ホットココアとマリンスノー
寒くなってきましたね。初短編です
雪が降っていた。
特に珍しくもない光景だ。
季節は冬。北に位置するこの街では、今の時期になると白い綿化粧が僕らのもとへとやってくる。毎年必ず貰える天からのプレゼントは、その恩恵をまだ理解できない学生にとっては正直ちょっとはた迷惑だ。
日本は狭いと言われているが、まっさらな白い雪のカーペットを踏みしめる感触を知らない人が、西の方には数多くいるらしい。
夏の暑さは全国平等だというのに、不公平な話である。
まだ12月の半ば、本格的に降り積もるのは、例年通りならあと二週間は先の話だ。それでも、油断することなく備えろという神様からの無言の警告なのか、18時を過ぎたばかりだというのに真っ暗な空のスクリーンと突き刺すような肌寒さが、電車を降りたばかりの僕らを出迎えていた。
「寒いね」
隣に佇む彼女が言った。同時に吐き出された白い息が、彼女の頭上で消えてゆく。
新堂美雪。名前が示す通り、新雪のように綺麗な銀の髪を持った幼馴染の少女は、その小さな体を震わせていた。
ただでさえ白い彼女の肌が、さらに白さを増しているように思えるのはこの寒さのせいだけではないだろう。
駅前のモニュメントを照らすスポットライトと今なお降り注ぐ粉雪が、どこか幻想的な雰囲気を醸し、彼女の美しさを彩っていた。
―綺麗だな。僕は素直にそう思った。
「冬馬、なにか言った?」
美雪が聞いてきた。どうやら口に出してしまっていたらしい。僕は慌てて首を振りながら、なんでもないって、と誤魔化した。
そう、と彼女は呟き、階段を下り始める。僕もそれに続いた。
去年の彼女の誕生日に、僕がプレゼントした白いマフラーを口元まで引き寄せ、うー、と美雪は唸っている。僕と同じ冬生まれ、この街で共に生まれ育った彼女は未だこの寒さに慣れていなかった。基本的に寒がりなのだ。
駅から徒歩10分で僕らの家に着くとはいえ、さすがに今の彼女を見ているのは忍びない。
近くにあった自動販売機へと、転ばないよう気をつけながら僕はダッシュし、彼女の好きな飲み物のボタンを押した。先日、商品を入れ替えたばかりのこの自販機は、ガタンという音を出し、足元の取り出し口までココアを無事届けてくれた。
手に持った小さなスチール缶は、かじかんだ僕の手も暖めてくれる。そのまま、僕の分も一緒に購入した。振り返ると、彼女は目をパチクリさせながら、僕のことを見つめていた。
「お待たせ」
そう言って右手のココアを差し出すと、美雪は僕の目をまっすぐ見つめながら小さく、ありがとうとお礼を言って、その小さな両手で包み込むように僕からのささやかなプレゼントを受け取ってくれた。なんだか恥ずかしくなって、目をそらす。
「折角だし座ろっか」
美雪は近くにあるベンチを指さした。少し老朽化が進んでいる木製ベンチは、金属製のものよりマシとはいえ、既に水へと変化した雪をわずかに吸い込んでる。
濡れるだろうにいいのだろうかと思っていると、ちょっとだけなら大丈夫だよ、と彼女は笑った。考えが読まれたみたいだが、その笑顔に僕は弱い。二人並んで僕達はベンチに腰掛ける。
その際軽く払った雪は、冷たいけどまだ柔らかかった。新雪特有の、パウダースノーだ。
「雪ってやだね」
プルタブを引っ張りながら彼女は言う。ちょっと指先が震えていた。
「そうかな。僕はそこまで嫌いじゃないけど」
美雪の名前が入っているから、なんてキザな言葉が思い浮かんだ。勿論口には出さない。そういうのは僕のキャラではなかった。
えー、と不満そうに口を尖らせながら、彼女はグイッとココアを口にする。なんとも豪快な飲みっぷりだ。やけどが怖くないんだろうか。
美雪から目をそらし、僕はなんとなく空を見上げた。白い粉雪が今も降り注いできている。白い光を帯びた街灯が目に入らなければ、街中ではない、どこか別の場所にいるのではないかと錯覚してしまいそうになる。
今流行りの異世界転移というものを、僕はこの瞬間だけ擬似的に体験しているのかもしれなかった。
ぼんやりと空を眺めていると、ふとこの光景に似通ったものをどこかで見たことがあることを思い出した。デジャヴってやつだろう。
確かマリンスノー、というんだったか。深海に降る雪と言われているが、その正体は海中のプランクトンの死骸が、深海に向かって落ちていく現象である。
現実的に考えたらなんとも夢のない話だったが、美雪にお願いされてネットで検索した時に見たその光景は、スマホを介した小さな画面越しでもわかるほどに、美しかったのを覚えている。僕はカナヅチなので、海に潜ることはできないけども、肉眼で見ている今の景色も、きっとマリンスノーに負けないくらい綺麗なものなんじゃないかと、僕は思った。
「そろそろ帰ろっか」
そんな声に、急に現実に引き戻された。視線を戻すと、美雪も僕と同じように、マリンスノーの空を見上げていた。既に缶から口を離している。飲み終わっているようだ。
僕は慌てて蓋を開け、彼女の真似をしてココアを一気に飲み干すが、舌先に痺れるような痛みが走った。
「熱っ!」
…どうやらやけどをしてしまったのは僕のほうらしい。舌がヒリヒリする。なんとも締まらない、僕らしい最後だった。
そんな僕を見て、彼女は嬉しそうに笑う。
「バーカ」
そんな彼女の頭の上には既に雪が積もっていたが、やっぱり美雪の笑顔は綺麗だと、僕は思った。
雪が降ってきたので、思いつきと息抜きに書きました
まずは一作ちゃんと書きたかったので良かったです。でもなろう向けではない気がする
雪の中を歩いているとなんかしんみりしますよね、そういう雰囲気出したかったのですが難しいです
もっと綺麗な文章を書けるようになりたい
冬の話は好きなので、そのうち長編用に書き直すかもしれません
そのときは多分純愛ものです多分きっと