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7.ピクニックへ行こう(前)

 剣闘大会まで残り十日ほどとなった日の夜のこと、自室にいるとアルフレッドがやってきて、明日は馬で遠出しないかと誘った。季節はすっかり夏へと移行していたが、湿度は低く、アンネにもらったスポーツブラが透けない程度に厚いシャツを、一枚羽織うだけのラフな服装で、リタは快適に過ごしていた。

 この国の貴族向け女性服は装飾が派手で、去年は全身蒸れて大変だった。比べて男性服はなんて機能的で便利なのだろう。

 リタは、風呂上がりの無防備な状態で来客を迎え、心もとないような、恥ずかしような、浮ついた気持ちを持て余したが、脳裏で彼の誘い文句を反芻して、片頬を引きつらせた。初めて王城へやってきたとき、半日の距離でも股関節が外れそうに痛んだことを思い出したのだ。

「遠出って、どの辺りまで行くの」

「この季節だし、気分転換に、海の方まで行ってみないか」

 頭の中に、国政議論の場で見た最新の王都地図を思い描く。王都は大陸の中心にあるから、ここから最も近い海辺だと、移動だけで二、三日かかりそうだ。

 リタの記憶にある海といえば、日差しを照り返す砂浜に、波が打ち寄せ、潮の匂いを海風が運んでくる、江の島だ。海の家や水着のパーティピープルはこの世界に存在しないかもしれないが、万一上半身が水につかれば、自分の性別がバレかねない。リタはぶるぶると首を振った。

「ちょっと遠すぎないかな。せっかくならアンネやフランシスも誘いたいし、日帰りできるところがいいよ」

「カールがそうしたいなら、分かった、近場の高原まで涼みに行こうか」

 よし、アンネとアルフレッドのイベント発生だ。目論んで内心ガッツポーズを握った。

 アルフレッドは、繊細な指先であごを撫で、ふむ、と考えるような仕草をした。

「カールは毎年避暑に出かけたりするのか」

「うん、まあ、近場だったけど、芝生で本を読んだり、ピクニックしたり、あとたまに木登りなんかもしたことがあるよ」

 本来であれば男性陣は狩りに興じたりするのが貴族の避暑なのだそうだが、弟は体調第一で遠出についてこないのが常だったため、リタが覚えている夏のアクティビティといえば、今挙げた程度だった。アルフレッドは、木登り、という単語に目を丸くして、ふふと笑った。

「カールは本当に、自由でいいなあ」

 アルフレッドが遠出を提案してきた背景には、リタがそろそろ勉学や訓練に疲弊するころだろうと考えたらしい配慮があった。新参者に優しいこの王子様は、生まれたときから同じような生活を続けてきたはずだ。その道はけして楽なものでなかったからこそ、わが身のように心配してくれるのだろう。

「アルは、その、最近どうなの。疲れたりしてない?」

「僕は慣れているから、いつも通りだよ。でもそうだな、カールのような友人と遠出するのは初めてだから、とても楽しみだ」

 胸が、どきりと鳴った。つい胸元に手を当ててみるが、不整脈ではない。友人と呼んでくれるアルフレッドに、正体を偽っている罪悪感だろうか。

 じゃあおやすみ、とアルフレッドはコロンの匂いだけ残して去っていった。


 翌朝、リタは早起きした。まだ暗いうちからアンネとロイを起こして厨房に立ち、鶏卵を割り、ハムを薄切りにし、パンに切り込みを入れる。

「サンドイッチくらい、オレが作って後から届けるよ」

 まだ半分寝ているような様子のロイに、アンネに挽いてもらったばかりのコーヒー豆を押し付けた。

「せっかくだから僕たちに作らせてよ。ほら、ロイはコーヒー淹れてきて。保温水筒に入れてもっていこう」

「そんなこと私がやりますわ。カール様とロイは一緒にお食事を完成させてくださ…」

「ダメだって。アンネは食事担当」

 相変わらずロイとの関係を誤解しているアンネは、ロイとリタを二人きりにさせようとする。しかしこれは、アンネとアルフレッドのイベントのための早起きなのだ。アンネには、残って弁当係を担当してもらう義務がある。

