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14.王城での噂話

 最近の王城では、妙な噂が流行っている。なんでもエドワードのカールを見る目が怪しいというのだ。

 アルフレッドに連れられて、カールが王城の門をくぐったあと、真っ先にしたことはアンネ、ロイ、エドワードの三人に姉からの手紙を渡すことだった。

 アンネはその場で許しを乞うて手紙を読み、穏やかな表情で笑ったという。「寂しいですが、リタにとって、それが最善だと思います。今度は私がお休みをいただいて、会いに行きます」

 ロイは手紙を読んだあと、やっぱりねというように肩を竦めて、手紙をカールに突き返した。一方的な告白などロイには持て余すだけで、詳しい事情は次に会ったときに聞きたいという、彼の意思表示なのでないかとカールは思っていた。

 エドワードは、手紙を受け取ったとき、その場で読んでくれなかった。訓練が終わったら読むということで、兵舎へ持ち帰ったようだ。カールはその夜、慣れない長丁場にわたる乗馬と、新しい環境に疲れたのか、とても深い眠りに落ちた。

 それから三週間が過ぎたこの日、カールはロイから妙な噂について教えてもらったのだった。

「エドワードが、カールに惚れているらしい」

 聞いたときはまず耳を疑った。そして次に、カールという名の姉のことだと思ったが、噂が出てきたのはどうも最近のことらしい。ロイは何か知った風な体で、いたずらっぽい瞳をきらきらさせながら続けた。

「会えば顔を凝視しているし、そうかと思えばカールと目が合うとパッと逸らす。訓練場では、シャワーを浴びに行くカールの後姿をじっと見つめていたとか、なんとかっていう…」

「おい、やめてくれよ」

 カールはうんざりした目でロイをにらんだ。

 エドワードのことは、剣術の先生として尊敬していたが、幼い頃より同性から好意を向けられることが少なくなかったカールとしては、この手の類の噂話には辟易していた。まして、最近の自分には、誤解されたくない相手がいるのだ。

 本気で嫌がると、ロイはすぐに態度を改めた。変わり身の早さというか、空気を察して即座に対応する器用さは、料理人よりも政治家に向いているのでないかと、カールは内心で思っている。

「まあ、エドワードとしても、男が好きということはないんだろうけどね。おおかた、これまで男だと思って接していたお姉さんの事情を知って、きみを見るたびに複雑な心境になるのをとめられないだけだろう。あとは、瓜二つであるきみの顔を見ては、お姉さんを思い出して、夜な夜な……」

「おい、身内に対する下品な想像も、不快だ」

「わかったよ、ごめん。もうしない」

 ロイに言わせると、エドワードが姉に惚れているのは、ほぼ間違いないということだった。男だと思っていたから自覚がなかっただけで、今になって気づいて大慌てしているのだろうと、彼は言った。

 カールとしても、尊敬するエドワードと姉が恋人になることは歓迎する。というよりも、むしろできればそうなることで、早く自分との噂を消してほしいという願いさえあった。

 以前は姉が使っていた居室へ戻ると、アンネが愛くるしい笑顔で迎えてくれる。

「おかえりなさいませ」

 一度姉を訪問したときに顔を合わせていたとはいえ、長い付き合いのような気軽さで接してくれるのは、姉がアンネと良い友人関係を築いてくれたおかげだろう。カールは人見知りだったが、アンネの明るさに助けられ、もう随分と打ち解けられていた。

「ただいま。ロイから妙な噂を聞いて、なんだか疲れたよ」

「まあ、もうお耳に入っていたのですね」

「いいや誤解しないでほしい。これは状況がそう見えるだけで、お互いそういうつもりは一切ないんだ」

「そうだったのですか? ……困りました。陛下がその気になっていらっしゃるようで、祝典のための準備を仰せつかってしまいました」

「陛下まで?!?!」

 カールは衝撃のあまり絶句した。たしかにこの国では同性婚が認められておらず、したがって同性同士の恋愛も秘めるべきものと見なされているから、陛下が後押しすれば世論は大きく動くだろう。支持率も大幅に上がるかもしれない。けれど、カールは、その象徴になるつもりは毛頭なかった。

「いや、待ってくれ。たとえ陛下のご意向に背く形となっても僕は、その、アンネ、きみのことが」

 カールは躊躇した。こんな形で伝えることになるとは思っていなかった。まだ会って間もなく、心の準備ができていない。

 拳を握りしめるカールの前で、アンネが不思議そうな顔をして、三秒ほど静止した。それから何かを悟ったのか、顔を真っ赤にして、両手を胸の前で交差するように振った。

「あの、違うのです。カール様、私が聞いた噂というのは、アルフレッド様のご婚約のお話です」

「えっ」

 カールは、エドワードとの祝典を挙げられなくてよかったと安心すると同時に、寝耳に水の噂に困惑した。

「僕が聞いた噂は、エドワードが僕に惚れているというもので。エドワードも僕もそういうつもりはないから、誤解しないでほしかったんだ」

「はい、それについては、エドワード様ご自身も否定されていらっしゃいました。噂の根源はロイでしょう、本当に困った人なんだから」

 アンネは花がほころぶように笑った。

「アンネはその噂を信じておりません」

 安堵に大きなため息がもれた。力抜けして、膝に手をつくと、アンネが気遣うように椅子を差し出した。カールは、せっかくなのでアンネをお茶に誘ってテラスへ出た。外庭には、白と赤のコスモスが咲き乱れて、秋風に気持ちよさそうに揺れていた。

「アルフレッドが婚約するんだって」

 先を越された従兄の顔を思い描きながら、尋ねた。

「はい、お相手にまだ申し込んでいないそうですが、すでに陛下がご了承されており、先方のご親族とも話が進んでいるそうです」

 祝典準備に集められたメイドたちの間では、お相手はアルフレッドの身分に遜色ない家柄のご令嬢で、きっと隣国のお姫様だと噂されているそうだった。アルフレッドとお姫様は正式にお会いしたことがないらしく、おそらく政略結婚だろうというのがメイドたちの見立てだ。端正な顔立ちのアルフレッドは下女たちにも大変人気だったので、巷ではアルロスと呼ばれる現象が起きているという。

「祝典にはカール様もご出席されるでしょうから、正装を新調するよう、衣装屋を手配いたしますね」

「ああ、ありがとう」

 身近な者が結婚すると思うと、それほど長い付き合いでなくても、妙に感慨深かった。アンネが淹れてくれる紅茶は、その人柄を表すように、深みのある味と温かさに満ちている。カールはそんな彼女に対して、自分ができることを増やし、彼女を守れる人になりたいと思う。

「あの、カール様」

 アンネが、ふと、躊躇いながら名前を呼んだ。遠慮するような気配で言い淀み、しかし、カールの目をまっすぐ捉え、続ける。

「先ほどの、たとえ陛下のご意向に背く形となっても、というお話の続きですが。いつか時が来たら、聞かせていただけると信じて、待っていてもいいでしょうか」

 アンネの頬は、コスモスのように赤く染まって、言葉尻はおびえたように少し震えていた。女性に先に言わせるなんて、自分は何をやっているのだろう。

「ああ、もちろん。必ず相応しい自分になってみせるから、それまで待っていてほしい」

 カールは、アンネと同じように真っ赤になっているだろう、火照った頬からできるだけ意識をそらして、はっきりとした口調で言い切った。アンネの顔が、喜びにそまった。

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