなものもあるが、店の裁量でおいているだろうものも多いという。


「誰か、多分店員さんでしょうけど、個人が勧めているものって、POPの売り言葉の熱量も大きいし、すごく意外なものが勧められて、それがすごくいいことがあるんです。フィールドワークに行くときに車を運転するので、そういうときはラジオを聴くんですけど、ラジオのDJが自分で選んで掛ける曲にもそういうものが時々あります」


「そうか。そうやって、聞くものを増やすんですね」


「だから、いろんなジャンルのつまみ食いみたいになっちゃって、サトカさんみたいに『ロックが好きです』とか、なかなか言えないんですけどね。ものがかさばるので、この頃ではダウンロード購入してCDの形で持たないアルバムも多いですから、そうすると人にも貸せないし。ますます、一人で楽しんで終わりになっちゃうなあ、とも」


「友達からおすすめの曲を教えてもらうときも、動画サイトのアドレスを送ってもらったりしますよ。一曲ならいいけど、確かにアルバム全体を聞いてもらいたいときとかは難しいですね」


「こんなこと言うと、学部生の子たちにはすぐおじいちゃん扱いされちゃうんですけど、時代の変化は早いですね」


 その言い方が本当におじいちゃんぽくて、私は笑ってしまった。


「ねえサトカさん」


「なんですか」


 彰実さんは自分の身体を窓側にずらして、即席クッションの半分を空け、空いたスペースを指差した。


「悪いことはしませんから。隣に座ってもらえますか」


 いつになくストレートなお願いに私は面食らいつつ、言われたとおりの場所に腰を下ろした。


「手をつないでもいいですか」


 さっきあんな悪いことを言っておいて、それは聞くのか。私は返事の代わりに、左手を出して彰実さんの右手を取った。指を絡めるつなぎ方にして、二人の間に置く。


「何でもいいからお話ししましょう」


 無茶な要求である。


「何でもって、何ですか」


「何でも。今週ずっとこうしたかったんです。隣にいて、どうでもいい話をして、笑ったりサトカさんの声を聴いたりしていたかった。何でもいいんです。音楽のことでも、お弁当のことでも、ピヨのことでも、椎茸茶のことでも」


 あれ、と思った。口調が何だかいつもと違う。少し遅く、くぐもった声だ。


「眠いなら、寝ちゃっていいですよ。肩でも膝でも、お貸ししましょうか」


「えー、サトカさんが来てくれているのに寝ちゃうのはもったいない」


「子どもみたいなこと言わないでください。ほら、しばらく目だけでも閉じてたら、楽になりますよ」


「ほんとに少しだけです。ちょっとだけ、目を閉じてるだけですから。何か、話してください」


 よし本当に何でもいいんだな、と、私は口を開いた。


「祖母秘伝の黒豆の煮方をお話ししましょう。本格的な煮方と簡略版があるんですが、本格的な煮方は三日三晩かかるんです。クリスマスツリーを片付けたら、すぐ準備に取りかかるのがベストです。まず、一日目の最初に、買ってきた豆を開けて質の悪い粒をよりわけるんですが……」


 二日目の夜にさしかかる前に、彰実さんは私の肩に寄りかかって深い寝息をたてていた。


 今回は私の勝ちだ。

 しばらくそのまま、寝息を聴いていた。


 もう十分深く眠り込んだだろう、という頃合いで、そっと手をはずして、肩にのっていた頭を膝の上にそろそろと下ろした。さすがにずっと肩では不安定で、私も身動きがとれない。幸い、彰実さんは目を覚まさなかった。


 よほど疲れていたのだろう。


 手を伸ばしてやっと届く本棚の隅から、適当に手に触れた文庫本を一冊借りた。

 アイザック・アシモフの、『黒後家蜘蛛の会』。未読だった。SF作家だと思っていたけれど、こんなミステリも書いていたのか。


 短編を二本読み終える頃、やはり自分のお気に入りのダンボール箱で昼寝していたピヨさんが目を覚まして、水を飲みに行った。


 戻ってきて、私の手が届かないぎりぎりのところで座り、じっとこちらを見てくる。


 彰実さんが忙しくて、ピヨさんも寂しい一週間だったのかもしれない。平日の昼間はしょっちゅう、大家さんと大家さんの老犬が遊んでくれると言っていたけれど、それはそれ、これはこれ、だろう。


 足を投げ出して座った私の膝に頭を乗せて、長身の彰実さんは、狭いスペースにちょっと窮屈そうに、軽くひざを曲げて横向きに寝ている。


 身動きもできず、声も上げられない私は、ピヨさんの顔を見て、一生懸命、念を送った。


 その、彰実さんのおなかのあたり、特等席ですよ。


 私が猫だったらきっとそこに座るだろう。くの字に曲げた胴のあたりと膝にすっぽり囲まれて、暖かそうだし、守られているみたいな気分になれそうな気がする。

 指差したりして、伝えようとしばらく頑張ってみた。ピヨさんは無関心な様子で私を見ていたけれど、大きなあくびを一つすると、立ち上がって、私がおすすめしていたスポットに悠然と歩いていって座り込み、丸くなった。寝直すつもりのようだった。


 私はもう一度、読み差しの文庫本を手に取った。先ほどの続きのページを探しながら考えた。


 三ヶ月前の私に、自分の隣で恋人が一時間も居眠りしていて、自分は息を殺して適当にその辺にあった文庫本を読んでいるだけのデートが最高に幸せだと思っている、と言ったらどんな顔をするだろうか。


 彰実さんと、ピヨさんと、アシモフのおかげである。

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