 アンネのきょとんとした顔が愛らしい。アルフレッドにサンドイッチをあーんとするアンネの姿を脳裏に描いて、鼻の奥がツンとした。

 結局、フランシスはシフトが合わずに来られなかった。朝日が昇る頃、城門前にアンネとロイを連れて待っていると、アルフレッドと、まさかのエドワードが馬をひいて集まってきて、リタは少しの間絶句した。

「前から不思議だったんだけど、なんでアルとエドワードは知り合いなの」

 リタにエドワードを紹介したのはアルフレッドだったが、エドワードが憲兵団の師団長ということであれば、二人に接点は多くなさそうだった。

「ああ、もともとエドワードは衛兵だったんだよ。憲兵団に移ったのは、ちょうど一年くらい前だったかな」

 近場とはいえ、城外に出るので、腕の立つものを同行させたいと考えた結論がエドワードだったらしい。もっとも師団長の仕事としてでなく、あくまで友人という立場での同行だったが。

 アンネは一人で馬に乗れないので、当初リタと一緒に乗馬していくつもりだった。しかしロイも乗馬経験が浅いと言い出したので、体重バランスも考えて、アルフレッドとアンネ、ロイとリタに分かれて乗ることとなった。

「最近は調子どう。頑張りすぎてない」

 午前中のまだ人通りのまばらな道中をリズムよく駆け抜けながら、ロイがリタの耳元で聞いてきた。背中に感じる彼の体温と、至近距離に寄せられた彼の吐息が熱い。急にロイの男性を意識してしまい、リタは困惑した。

 ロイは、乗馬経験が浅いと言っていたわりに、手綱をとるリタに手を重ねて、リタよりもむしろうまく操っている。もしやこの男、リタと二人で話すためにあえて嘘をついたのだろうか。

「おかげさまで」

 前回倒れたのは生理によるものだったので、あまり多くを語れない。短く返すと、「そっか」とロイは頷いた。

 道中ロイは、彼が二人の姉をもつ末っ子であること、幼いころから女性に囲まれて育ったので嗅覚が鋭いこと、そして女性経験が豊富であることを自慢げに語った。

「前に女装した男に声かけられたことあってさ、普通に外見は綺麗だったんだけど、でもそういうときは不思議とピンとこないというか、なんかこう下半身に響かなくて」

「下品な表現するなよ、僕はこれでも王族だぞ」

「でも逆に女だったら、猿みたいな赤ん坊でも、しわしわのお婆ちゃんでも、見分けられると思うよ」

 ふいに重ねられた手に力がこもり、リタは動揺した。悟られまいとして口を一文字に引き結ぶ。ちら、と横目でロイを盗み見ると、思いのほか優しい瞳とぶつかった。

「まあ、本人が望まないなら、言わないけどね」

「……」

「ていうか、オレのこと好きになってくれたら、言ってくれるだろうし。オレ、彼女には一途だし、めちゃめちゃ優しくするよ」

 リタは黙殺した。何か気づかれているのかもしれないし、かまをかけられているだけかもしれない。どちらにしろ、ただの軽い男に見えて、意外と曲者だと心に刻んだ。

 住宅街から遠ざかり、自然が多く視界が開けてきたころ、前方にアルフレッドとアンネの馬が見えた。ふんわりとしたスカート姿のアンネを横向きに乗せて、それを抱きかかえるようにアルフレッドが馬を操っている。

 時折、二人が目を合わせて微笑み合うのが見えた。とてもいい雰囲気だ。アルフレッドルートが順調に進んでいる証だろう。

 リタとカールにとって良い方向に進んでいるのに、胸の奥で暗い炎がチリチリと燃えるのはなぜだろう。自問自答して、きっと仲良くなったアンネをとられるようで面白くないからだと結論づけた。

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