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狂フ短  作者: ともさん
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姫ノ話 プリンセスやしゃがみ Re:Dive

こんにちは、おれんじです。プリコネ始めました。

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「あー。やっちまった。完全にやっちまった。こりゃもう駄目だ。引き返そうと思ってもいないし何なら前進するしか道はないけど、もうどうにもなんないや」


 八月も下旬に差し掛かった頃。


 いつものように須佐之男書店に新刊の漫画を買いに行くと、レジ奥の椅子に座ったままの成人幼女・夜叉神羅刹(やしゃがみらせつ)が自前のiPad片手に呻き声をあげていた。


「どうしたんだよボロ屋の店主。とっとと仕事しやがれ」


「んー? あー、今手が離せないから自分でレジ打って」


「お前もう店畳んじまえ!」


「なんだよ、操作方法がわかんないの? 若者のくせにアナログなんだから」


「幼女にしか見えない奴に若者だなんて言われたくねえよ……」


 店内には夜叉ちゃん一人しかいないらしく、どうやら燕雀ヶ羽(えんじゃくがばね)は今日は休みらしい。俺はレジの上に購入予定の新刊を数冊置き、ぐるりとカウンターを回ってレジ中へと入り夜叉ちゃんのiPadを覗き込む。


「またお前は。仕事そっちのけで何にうつつを抜かしているんだ?」


「お客さん。ここ関係者以外立ち入り禁止なんですけど」


「今さっきの自分の発言を顧みてから言え」


 ぐいっとiPadを覗き込むと、何やら可愛い少女が登場するアニメが流れていた。


「なんだよ、アニメ見てたのか?」


「いや? これゲームだけど」


「え?」


 言われて画面を暫く見ていると、場面が切り替わって女の子の立ち絵イラストとギャルゲーのようなメッセージウインドウが表示され、それが確かにゲームであることが分かった。


「『プリンセスコネクト  Re:Dive』……略してプリコネって言うんだけど」


「あー。CMで最近よくやってる奴か」


 よく見ればそこには、件のCMに高頻度で登場している、金髪にカチューシャとアホ毛がトレードマークで騎士っぽい格好をした、恐らくヒロインであろうキャラが映し出されていた。


「この子はね……ペコリーヌちゃんって言うんだ。私の彼女なんだけど」


「絵に描いたようなオタクだな、お前」


「君もオタクじゃないか……いやあ、暇つぶしにYouTube見てたんだけど、その時に広告で流れてさ。ペコリーヌちゃんに一目ぼれして即インストしちゃった」


「いや、だから仕事しろよ」


 暇だったからって。


 どうせ年がら年中暇じゃねえか。


「可愛いなあ、ペコリーヌちゃん。ご飯を上げると誰でも好きになっちゃうんだって」


「ちょロインじゃねえか」


「しかも、今キャンペーンの真っ最中なんだよ。一日一回、無料で十連ガチャが引けるんだって」


「グラブルがかなりの頻度でやってる奴か」


「しかもだよ! 三日前からそのキャンペーンが始まってたらしいんだけど、今日インストールしたっけ、インストしてない一昨日と昨日の分も引けたんだよ! だから今日だけで三十連もできちゃったの! すごくない?」


「凄いな、確かに」


 初心者に優しいという奴か……俺もそのゲームが今無料でガチャが引けるらしいことはCMで見てはいるが、まさかアプリをダウンロードしていない期間の分も引けるとは。


『最大一七〇連無料!』と大々的に歌っている広告であるが、期間中であれば数日遅れて初めてもしっかり一七〇連引けるということか。


「……で?」


「は? でって、何が?」


「いや、だからそのガチャの結果だよ。ペコリーヌとやらのSSRは出たのか?」


「ペコちゃんを呼び捨てにするな」


「いやペコちゃんは既に違うキャラだぞ!?」


 その略し方はまずい。


 洋菓子界隈に激震が走ってしまう。


「えっと……ペコリーヌちゃん?」


「君がペコリーヌをちゃん付で呼ぶの、若干気持ち悪いなあ」


「吊るし上げるぞクソガキ」


「ちなみにこのゲームは、レア度は☆表記だからね。ガチャから出る一番レアなのは☆3ってやつだよ……ううん、残念ながら出なかった」


「なんだ、出なかったのか」


「まあね」


 わかりやすく落ち込んで見せる夜叉ちゃんだった――とは言え、ソシャゲにおいて狙ったキャラの最高レアが出ないだなんて言うのはあまりにもよく見る光景だし、寧ろそれが正常なんだけどな。とは言え、やはり好きなキャラや、それこそ今回の夜叉ちゃんのケースみたいな、ゲームを始めるきっかけとなったキャラを序盤で引くことができれば、モチベーションの維持には間違いなく繋がってくることだろう。


