06話 VS獣王レオン
レオンとの決戦前夜。
僕らは獣人たちと共に食事を楽しんでいた。
挑発的だった獣人たちも、レオンが来てからは大人しくなりゴブリンやスライムたちと談笑している者までいる。
平和だなー。
明日の戦いがどんな結果になってもこういった雰囲気になってほしい。
僕はというとレオンと共に食事をとりながら話をしていた。
これまでの事、夢の話なんかをしているうちに打ち解け、友人のような口調になってしまっていた。
「ふっ、どうやら俺とお前は似た考えの持ち主らしいな。」
「というと?」
「俺もあいつらを救いたかった。
魔獣の凶暴化によって俺たちは滅びかかっていたんだ。
先代の長、俺の父は皆を庇って致命傷を負い、死の直前に俺に長の魂を託したのだ。」
「魔物の凶暴化の原因はあんたが誕生したことだと思ってたよ。」
「奴らはもともと森の北西部に生息していたが、年々生息域を広げていった。
俺が獣王が長を継いだのと、ここへ奴らが現れたタイミングが重なっただけだったみたいだな。」
どうやらこっちの仮説は外れてしまったらしい。
原因探しは振り出しに戻ってしまったな。
「お父さんから継いだんですね、長を。」
「ああ、長を継いだ俺は進化を遂げ獣王となった。
先代の長を超えた俺の影響であいつらも強くなり、集落に再び平穏が訪れたのだ。」
レオンは昔を思い出すように空を見上げ話している。
そして一瞬だけ戦士の顔へなりこう告げた。
「この魂には父や亡くなっていった多くの者たちの思いが込められている。
そう簡単には渡さないぞ?」
その眼は先程までとは違う覚悟を決めた眼だった。
「ああ、こっちだって本気で行く。
力を証明して、奪い取って見せる!」
「ああ、楽しみにしているぞ。」
そう言ってレオン宿舎へと戻っていった。
僕も食事を済ませ明日に備え眠りについた。
翌日。
集落から少し離れた広場に集まる一同。
長同士の決戦を見守るよう円になって開戦を待つ。
ライアンたちも僕たちの戦いを見てくれるようだ。
「いい天気だ。
戦いにはもってこいだな。」
「そうだね。
思う存分やろう。」
そして、ついにその時が訪れる。
「これより、新たな長を決めるべく、ソラ様とレオン様の決闘を開始する!!」
ドォオオオオン!
銅鑼の音を合図に決戦は開始した。
「ふっ、飛ばしていくぞ!!」
先手はきったのはレオンだ。
オーラを全身に纏い凄まじい速度で拳を突き出してくる。
それに対し僕は
「受けて立つ!!」
こちらも全力で前へ拳を繰り出す。
両者の拳が激突する。
力は互角だ。
衝突で大地に巨大なクレーターができた。
お互い次々と攻撃を繰り出す。
力は互角、速さはソラが上、リーチと防御力はレオンに分がある。
2人は休む間もなく鍔迫り合う。
優勢なのは__
ソラのほうだ。
ライアンたちは信じられないものを見ていた。
獣王、恐らく危険度Aに届くほどであろう。
自分たちが相手では、1秒も持たない。
あれは国一つの力にすら対抗し得る。
そのレベルの化物と僅か12歳の子供が互角に戦っていた。
「に、人間の動きじゃない……」
ここでアッシュがある噂を思い出した。
「青い髪、眼、子供……まさか!?」
「……どうしたアッシュ?」
「最近噂になってた・・・青い髪をした怪物じみた強さの子供がいるって!!」
「っ!! 私も聞いたことがある!
