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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編シリーズ

人狼百合物語 クイーン・オブ・カランポー

<1>


 十九世紀末。アメリカ・ニューメキシコ州の荒涼としたカランポー地方に、人々から「ロボ」と「ブランカ」と呼ばれるようになった家畜を襲い食い荒らす二人組の人狼がいた。名はそれぞれスペイン語で「狼」と「白」の意味。


 目撃証言によれば、ロボとブランカは実に珍しい女同士のつがい(・・・)である。特に、ロボはその女だてらに立派な長身と高い知能から、「|クイーン・オブ・カランポー《カランポーの女王》」の異名で呼ばれていた。


 二人はどうやっても捕獲、殺害が出来ず高額な懸賞金がかけられており、博物学者としてカナダで仕事をしていた私ことアーネストに、カランポーで牧場経営をしている知人から退治の依頼が来て、今しがた汽車を降りてカランポーの地を踏んだ次第。


 ちなみにアーネストなどという男性名だが、女だ。なんで女性名アーネスティンにしてくれなかったのかと親を恨むばかりである。


 もっとも、そう嘆きつつも小さい頃男の子と取っ組み合いの喧嘩をするほど喧嘩っ早く、栗色の髪も短くしており仕事がしやすいようにカウボーイスタイルの服なので、確かに女っ気はまったくないのだが。


 話をロボたちに戻そう。人狼を殺す方法は基本的にただ二つ。銀に接触させるか、トリカブト(ウルフズベイン)を摂取させるか。トリカブトは言うまでもないが、人狼は銀に接触すると呼吸困難などの激しい発作を起こし死に至る。


 二人の退治にあたって、まず牛の死体のそばに銀製のトラバサミによる罠を多数仕掛けてみたが、これらはすべてわざと起動させるという非常におちょくった方法で回避されていた。


 また、幾度かロボとブランカを目撃したことがあるが、決して銃の射程には入ってこず、銀の弾丸を撃ち込むこともできない。


 では、トリカブトはどうか。


 人狼は狼同様鼻が鋭いので、死んだばかりの牛の体内に、匂いが漏れ出ないようカプセルに入れたトリカブトを詰めるという罠を仕掛ける。この作業は、牛の血に浸した牛革の手袋と牛の骨を削って作ったナイフで行い、とにかく人と金属の匂いを消すよう細心の注意を払った。


 しかし、これもまた失敗してしまう。ロボとブランカは近くまで寄ったが、見向きもせず立ち去ったことを真新しい足跡が語っている。


 足跡。獲物を狩るにあたり、これほど重要な要素もない。今までのものも含め、二人の足跡を注意深く観察してみると、あること(・・・・)に気が付いた――。




<2>


 鼻歌を歌いながら前を歩く妻、ブランカ。風に運ばれてくる人間たちの言葉によると、彼女はそう呼ばれているようだ。月光に照らされた小柄な体と純白のツインテール、そしてしっぽが、我が妻ながら、実に美しい。


 アタシはロボ。同じく人間たちからそう呼ばれているらしい。アタシもブランカもその名を気に入り、互いにそう呼び合うようになっている。アタシは長い黒髪と尻尾を持ち、非常に長身という愛妻とは真逆の容姿。


「危ない!」


 腕を引っ張り、ブランカを引き寄せる。


 手近な木の棒で目の前の土を掘ると、果たしてそこには忌々しい銀のトラバサミ。それを手近にあった枝で突くと、バチン! という音ともに歯が閉じた。


「ここは危ないみたいだ。離れよう、ブランカ」


 危険地帯を離れて安全な場所へと移動する。


「ロボ、あなたはうかつなわたしに安全をもたらしてくれる。なのに、わたしはあなたに何もしてあげられない」


「いいや、ブランカ。アタシは君がいないと生きていけないんだ。愛しくて、愛しくて、ひとときだって離れていたくない」


 アタシを見上げ、頬を染める彼女を静かに抱き寄せて口づけを交わす。


「踊ろう。月がこんなに綺麗だから!」


 満月の下で互いの手を取り、スローダンスを踊る。いつまでも、いつまでも。




<3>


 足跡を見てわかったこと。それは、たびたびブランカの足跡がロボより先行していることがある、というものだ。


 足跡の様子から見るに、ブランカは警戒心が薄い。それを慎重かつ賢いロボがたびたび制止している。


 攻略の糸口が見えてきた。攻めるならば、まずブランカからだ。将を射んと欲すればまず馬を射よというやつである。


 そこで、私は次のような罠を仕掛けた。


 まず、首を切断した牛の死体の周りに雑に多数のトラバサミを仕掛ける。さらにそこから少し離れた場所にトラバサミとそれを鎖で繋げた牛の首を置いておき、この罠は慎重に隠す。


