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魔道の名門貴族に生まれたんだが俺だけ魔法使えない件について  作者: 大葉餃子大盛
第2章:藍で螺旋で
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6.二つの指輪



 うだるような暑さの日だった。


 耳が痛くなるほどに蝉の声が鳴り響き、単一の管楽器の大合唱を聞かされ続けているかのように、何時までも耳に音の反響が残り続けていた。


 みんみんみん、みんみんみんと。

 蝉の声が恐ろしく鳴り響いているのにも関わらず、天気は今一つ晴れやかでは無く、厚い雲が王都の上空に散らばっている。微かに見える雲の切れ目から、光芒が見え隠れしていた。まるで、雲の方に王都に滞空する理由があるように。


 今日は今日とて、俺たちは裏町のドミー爺さんの所に遊びに…もとい、連絡の為に向かっていた。


 王都の大通りを抜けて、川に掛かった大橋を渡った先で、裏路地に抜ける。

 途端、視界の明度がほんの少しだけ下がる。

 原因は、道幅の狭さと、それから隙間なく建つ家屋が原因だ。

 家屋は、大きさそのものは決して大きい訳では無いが、その代わりに縦に長い。3階建て、4階建てが基本となっており、このせいで日の光が今一入りづらい設計になっている。


 ふと、歩みを進める中、思うことがある。

 そういえば、王都のこういった街並みそのものの決定や、建築を行っているのは誰なのだろうか。


 建築を行っているのは、建築家で、大工だ。これは当たり前の事だから理解できる。

 家々の補修に改築を行っているのは、一年中どこでも確認できる光景だ。


 しかし、街並みの構造図… 例えば、こういった裏町の街並みを決めているのは誰だろうか?

 意識してこなかったのもあるが、ふと思い返せば、全くアイディアが思い浮かばない。


 「わか~~。な~に考えてるの~?」

 「ん、いや、大したことじゃないよ。」


 裏町の路地に、太陽光が入っている箇所を抜ける。

 横を歩くエリザの表情が、太陽光で一瞬だけ照らされて、すぐに裏町の家屋で作られた影に覆われる。


 「この裏町の街並みって、いったい誰が決めてるのかなって。」

 「街並み~~?街並みって、どうゆうこと?」


 少しだけ、声量を落として続ける。まず無いとは思うが、万が一住民に聞かれるといらぬ諍いが生じる可能性もある。


 「例えば、こういう裏町って、あんまり日の光が入らないように設計されているじゃない?」

 「そういえばそうですよね…。別に、意図して作られたものじゃないと思いますけど。」


 「そうか…?それにしては、この裏通りに反して王都の大通り、極端に広すぎると思わないか?」

 「そういえば…」


 そう。そうなのだ。

 ちょっと、ほんの数十メートル隣の大通りの路に逸れれば、一気に明るい太陽光が差し込んでくる。

 日陰となっているのは、店先の幌の下に出来るほんの小さな影、本当にそれくらいのものだ。

 意図して日陰を探さなければ、太陽光が差し込んでいない場所が無いくらいに。


 「別に、文句があるって訳じゃないけど、でもどうしてあと数メートル分、裏路地の道路が広く無いのかなって。」

 「う~~ん。それが、誰かにとってメリットがあるから、とかじゃないですか?」


 「メリットねえ。」


 あるだろうか、メリット。

 少しだけ思考を巡らせてみるが、いまいち思い浮かばない。

 むしろデメリットしかないんじゃないだろうか。


 裏町の人間は、きっとこう思うんじゃないだろうか。



 『どうして、俺たちは、満足に日の光を浴びることが出来ないんだ。』

 『どうして、わたしたちは、満足に日の光を浴びることが出来ないの。』



 表面上、表立ってそんなことは誰も云わないが、それでも裏町の人間の深層意識にそういったことは残ってしまうんじゃないだろうか。

 …或いは、いや、まさかとは思うが。


 そう裏町の人間に思わせることにメリットがある。

 こういったことは考えられないだろうか?


 意図的に、王都に光と闇…。

 不平不満を持つものと、その者たちの御蔭で幸福を享受できるものとを作っているんじゃないだろうか?

 この不和… 不和とすら云えない、けして表面に浮かばない悪感情が、結果的に誰かのメリットになっているんじゃないだろうか。


 一瞬、脳内に浮かんだ思考を、もう一歩先へ進めてみる。

 例えば…、いずれ、王都でクーデターでも画策している人間がいて、いざクーデターを起こす際に、裏町の人間たちを味方につけやすくしている、とか?

 或いは、いや、まさかとは思うが、悪感情を詰め込まれて、詰め込まれて、グツグツに煮えたぎらせることそのものに意味がある、とか?

 グツグツに煮込まれた感情が、人間を悪魔にしてしまう、とかか?