確か【武神】って呼ばれてる……まさかあの子が!?」
「あの噂、確か無能力者って聞いて真に受けていなかったが……」
「これは……噂以上のバケモンだな……」
大陸で噂になっていた【武神】の話。
自分たちの目の前で戦っている少年がそれであることに気付いた。
武を極めし者、自分たちには到達できないその強さを、ライアンたちはただただ見守ることしかできなかった。
開戦から5分。
お互い決定打こそないものの、ダメージが目に見えて現れてきた。
ソラの攻撃は体の内側へ響き、レオンの内臓と骨に着々とダメージが蓄積されていく。
複数の体術流派の技を複合し、より効率的に相手を撲殺できる技を生み出した結果だ。
レオンでなければ攻撃を受けた瞬間、体が内から破裂し、臓物をまき散らし絶命するだろう。
一方レオンの攻撃はその大きな拳から繰り出す打撃、鋭い爪から繰り出す斬撃、そして魔力を飛ばすスキル【魔弾】と多種多様なスタイルだ。
近距離、中距離、遠距離と間合いを戦いの中で変化させ立ちまわるため非常に戦いづらいスタイルだ。
特にソラには近距離攻撃しか手段がないため【魔弾】には初め手を焼いた。
しかし、それも対応済み。
【魔弾】と爪の攻撃は常に間合いを詰めていれば問題ない。
そして近距離攻撃はもっと簡単だった。
【理】の効果で相手の攻撃を理解する。
直撃の瞬間、衝撃を殺すように体を捻る。
そのためソラには大したダメージが発生しない。
そう思っていたが__
(完全には殺しきれないか、とんでもないな)
本来ソラにとってただの物理攻撃は無意味に等しい。
一度見れば対処可能だからだ。
しかし、レオンの攻撃は毎回少しずつ変化し、微妙に対応できないよう調整しているようだ。
その微妙な調整がソラへ少しずつダメージを蓄積していくのであった。
それから間もなくして、戦いは拮抗が崩れ始めていた。
ソラの攻撃がレオンの攻撃回数を上回り、そして__
「はああ!!!」
「がっあ゛ぁ」
ソラの全力の鉄槌がレオンの腹にめり込んだ。
口から血を吐き出し遥か後方へと突き飛ばされる。
「はぁ……はぁ……」
「げほっ……げほっ……
やはり強いな……ここまで追いつめられるとは……」
「今のに耐えるのか……流石だね……」
ソラは今ので決まったと思っていた。
完全に内臓を破壊した手応えだった。
しかしレオンはソラが想定していた以上に強い。
それに、まだ何かある。
そんな予感がしてならない。
そしてその予感は的中する。
「まさかこれを使うことになるとはな……」
レオンは体から放つオーラを一度引っ込めた。
そして__
「獅子の覇気!!!!」
そう叫ぶとレオンは体内からさっきまでと比較にならない強さのオーラを爆発させた。
「なんだ……あれ……っ!?」
【獅子の覇気】
レオンの奥の手。
魔力を生体エネルギーと融合させより強力なオーラとして発生させるスキル。
体力を激しく消耗するため、勝てないと踏んだ相手に対する最終兵器ともいえる能力だ。
レオンは黄金の鬣を逆立て、全身から真紅のオーラを放っている。
そのオーラはソラでさえ耐えるのが辛いかった。
見守っていた者たちのほとんどがレオンのオーラによって苦痛の表情を浮かべている。
先程まで拮抗していたパワーバランスが、レオンの方へ傾く。
「がぁあああああ!!!」
遠吠えと共に音速を超えた速度で距離を詰めてきた。
それと同時に繰り出した拳を僕の腹目掛け振り上げてくる。
理は攻撃への対処が可能であれば、それを自動で選定する。
今まで対処できなかった攻撃はなかった。
しかしこの一撃をいなす手段は選定できなかった。
今のソラの実力では対処不可能と判断されたためだ。
(不味い!!!)
そう思い体を捻ったが遅かった。
攻撃は命中。
何とか右腕でガードしたが意味はなかった。
「がはっ!!」
ガードした右腕はぼろ雑巾のようにひしゃげ、使い物にならなくなった。
ガードを貫通し腹にもダメージが入ったか、口から血が噴き出る。
たった一撃で血みどろになってしまったが、これで終わりじゃなかった。
さっきの攻撃で上空へと吹き飛ばされたソラはグルグル回る視野の中、地上を見る。
しかし、そこにレオンの姿はなかった。
(まさか!!)