 仕上げにコヨーテの足跡をつけるという小細工も施し、この計略に一縷の望みを託すことにした。


 ◆ ◆ ◆


「ねえ、ロボ。牛の死体がある!」


 踊り明かした翌昼下がり。前を歩いていたブランカが牛の死体を見つけた。


(怪しい)


 直感がそう告げる。コヨーテがこんなに器用に首を切断するだろうか? また、(銀と人)の匂いも感じるが、どうも隠し方が非常に雑だ。


「ブランカ、気をつけて。アタシが調べる」


 嫌な感覚を覚えながらも、いくつもの罠を枝で突いて無力化する。


「ロボ、こっちに頭もあったよ!」


 ブランカの声にはっとする。


「ブランカ、いけない!」


 一足遅かった。トラバサミが愛妻の足を捕らえ、彼女が胸を抑えて苦しみだす。顔色も真っ青だ!


「ああ……ブランカ! ブランカ!」


 銀! 呪わしい銀! 銀とトリカブトだけはいけない。少しでも銀に触れてしまったら、もう助からない!


 口をぱくぱくさせて何ごとかを告げようとする妻。アタシは、狂ったように大きな岩を探す。あれを砕くことさえできれば! 彼女はもう助からないかもしれないが、恐ろしい銀の罠からは開放することができる!


 何とか岩を見つけ砕こうとするが、何度叩きつけてもびくともしない。


 その最中、馬と人、そして鉄の匂いが漂ってくる。一刻も早く妻を救いたいが、彼女は力を振り絞って首を横に振る。


 一旦大きな岩陰に身を隠すと、騎乗した人間の女がブランカのそばに近づいてくる。鉄砲も持っている! あれにはきっと銀の弾が込められているに違いない。


(に・げ・て)


 ブランカが、唇の動きだけで伝えてくる。


 人間はアタシに気付き、発砲してきた。射程外にいたため弾は外れたが、このまま射殺されては愛する妻の必死の気持ちを無駄にすることになってしまう。


 ああ、ブランカ! ブランカ!


 怒りと悲しみでおかしくなりそうになりながら、アタシはその場を逃げ去った。




<4>


 ロボは姿を消した。眼前のブランカも、間もなく息絶えるだろう。


 愛する者を残し一人逃げ去る惨めさに、クイーン・オブ・カランポーの誇りはどれほど傷ついたことだろうか。どれだけの悲しみと無念に襲われたことだろうか。


 私は、彼女(ブランカ)を利用したおぞましいことを計画している。しかし、カランポーに生きる人々の生活を守るため、どうしてもやらなければいけないのだ。


 ブランカの遺体を牧場主の家に連れ帰ったその夜、寝ているところに突如犬の悲鳴が外から聞こえてきた。急いで銃を手に取り表に出ると、そこには番犬の死体が転がっていた。


 一家の住人も駆けつけてきたので実況見分すると、殺害方法や足跡からロボの仕業と推測された。あの用心深いロボが、愛する妻の匂いを追ってこんな間近まで来たのか。


 翌朝、牧場周辺の足跡を調べると、警戒心の塊のようなロボがまるで無警戒ででたらめな歩き方をしているのがわかった。やはり、今の彼女は冷静さを失っている。


 チャンスは今しかない。


 ◆ ◆ ◆


 遠吠えを上げる。


 ああ、愛するブランカ。もし生きているのなら、この声に応えてほしい。


 前夜は鉄砲を持った人間が現れたことで侵入に失敗したが、ブランカは間違いなくあの家にいる。


 救いたい。何としても救い出したい。


 今夜も、心を押しつぶされそうになりながらブランカの匂いをたどりあの牧場に向かったが、突如、足が激痛に襲われる!