「一応、☆1のペコリーヌちゃんは最初からいるんだけどね。やっぱ、どうせやるならレアな奴欲しいじゃん」


「まあ、気持ちはわかるが」


「と言うわけで、課金しました」


「はあ!?」


 聞き捨てならない台詞に思わずつっこんでしまう。


「昨日今日始めたゲームに課金!? お前正気か!?」


「いやだなあ。最近のソシャゲじゃあスタートダッシュガチャとか当たり前にやってるじゃないか。円滑にゲームを進めるためのお布施みたいなもんだよ」


「ぐ……いや、言われてみれば確かにそうか」


 正直言うと、俺もしたことがあるしな。


 馬鹿にするような真似は憚られてしまった。


「計算がしやすくて助かるんだよこのゲーム。丁度十連分が三千円なんだ」


「へえ。何連したんだ? 一万円分とか?」


「天井」


「はい?」


「三百連」


「九万円じゃねえか!」


 やっぱり馬鹿だった。


 始めたばっかのゲームに九万円とか、ぶっちゃけ正気の沙汰じゃない。


「いやあ、このゲームに天井があって良かったよ。前にエレシュキガル欲しさに二十万突っ込んで爆死した黒歴史が危うく蘇りそうになったけどね」


「今からひどいことを言うけど、お前、俺の知り合いの中で三番目に馬鹿だぞ」


「ちなみに当店の今月の売り上げは四千円です。しかも全部夕影君」


「訂正する。お前は俺の知り合いの中で二番目に馬鹿だ」


 やれやれ、マジで何やってんだこの成人幼女は……そう思い店の中を見回していると、レジの上に恐らく使用済みであろうiTunesカードが山積みにされているのに気が付いた。


「お前……店の売り物を使ったのか?」


「いや、それは近くのコンビニで買った奴だよ。流石に自分の店のは使い辛くてさ。それに私、自慢じゃないけど課金はクレジットカードでしない主義なんだ」


「本当に自慢じゃないな、それは」


 しょうもない主義である。


 加えて言うなら、店を放り出してコンビニ行くのもしょうもなさすぎである。


 いや、仕事中に課金すること自体どうかと思うけど。


「……成程な。で、仕事を放棄してまで欲しがったペコリーヌちゃんとやらは、無事にゲットできたってわけか」


「それがさ……」


 と、夜叉ちゃんは意味ありげに遠い目を浮かべ、


「天井ガチャの交換ラインナップにいなかったんだよね、ペコリーヌちゃん」


「お前マジで何してんの!?」


 引く前に調べるだろ普通!


 先走りすぎだろ!


「って言うかさ」


「まだ何かあるのかよ……」


「いや、そもそもペコリーヌちゃんの☆3がいなかった」


「…………」


「ちょっと前に水着ペコリーヌちゃんの限定ガチャがやってたみたいなんだけど、今は残念ながら」


「…………」


 いや。


 残念なのはお前だよ、間違いなく。


「ま、お陰様で☆3のキャラはかなり揃ったし、今しか引けない限定キャラも天井のお陰でゲットできたしね。結果だけ見れば、まあ良かったかな」


「……あっそ」


 まあ課金についての意見って人それぞれあるんだろうけど、最終的に本人が満足してるなら別に他人が口出すことはないんだよな――そんなことを思いながら、俺はレジ中を出てカウンター前へと戻る。


「……とりあえず、一段落したなら本を売ってくれよ。俺としては、それを買うのが今日の目的だし」


「はいはい、わかったよ……もう、しょうがないんだから」


 サービス業の店員が仕事中に絶対零してはいけないような愚痴を漏らしつつ、夜叉ちゃんはiPadを一旦横に置き、俺の持ってきた六冊の本のバーコードをスキャナーで読み取っていく。


「はい、六冊ね。四割引きで一五九〇円」


「おう……あ、悪い。一万円札しかないんだけど、いいか?」


「あー、いいよいいよ」


 そう言って一万円を受け取った夜叉ちゃんはレジを操作していき、ガラガラっと開いたレジスターからお釣りを取り出そうとする――作業の最中で、手が止まった。


 完全に手が止まった。


 あまりにも唐突過ぎて、一瞬時が止まったのかと思った。


「? どうしたんだよ」


「……お金がない」


「は? いや、今渡しただろ、虎の子の一万円」


「そうじゃなくて」


 何とも言えない苦笑いを浮かべつつ、夜叉ちゃんはこちらを見上げた。


「レジの中のお金で課金しちゃったから、渡す釣銭がない」


「…………」



 やっぱ訂正しよう。


 夜叉神羅刹――お前は俺の知り合いの中で、一番馬鹿な奴だ。



 プリコネを始めたきっかけに短編を書き上げました。気軽に読んでください。

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