自分の後方、1秒後には達するであろう高さの位置にレオンは待っていた。
「くっ!!」
避けようと必死に軌道を変えようとしたが
「無駄だ!!!」
抵抗虚しく、遥か上空から地上へと叩き落される。
大地へめり込み、全身の骨が折れ、息をするだけで激痛が走る。
おそらく肺が潰れてるんだろうな。
生きているのが不思議な状況だった。
「ソラ様!!!」
レオンのオーラを前に唯一動くことのできたミルが駆け寄ってきた。
「しっかりしてください、ソラ様!!!」
答える力も残っていない。
すでに勝機などないこの状況、大人しく負けを認めるか……。
いや、勝機はまだある。
ソラには秘策があった。
しかしそれは諸刃の剣。
下手をすれば僕の魂は死ぬだろう。
それだけじゃない。
周りの皆を傷つけてしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。
それでもレオンは奥の手を出してきた。
こちらが最後まで切り札を出さず負けるのはレオンに対して失礼な気がした。
(レオンの本気に僕も応えたい――)
ソラは賭けてみることにした。
ぐしゃぐしゃになった手で、いつも身に付けていた首飾りを外し、ミルへと念話を送った。
『ミル……頼みがある……』
『ソラ様!?負けを認めましょう!このままではソラ様は!!!』
『いや……一つだけ勝機がある……。』
ミルは驚いたようだがすぐに冷静になり頼みを聞いてくれた。
『この首飾りを手放してから1分以内に勝負がつかなければ……僕の負けだ……』
『いったい何を!?』
『首飾りを受け取ったらすぐに僕から離れてくれ……』
『……わかりました! 私はソラ様を信じます!』
『ふふ……ありがとう……』
そう言ってミルへと首飾りを手渡した。
直後。
眩い光が周囲を包む。
光は広場全体を侵食し周囲の物を破壊し尽くしていく。
その光は膨大な量の魔力の集合体。
常人なら触れるだけでも
そうソラから放たれる魔力だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
体全身が再生と破壊を繰り返す。
レオンから受けた傷は一瞬で回復した。
しかし再びが破壊が始まる。
細胞の一つ一つに釘を打ち込まれるような激痛が全身に走る。
「それがお前の真の力か、ソラ。」
レオンが問いかけてきた。
「__ああ、僕の体には過ぎた力だ。」
僕は魔力を扱えない。
それは何故か。
なぜ人は魔力を使うのに覚醒する必要があるのか。
それは、覚醒によって魔力に耐えうる体へ進化させる必要があるからだ。
普通は覚醒前に魔力が溢れ出したりはしない。
しかしソラは覚醒していないのにも関わらず、膨大な量の魔力が溢れ出てしまう。
覚醒前の体では魔力に耐えることが出来ず、肉体は崩壊する。
だからソラは魔力を扱えないのだ。
ジエンからもらった首飾りは魔力を抑えてくれる効果がある。
だから、あれを身に付けている間は普通に生活することができた。
残り45秒。
「時間がない、速攻で終わらせる!!」
「良いだろう!!」
そして戦いは再開された。
レオンは音速を超えた速度で攻撃を繰り出してくる。
しかし今の僕には捉えることができる。
コントロールできずとも、噴き出す魔力はソラの身体能力を大幅に強化させていた。
激痛に耐えながら、全力でその攻撃へ向かい打つ。
「砕ッ!!!」
魔力を込めた拳がレオンの攻撃と激突する。
先程までなら、こちらの腕が跡形もなく消し飛んでしまっていただろう。
しかし
「くっ!?」
レオンの拳は血を吹き出し打ち負けた。
それだけでは終わらない。
「破ッ!!!」
