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2.王城到着

 リタの両親の邸宅は、王都の外れにあったから、中央にある王城までは馬で半日ほどかかった。早馬に慣れていればもう少し早かっただろうが、あいにくリタはドレスとヒールでの生活を送ってきた。本来であれば一人で馬に乗ることすらこの国の女性には難しいことであったが、リタはカールになりきるため、この一週間ひたすら成人男性が身に着けるべき教養のため粉骨砕身したのだった。

 股関節に鈍い痛みを感じながら王城の門までやってくると、道中を共にしてくれたウォルターに別れを告げた。ウォルターはずっと「お嬢様がお役目を果たすまで、お世話をさせてください」と食い下がっていたが、カールという人物像を陛下に売り込むためにも、ひとりの方が良いだろうと諭した結果、渋々帰路についていった。

 正直なところ、王城にひとりで乗り込む心細さはあったものの、ウォルターがいない方が動きやすくもあった。リタにはこの王城の間取りや住人、そして展開されるストーリーに関する知識がある。もちろんすべてが乙女ゲームの通りとはいかないだろうが、両親の願い通りにカールを売り込むためには、それらの知識を活用しない手はなかった。

 何より、リタの幼馴染であるウォルターと長く一緒にいるということは、リタがリタでないことが露見するリスクが高まる。ここ一年はなんとかごまかし続けられたものの、今後現代日本の常識をうっかり披露してしまい、厄介なことになるのは避けたかった。

「カール・リヒテンシュタインです。陛下にお目通しください」

 門番にそう告げると、彼はリタを見てあんぐりとしたあと、その口を閉じて金魚のようにぱくぱくとさせた。裏返った声で「こっこちらへどうぞッ」と促される。顔パスで通れるだろうかという不安は杞憂に終わったらしい。金色の髪が、王家の人間の血筋を現すという設定通りの世界観に感謝した。

 門番から衛兵へと引き継がれ、謁見の間へと移動するあいだ、王城の片隅から食欲を誘う香りが漂ってくることに気が付いた。

「おいしそうな匂いがしますね」

 先導する衛兵に話しかけると、彼は周囲を見渡したあと、恐る恐る自身を指さし、

「差し出がましいことを申し上げます。私にお声がけいただいておりますか…?」

 と上目遣いに聞いてきた。豪快な髭面と恰幅のよい体型から年上と想像していたが、思いのほか声が幼い。同い年くらいだろうか。

「そうだよ。僕はカール・リヒテンシュタインというんだけれど、君の名前は? 何歳?」

 リタの両親の邸宅にいた頃には、リタらしさを損ねないよう用心深く振る舞うことが常で、友人を作ろうと思ったこともなかった。ここへきて、気の置けない話し相手ができそうな予感に、リタはわくわくした。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はフランシス・オルセンと申します! 齢十八になります!」

「フランシスか、いい名前だね。僕も来年十八になるんだ、どうぞよろしく」

「はっ、恐悦至極に存じます!」

 フランシスは、大きな体を思い切り縮めて、顔を緊張で真っ青にしながら敬礼した。

「そんな堅苦しくしないでよ。僕は直系じゃないし、フランシスの方が年上だろう? 男同士、気軽に接してもらえると嬉しいな」

 立場上難しいだろうか、と思いながらも、どうにか壁を破りたい。そんな気持ちでフランシスの目をじっと見つめると、今度は彼の顔が赤くなった。

「はっ、いえ、あの、恐れながら、カール様は大変美麗でいらっしゃいますので! 男として、気を引き締める必要が……いえ、俺は何を言っているんだ、申し訳ございません!」

 フランシスはまた青くなった。彼の言葉にはひっかかる部分があったものの、顔色を赤くしたり青くしたり忙しそうな様子に、なんだか申し訳ない気持ちになった。すぐに距離が縮まることはないかもしれない。残念だが、時間をかけて打ち解けていきたいと思った。リタは小さく息をついて気持ちを入れ替えると、改めて笑顔をつくった。

「ところで、この匂いは調理場のものだよね? 食堂があるのかな」

「はい、兵舎用の食堂は王城の門を出た外にありますが、王城内には王族の皆様が召し上がるお料理を整える調理場と、使用人向けの簡易的な調理場の二つがあります。王族の方は決まった時間に召し上がりますが、使用人は人数が多いので、日中ひきりなしに調理場が動いておりまして、この時間に煙が上がるのは使用人向けの方かと思います」

「そうなんだ……」

 わざわざ王族用と使用人用で分けているのはもったいない気もしたが、ひきりなしに調理場が動いているとは良いことを聞いた。乗馬に酔うことを懸念して、今朝は木の実をひとつまみしか口にしていない。そろそろ腹の虫が号泣しそうだった。

 謁見の間へとやってくると、フランシスは下がっていった。この部屋も二次元で見たことがある。豪奢に施された刺繍の天幕が飾られ、その向こうに人の気配がした。頭を垂れたまま待っていると、「面をあげよ」と声がかかった。

「カール・リヒテンシュタインと申します」

 付け焼刃で覚えた男性風の最敬礼をとり、天幕の向こうへ視線を投げる。陛下の顔は乙女ゲームで公開されていなかったが、すぐに陛下本人だと分かった。第一王子アルフレッドの顔を肉厚にし、加齢による丸みを加えたうえで、瞳に冷たさと、寝不足と不機嫌を足したような顔をしていたためだ。

「ご両親は息災か」

「おかげさまで病気に苦しむことなく、慎ましく隠居生活を送っております」

「そうか、お前には姉もおったな」

「はい」

 リタは内心どきりとしたが、すぐにただ順を追って尋ねているだけと心を落ち着けた。

「姉も元気に過ごさせていただいております」

 陛下はふむと一つ頷くと、儀礼的にリタ――カールの参内を労うと、離れに部屋を用意させると言った。

「王城の一日は忙しない。国政や内外の重要人物について学び、相応しいふるまいを身に着けることを期待している」

「お心に沿えるよう尽くします」

 退室を許され、緊張がとけると、今度こそリタのお腹は盛大に鳴いた。

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