 そのものに王都を滅茶苦茶にさせたいとでも考えている、とか?



 ここまで考えて、自分が余りにも暗く、意味の無い思考を巡らせていることに気づく。

 まさか。バカバカしい。有りえるものか。

 この世界では、10歳の時点で、そのものの人生が殆ど決まってしまう。


 魔法を使えるものは、一生生きるに困らない。

 使えないものは、一生使えないのだ。使えないんだ。使える訳がないんだ。



 それとも…

 まさかとは思うが、別の法則があるのか?

 別の法則が、別の手段が、別の路があるのだろうか。


 再び思う。

 馬鹿馬鹿しい。余りにも馬鹿馬鹿しすぎる。

 これは、この思考は、あまりにも無益に尽きる。

 こんな思考は、有りえない希望は、決して持つものじゃない。



 「む~~っ。ま~たわかは考え込んでえ。要らないことばっかり考えてると、ハゲますよ~~。」

 「ぐ…、悪い。もう考えないよ。いくら何でもこの年でハゲなんて、悪夢に過ぎる。」


 「わかが考えるべきは、隣のエリザさんに組まれた腕の感触だけでいいんですよ~~。」


 そういって、澄ました顔を見せながら、両手で抱え込んだ俺の左腕を、更に自分の身体に押し付けるようにしてくる。それから、流し目をこちらに送ってきている。


 「どーう?感想は~~?」

 「やわっこい。」


 「うんうん、他には?」

 「エリザの体温で、暖かいかな。」


 「よろしい。まだまだ聞きたいな。ほかには~~?」


 「こんなクソ熱い天気と気温で、わざわざ密着したがるエリザの正気を疑う。」

 「んなっ。失礼な。」


 意図的に、そう思えるオーバーアクションで、愕然とした表情をこちらに向けてくる。可愛い。


 「あつくないよお…。それとも、わかは、いやだった?」

 「いや、そんなこと無いよ。熱いって云っても、嫌じゃない熱さ。」


 「へへ、なら良かった。」


 今度は、満面の笑みをこちらに浮かべてくる。

 タイミングよく、といっては良いのか知らないが、再び裏路地に太陽光が差し、エリザの表情を照らす。見るものすべての心を癒す笑顔。エリアスと何ら変わらない、透き通る様な美しさの流れる金髪が、太陽光によって甘く輝く。かわいい。かわいいの暴力。


 「そろそろじいさんの店に着いちゃうな。」

 「そうですね。」


 「だから、そろそろ離れない?」

 「えーなんで?いいじゃないですか、このままでも。」


 「要らぬ誤解を与えかねないだろ。ドミー爺さんだけならまだしも、店にお客さんがいたら。」

 「いいじゃないですか。見せつけちゃいましょっ。」


 「えー駄目だよ。」

 「まあまあそう云わずに。」


 「えー」

 「まあまあ」



 「うるっさいわい!店の中に入ってからも続けるんじゃないわ!!暑っ苦しくてたまったもんじゃないわ!!!」



 くそ喧しい声で、アホほどデカイじいさんのエントリーだ。

 別名もう過ぎ去った悪夢。いや、これだと少し違う。希望(毛)が過ぎ去ったからこその悪夢か。


 「あ、じいさん(悪夢)、いたんだ。」

 「いたわもクソもあるかい!!ここは儂の店じゃあ!!!」


 「あれ?そうだったっけ?」

 「わたしたちの避暑地兼、秘密基地ですよねぇ。」


 呆れた声で、ため息とともに爺さんが言葉を吐き出す。


 「勝手なことを抜かしよるわ、ガキンチョどもめ…。」


 「お客さんは…。いないね~。」

 「相変わらずの閑古鳥っぷりかぁ…。じいさん、営業努力が足りないぞ。ちゃんと営業やってる?お客さんは足で掴むものだよ?月々の大感謝セール忘れてない?ノルマ達成できてる?」


 「要らんことばっかり云いよるわこのガキどもは…。ええわい。座れ、麦茶くらいは出してやるわ。」


 呆れたように、店の奥に向かう。

 店先の軒先には、伊織さん作の風鈴がちりん、ちりんと涼し気な音を周囲に伝搬させている。



 風鈴の一件に関しては、別に特に問題になるようなことも無かった。

 この件に関しては、実に上手くエリザが立ちまわってくれた。


 先月…6月の初め頃、じいさんの店に風鈴が並び始めた。


 時期的に、ちょうどぴったり暑さが到来し始める頃合いで、販売開始の時期としては完璧なタイミングであったといえるだろう。初めは、お客さんも物珍しいものを見るだけだった。お客さんが「これは何ですか?」と聞くのに対して、あくまで売り出す姿勢を見せるのでは無く、「趣味で作られているものですじゃ」と爺さんが返す。本当にこれだけ。


