8.道具屋のクソジジイ
「よう。禿ジジイ、繁盛してんだろーなぁ。まぁそのコワモテじゃぁ無理かなぁ?」
「うっせーわぃ、魔法才能ゼロのアホウが。ちゃんとしたもん買ってけよ。でないと貧弱なガキはすぐ死んでまうでの。」
伊織さんたちと別れて、王都の路地裏を通り抜けた先にある商店。
目の前には筋骨隆々で、ゴツゴツとしたコブが至る所にある腕。間違いなく俺ぐらいの体格の子供ならば、片腕で持ち上げられてしまうであろう。それに、目の前、というのは本当に、正しく目の前なのだ。見上げると、先に目に入るのはボロイ店内に相応しく、淡く弱い光を灯すランタン。それからゴツゴツの腕の先を目で追うと(別に追いたくもないけど。でも目を見て話すのはマナーだろう。)本当に、コワモテ、としか評せない顔面がこちらをニヤリと笑いながら向いている。
いやコエーよ。冗談で何となく言ってみたけどもやっぱコエーよ・・・
何か本当に冗談でも無くこの顔面の凶悪さが客遠ざけてんじゃねーだろうな!?
このクソジジイは道具屋のドミーじじい。禿ででかい。以上だ。
「何か失礼な事を思われた気がするんじゃがのう・・・」
「気のせいだ、気のせい。若しくは自覚症状ありってことで両成敗のお互いさまだ。」
「何か癪に障るのう。まぁええわい、剣出せぇい、無能。」
いつもの調子、つまり絶好調のドミーじじいに鞘に納めた剣を投げて寄越す。
「---っとぉ!? 投げて寄越すな!馬鹿もんがぁ!?」
「受け止めてんじゃん・・・ それに鞘無しで投げても大丈夫の癖に・・・」
「気持ちの問題じゃわい。気を抜くのは分かるが、抜きすぎじゃろう。・・・この欠け方なら修繕も早いぞ、10分ってところか。」
10分か・・・
「早いな、ゆっくり店の中見れねーじゃん。」
「基本用品は対して品ぞろえも変わっとらんし、最近仕入れた武具はお前には早すぎるわぃ。えーから座っとれぃ。」
「あいよぅ」
ボロい座椅子に座りながら薄暗い店内を改めて見渡す。棚には基本商品のポーション、栄養剤、深度計、火薬に手投げ弾に包帯類、蝋燭、ランタン、煙玉と何でも御座れ。ここら辺は変わらず常備品として販売中。
ポーション、栄養剤は消費したし、これだけ買っておこう。まぁ俺が買わなくてもいいけど。うちに山ほどあるし。正直俺が買うのはギルド所属員の真似事といえばそうだし、意味無い行為ではあるのだろう。
壁に立てかけられているのは刃渡り2mを超す大型の両手剣。この店の象徴といえる大物だ。何でも王都の凄腕の鍛冶師が設えた逸品らしい。まぁにしては銘も入っていないし眉唾な話ではあるが。それにこの両手剣、もう何年もこのままにしてあるし、正直でかいだけの見せかけにも感じられる。
何よりも、『両手』剣であるというのが、正直ナンセンスだ。実戦では、魔法との併用で武具を振るうのが基本戦術である為、片手をフリーに出来ない両手武器は、相当の訓練量を必要とする。これが例えば、比較的軽量に作成されている両手槍などは、戦闘中に手放し、投擲し、魔法使用後に回収したりと取回して、そこそこ使用率もあるといえるが、重量のある両手剣の使用者は殆ど見当たらない。ましてやこれは刃渡りだけでは無く、厚みも相当なもので、どれだけの豪傑なら振り回せるのか正直見当もつかない。
まぁ隣で剣研いでる爺さんなら持ち歩くくらいなら出来るかもしれないけど、振り回すとなると爺さんにはきつそうだ。よしんば振り回せるとしても絵的にいろいろと辛いものがあるので、正直遠慮願いたい。
両手剣の隣に目を移すと、両手槍、両手槌(これはまじで観賞用だと思う。有りえない程に重すぎるし、これを使うヤツは流石に変態だろう)、両手刀(極東の国で使われる武器で、ごく偶に伊織さんが振るってたはず)と、実践用と観賞用の間を行ったり来たりしている武具のラインナップが続く。
それからその隣には、片手剣、手斧、ダガーにレイピアといった武器が配置。基本的にはこれらの武器が使用される。例えば、騎士団に入隊したものには、既定の片手剣が配給される。それ以外にも、まぁ力量、所属、後はイメージにそぐった(そぐった?)武具を使うのが、当たり前の戦士の在り方だ。
そして・・・
杖。
杖。杖。
杖。杖。杖。
杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖。杖杖杖杖杖杖杖杖杖、杖。
壁面いっぱいに、棚に、大樽の中に無造作に、使用済みのボロが床の隅っこに、庇の下の店先に、杖。
火の魔法を打ち出す杖が、水の魔法で洗い流す杖が、風を巻き起こす杖が、そして人々を癒す為の土魔法用の、杖が。
至る所に杖が置かれている。だが、爺さんの店の杖ははっきり言って大分少ない。というか、爺さんの店の売りの一つは、杖以外の武器のラインナップが豊富な所にある。両手武器を取り扱う商店など、恐らく王都には数えるほどしかあるまい。
杖の効能としては、使用魔法を打ち出すまでの時間を短縮する、攻撃用の魔法の威力を高める、魔法の射程距離を伸ばす、といった効能が主となる。上級杖では、例えば土魔法ならば、強制的に深度を1深くする、といったトンデモ効果の杖も存在する。
だが、上級杖などほとんど出回らない上に、もし手にしても並みの魔法使いには取回すことも出来ない。
そして、ここにあるような通常の杖の効果にしても、精々が魔法発動が0.5秒早くなるとか、魔法の射程が1m伸びるとか、精々がそんな所だ。魔法が使えたためしが無い俺にしてみれば、正直無手での魔法の発動と変わらないようにも思える。
それでも、騎士は、傭兵は、ギルド所属員は、そして市井の人間は、杖を求める。
少しでも魔法が遠くに届くように、少しでも魔法が人々を癒すように、少しでも魔法が強く働いてくれるように。
別段変にも思わない。
杖を使う傍らで、武具を使うものもいるし、そもそも杖を携帯するだけして、実際は剣のみ使うものも大勢いる。それでも、誰もが杖を持ち歩く。
当たり前のことだ。魔法を、より強く、便利に、効率良く。
それを追い求めるのは何ら可笑しいことでは無い、普通のことなのだから。
魔法をとり扱うことは、世界の当たり前なのだから。
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5分後、、、
「それ、出来たぞ、小僧。」
ドミーじじいがこちらに研ぎ終えた剣を投げ渡してくる。
危っ!