 トラバサミ! 愛妻(ブランカ)を苦しめた銀の凶器! それが今、アタシをも捕らえた!


 苦しい、呼吸が出来ない。ああ、愛するブランカ。こんな苦痛の中にいたなんて!


 もがくうちに、さらにトラバサミにもう片方の足と両手を挟まれてしまった。トラバサミに繋げられた重りでそこから動くことさえ叶わない。もう、こうなってはどうにもできない。


 アタシは、ただ死を待つ他なかった。




<5>


 「計略」を仕掛けた二日後、馬で巡回している最中に四肢を罠に捕らわれたロボを見つけた。ずだ袋に入れたブランカを牧場の周りで引き回し、その跡に大量のトラバサミを仕掛けるという我ながら嫌悪感を感じる作戦で、ついに狡猾なロボを捕らえることに成功したのだ。


 彼女はわずかながら息があり、力なく私を睨みつけてくる。「好きにしろ」という意志が込められた視線だった。


 射殺するべきかとも思ったが、それはどうにもためらいを感じる。


 縄で厳重に縛ろうとすると、抵抗もしてこない。私は、彼女を牧場に連れ帰ることにした。


 彼女は鎖で繋ぎ、様子を見ることにした。この鎖は銀ではないが、いかに人狼といえど引きちぎれない頑丈な物だ。依頼主一家や周囲の牧場の者が噂に高きロボを間近で見ようと集まってくる。


 彼女のそばに肉と水を置くが、一瞥だにしない。銀で弱りきっているのか。いや、力と自由、そして愛する妻を奪われたことですべてを諦観しているのだろう。


 結局、ロボは与えた水と食料を一切口にすることなく、数日後息を引き取った。


 赦してほしいとは言わない。もとを正せば、人狼の食料である野牛を狩り尽くしてしまったのは人間(我々)だ。そして、私はカランポーの人々のため、お前たちの愛を踏みにじったのだ。


 ロボの遺体はブランカとともに埋葬されることになった。


 埋められる前に、二人の手を重ね合わせる。せめて、愛する妻とともに安らかに眠ってほしい。

<制作秘話>


 毎度お馴染み、制作秘話という名の駄文です。


 ツイッターで、あるフォロワーさんにDMでシートン動物記について熱く語っていた際、「そうだ、狼王ロボを百合小説にしよう!」と思ったのが執筆のきっかけでした。


 もともと文庫本一冊分ある中編であるため、短編化および百合小説化するにあたり、大まかなストーリーラインは変えていないものの、かなりアレンジを加えています。


 ロボとブランカが人狼化したのはその最たるものです。これは、「人狼狂詩曲」という狼王ロボが元ネタのボーカロイド曲に影響を受けています。


 なお、ロボとブランカが獣人かケモミミかは、ご想像にお任せする形であえてぼかしてあります。お好きな方でイメージしてください。


 人狼ということで、作中用いられる毒物をストリキニーネから伝承上の弱点のひとつであるトリカブトに変更しています。また、銀に接触した際の激しい発作は、過去に「人狼の弱点が銀の弾丸であるのは、銀に対してアレルギーがあるからだとしたら面白いのではないか」という発想をした経験によります。


 あとは、時系列をあえて入れ替えている部分があり、少々わかりにくかったかなと感じてもいますが、いかがでしたでしょうか。


 ロボの名は、スペイン語的に考えると女性形のロバになると思うのですが、ウマ科のロバと間違えられそうなのと、語感が良くないこと、そして元ネタのわかりやすさのためにロボのままにしてあります。


 シートンに相当する人物アーネストも、「百合小説に男の視点が入るのを嫌がる読者は多いのではないか」と思い、女性にしてあります。男性名のままなのも、元ネタの人物のわかりやすさと語感を重視してのものです。


 シートン動物記は狼王ロボを筆頭に名作揃いなのので、ぜひご一読ください。原作では、本作よりはるかに濃密にロボとシートンの知略合戦が描かれています。

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