音すら置き去りにする速度でレオンへ連続攻撃。
蹴りと拳を隙のある場所へ間髪入れず打ち込んでいく。
「くはっ!!」
弾き飛ばされ血塗れになったレオンは笑っていた。
「これほどの力とは・・・ならば俺の全てを込めた一撃で打ち倒す!!!」
レオンは全オーラを右拳へと集める。
真紅の輝きを放つ拳が力を開放する時を待ちわびている。
残り30秒。
「ならこっちも全力で迎えさせてもらう!」
こちらも激痛に耐えながらも魔力を右拳へと収束させる。
制御の効かない力を必死にかき集める。
そして右手に神々しい光を放つ暴力的なまでの力の塊が完成した。
気を抜けば今にも腕が爆発しそうだ。
「行くぞ、ソラ!!!」
「来い、レオン!!!」
20秒
「獅子の一撃!!!」
「破滅の光!!!」
2人の全力の攻撃が激突する。
レオンの攻撃は巨大なドーム状の爆炎を引き起こした。
自らの体すら巻き込み周囲へ破壊の渦を巻き起こす。
そしてソラの攻撃は着弾直後押し込めていた力が解放され、ミラーボールの如く光の束を周囲へまき散らす。
ばら撒かれた光の束は大地を、そして空を貫き破壊の限りを尽くす。
二つの衝突で起きた衝撃波は遥か上空まで到達し、雲が弾け跳び周囲一帯を雲一つない青空へと変えた。
勝負はついた。
ソラは右手の肘から下が無くなり、立っているのがやっとの状態だった。
一方レオンは
「……俺の負けだな。」
体の大半が消し飛び、頭と胴体と左手だけが残っていた。
「はは……かなりギリギリだったけどね……。」
「あんな奥の手があったとは思いもしなかったぞ……。」
「ああでもしなかったら勝てなかったよ……。」
全力を出し尽くした二人は生気のない声で言葉を交わしあう。
今にも死にそうなの状況の中、二人は笑いながら話をする。
すると遠くから声が聞こえてきた。
「ソラ様!!!」
残り3秒というところでミルが首飾りを持ってきてくれた。
危なかった。
もう少しで勝ったのに死ぬところだった。
首飾り受け取り、溢れ出る光を収めた。
やっと激痛から解放される。
「他の皆は……?」
「全員無事です。
レオン殿が本気を出したタイミングで安全な場所まで避難させておきました!」
「そうか、それならよかった……。」
安心したからか、体から力が抜けそのまま倒れてしまった。
「今回復しますね!!」
ミルが調合した超回復薬を二人分出してくれた。
相変わらずの効果でたちまち体は回復し、欠損部分も修復され二人とも無傷の状態にまで戻った。
「おお、さっきまでの傷が嘘みたいに!?」
「あんな状態からも一瞬で治るもんなんだな。」
レオンは回復薬の効果にたいそう驚いているようだ。
まあ無理もない。
「さて、俺は負けてしまった。
今日からはお前の部下としてやっていくことになるわけだな。
俺もソラ様って呼ぶべきか?」
「なんか気持ち悪いなそれ。
別に僕は部下だとか配下だとか気にしてないから今まで通りでよろしく。」
「それはありがたい。
俺はてっきりソラ様と呼ばせて喜んでいるのかと思っていたぞ。」
「んなわけあるか。」
さっきまでの死闘がなかったかのようにレオンは気軽に茶化してくる。
負けた後なのに悔しさなんか微塵も感じさせない。
そういうやつなんだな、このレオンという奴は。
やっぱり僕はこいつのことが好きみたいだ。
「それじゃみんなの所へ戻ろうか。」
「ああ、魂の契約もさっさと済ませてしまおう!
俺も今から進化できるかワクワクが止まらないんだ!!」
「ソラ様!!私も進化できるでしょうか!?」
「ワンチャン僕も進化出来たらいいなぁ……」
そんなことを話しながら皆が待つ集落へと3人は帰る。
こうして長を巡った決闘は幕を閉じた。