「---っ!? 危ないだろうがぁ!クソじじぃ!」
「優し~く、山なりに投げてやったじゃろがい。ヘタレにも受け止められるようにのぅ。」
茶化すようなふざけた笑い顔、破顔っぷりを見るに、本当にこちらを揶揄うのが楽しくてしょうが無いといった感じだ。全くふざけたジジイだ。
---まぁ、この取り繕わない態度に救われている所が無きにしも有らずといった所のような気がしないでもないけども。
でも、それはそれ、これはこれだ。
さっさとむさ苦しい爺さんの店からは退散して、エリアス達が待つ屋敷に戻るとすっか。
薄暗い店内から、暖かな太陽の光が差し込む店外に出る直前、
「時に、小僧。土魔法の深度、、、まだ ”0 ”を示しているんじゃろうなぁ?」
「---本当に遠慮というか、手心を加えるという事を知らないじじいだよなぁ。俺、これでも次期当主よ?これでも四大貴族なのよ?」
「強大な出力の魔法を使える故の四大貴族。この王都を纏める力量あっての四大貴族、じゃわぃ。年齢の事を差し引いても、お前さんに次期当主は大分荷が重いし、正直無理といえるじゃろう。」
「うるへーわぃ。」
「事実は事実じゃろうがぃ。ぶーたれてないで、いいから、どうなんじゃい?」
「-- ”0 ”、だよ。変わらない、”0 ”だ。10歳から、5年経って、やっぱり ”0 ”だよ。皆知ってることだろうが。今さっき店の深度計使ったから、分かるよ。---それが?」
「---いや、分かった。ええわい。うむ、それでええ。」
何か今日はおちょくりが無駄に長いな。
流石に少しむっとしてしまう。
「良くはねーだろう、良くは。」
「おっと、そうじゃな。すまんわい。」
申し訳程度に、申し訳無さそうにするドミーじじい。これ絶対ポーズだけだろ・・・
「ほんとだよ。もう行くからな、クソじじい。」
「とっとといけい、クソガキ」
店外に出て、貴族街を目指す。さっさとエリアスの元に向かって目の保養をせにゃならん。
コワモテジジイを見すぎて目が疲れた。しぱしぱする。
---深度の話をした時、じじいの俺を見る目が、何か安心したように見えたのは気のせいだろうか?
--気のせいならじゃ無いなら、じじいは本当に、心の底から俺が魔法を使えない事を安心しているということになる。何故?
-これ以上、俺が無駄な期待や、負い目を感じなくてもいいから?まぁじじいの事だからここを労わるのは分からんでは無い。
-武具をガンガン買う上客が変わらずに在るからか?ちょっと穿って考えすぎだが、まぁ冗談抜きにこれはあるんだろうな。
--・・・
--気のせい、だろう。そう思う事にする。そう思う事に、した。
無駄な思考は路地裏に置き去りにして、大通りを抜け、貴族街へ走る。
* ** ** ** ** ** ** ** **
路地裏の店先の一つで、巨漢が蒼天を見上げる。
眩しそうに、これからに思いを馳せ、思索を巡らせながら。
「あのガキがもう15だとはね、、、」
声音には、遠い日々を懐かしむものが含まれ、どこか郷愁を帯びたようにも聞こえる。
もう戻れない場所を追い求めるような、ありえない世界を夢想するような。
最も、その声を聴くものは誰もいないのだが。
店内に戻り、おもむろに壁に向かい、両手剣を掴む。それから店の奥に向かい、開けた場所で剣を一振り。
ブォン、と豪快に風を切る音が反響する。
嘗ての、本当に嘗ての世界の産物の果て。
この世界に慣れ切ってしまったのはいつだっただろうか。
「あと2年、待とう。それで、終わるはずだから。」
表情には歓喜、長く待ち続けた種の萌芽を見守るような。
「彼が、終わらせてくれるはずだから。」
或いは、ただ親に懇願する子供のような。
大よそ老人には似つかわしく無い表情で、その時を待つ。