 あくまで、店に飾られているものとして、しっかり認識させることからスタートさせた。

 少なくとも、王都の表通りでは余り出回っていないものが、裏路地の一角で見物できる、ということを意識させることから始めるのが大切なのだ。

 噂は噂を呼び、口コミは口コミを呼ぶ。

 徐々に、徐々に、あくまでゆっくりと、近所に風鈴の噂が広まり始めた。


 まあ最も、厳密にはエリザが噂を流させた、だが。

 路地裏、及び表通りの、エリザ配下の草の根ネットワーク。

 子供たちが、「すげー」「すげー」「エモい」「ケバい」「つよい」と王都で広めていくことで、徐々に大人の耳にも入るようになっていったのだ。


 この広める時間が、実に妙技としか言えない程に完璧なものだった。

 エリザの意外な才覚…。王都の『情報』の流れをコントロールする力によって、2週間後には、すっかりここいらにじいさんの店の噂が広まっていった。


 もう一つの手間があった。何人かの子供たちに、非売品のはずの風鈴を持たせるのだ。

 所謂、『ブランドもの』の手法だ。風鈴にブランドも何も無いが、少なくとも、本来手に入らないものを子供たちが持っている、ということにはかなりのチカラが働いたようだ。


 6月の半ば頃から、徐々に、店先に並ぶ風鈴の数を増やし始め、少しずつ売りはじめる。

 少しずつ、少しずつ、放出のタイミングもエリザの言に従った結果、実に多くの風鈴を売りさばくことに成功した。ここいらの若い女性にも売れたものだが、意外な買い手として、貴族街のおっさん連中が挙げられた。何でも、恋人や妻に渡すと大層喜ばれるのだそうだ。そもそも風鈴を家の中に飾るということが一般的では無かった為に、静かな熱いブームとして広がっていったのだ。


 一時期は、店内に客が溢れかえり、風鈴を買う流れで店の武具に道具が便乗して売れていったものだ。



 あの時はドミーじいさんもこれ以上無く嬉しがったものだが。

 (そして爺さんの嬉し顔など誰も喜ばないのだが)


 しかし現在は、端的に云ってしまうと、風鈴の供給元である伊織さんの風鈴作りの『飽き』と…







 「他の店も便乗して作り始めて、結局ここ以外で売れるようになっちゃったんだけどね、ははは。」

 「ふふ、マジうける。」



 「ははは、でもうけるでもないわい。くーっ!数週間前の繁盛が懐かしいわい。」


 麦茶を持ってきた爺さんが悲しい嘆きを響かせる。



 「しょうがないじゃないですか。別に風鈴作る権利なんて、どこの店にもあるし、子供たちが流した噂をどう使うのかも、結局個々人に任せられるものなんですから。」

 「それに伊織さんも『めんど。』っていって今は寝っ転がってるし、もうここまでってことなんだよ。」



 「くう、そうなんじゃがな…。」



 「いいじゃないですか。またその内私が何かいいネタ仕入れてあげますよ。今度はもっと凄いのを!!」

 「おお!おお!やってくれるか!流石は嬢ちゃんじゃ!楽しみにしとる!!」


 そういって、熱い握手を交わす二人。

 思えばじいさんも良く分からない人だ。エリザは遊び半分だからまあいいとして、じいさんの商売ッ気の無さはある意味凄いと思う。こうは云ってはいるけれども、今夏のこの風鈴売りもただエリザにやらせてあげたといった感じだったし。どうやって普段金を捻出しているんだろう?


 麦茶を一口飲む。歩きに歩いて喉がカラカラだったから、最高に旨い。


 「それで、二人は何を買いにきたんじゃ?手投げ弾か?手投げ弾でいいな?手投げ弾1ダース買えば、おまけでもう1個付けちゃるぞ?」


 「えぇ…何このじいさん、何で執拗に人に爆発物進めてくるの、こわ…」

 「犯罪者予備軍ですね…。」



 「要らんか…。何時まで経っても、消耗品が捌けん…。調子に乗って仕入れに仕入れたばかりに…。」



 「はいはい、嘆きは後でやってくれ。それに別に何か買いに来たんじゃないよ。ただ、ちょっと連絡というか、単なる報告に来ただけ。」


 「む、報告?」



 「はい、…実は、私たち、結婚するんです!!!」

 「マジか!マジか!!マジなんか!!!そりゃこうしちゃいられん!!手投げ弾投げて祝福せんと!!!」



 「ない。結婚ない。勢いで押し通そうとすんな。爺さんもピン抜こうとするな。」


 再び腕を組もうとするエリザをするりと躱し、爺さんの腕を抑える。

 何時まで経っても話が進まんぞ。これ。



 「別に大したこと無いレンラクだよ。ただちょっと暫く王都を離れるって云いに来ただけ。」

 「なんじゃ…。ジジイをあんまり驚かせるもんじゃないぞ…。」



 「ぶう」

 頬を膨らませるエリザ。悪ふざけにしても、偉い攻めた悪ふざけだったな……。



 「ちょっと、王都を離れて、南のウオイ島経由で帝都の方に向かう用事ってなだけ。バカンス兼視察?みたいな。」

 「なんじゃ…。それだけかい。」


 「いやあ、俺たちが来なくなって、爺さんが孤独死しないかって心配で心配で。それで最後に会いに来たって訳だよ。」

 「ないない、ないわ。せいせいするわ。」


 しっしっ、と手を振るドミー爺さん、冷たい爺さんだ…。冷徹だ。冷爺だ。



 「ウオイ島…。まぁ、そうじゃろうな。帝都行きというなら、あの島経由が最も早いルートじゃもんなぁ。」

 「そうそう。本当は陸路でも良かったんだけど、敢えて早い海路ルートの方で行ってから、浮いた時間で遊ぼうってなった訳。」


 「成程なぁ…。」


 一応はこれで爺さんにも連絡が終わった訳だ。


 「ちなみに聞くが…、何でわざわざ帝都の方に向かう用向きになったんじゃ?」

 「あぁ…、隠す事でも無いか。ちょっとシアンに呼ばれてね。今シアンが帝都にいるんだ。」


 爺さんが、少し驚いたような表情を覗かせる。


 「シアンが、か…。」

 「あれ?そういえばじいさんって…。」


 ドミー爺さんって、シアンと顔見知りだったっけ?


 「いや、あの娘のことはよう知っとるよ。」

 「ああ、そうだったんだ。」


 「もう、か…?」


 何だろう。何か、じいさんが考え込むようにしているが。

 それに、気のせいだろうか。爺さんの顔を過った、ように見える感情は。


 「…お前たち、今日は時間あるんかいのう?」

 「ああ、別に切羽詰まった用事がある訳じゃないけれども…。」


 「そうか…。お前たち、手を見せてみい。開いた状態でじゃ。」


 「?はい。」

 「ん。」


 俺たちは、それぞれ右手をじいさんに見せる。

 それを、じいさんはほんの短い時間だけ検分した。まるで歩いている最中に、ふと目に入った掲示板を一瞬横目で眺めるくらいの気楽さで。


 「うんうん…。少し待っとれ。ちょっとお前たちに渡すもんがあるでの。」



 そういって奥へ引っ込んでいくじいさん。何用だろうか。



* ** ** *** ***






 30分程経ってから、爺さんが店の奥から再び姿を現すのが見えた。


 「おーい、戻ったぞー、って、いない!?」



 「あ、戻ったか。」

 「あーしゃあないかあ。は~い皆、かいさ~ん。」


 「ちぇ~っ!はやいよ~。」

 「おじいちゃんくうきよんでよ~。」

 「もっとゆっくりしてろよ~。おじいちゃんはゆっくりするもんだろうがー。」

 「そうだぞー。」



 裏路地のガキンチョを集めて大縄跳びで遊んでいたが、爺さんが戻ったのならここまでだ。

 皆が一様に、エリザに俺に、じいさんにタッチしながら解散していく。


 「じゃあね~。おねえちゃんおにいちゃん。それからおじいちゃーん。」

 「こんどはいおりさんもつれてきてねーー。」

 「じいちゃん、こんかいはゆるしてやるけど、こんどはおかしもってこいよなーー。きがきかないぞーきがーー。」

 「そうだぞー。」



 呆気にとられた顔を見せ、それから次に俺たちに呆れた顔を見せる爺さん。

 何だか今日は爺さんを呆れさせてばっかりだ。今日もか。


 「全く、じっとするという事を知らんヤツラじゃのう。」


 「ゴメンゴメン。で、用事は終わった?」

 「終わった終わった。はよこっちこい…。」


 疲れたように手招きするじいさん。


 「お前さんたちに渡すもんが二つある。」


 「えーなになにー(棒)」

 「わーいやったーきになるー(棒)」


 「つくづく失礼なやつらじゃ…。まあええ、ほれ、これじゃ。」



 そういって、こちらに何かを放り投げるじいさん。受けとる俺たち。

 これは…指輪?

 フォスフォフィライトを思わせる、青緑色の宝石が埋め込まれた、柔らかな光を放つ指輪。


 「これは…?」


 「海の加護が込められた指輪じゃ。海域の違い、海水の塩分濃度、海の生態系に合わせて加護の効果を変える必要性が出て来る。元々家にあったもんじゃが、そのせいで少し時間が掛かった。…まあお守り変わりに持って行け。」


 海の加護が何かは良く分からないが、まあ持って行けというのであれば持って行こう。


 「…これって、海水に着けても大丈夫なヤツ?錆びたりしない?」

 「錆びん錆びん。錆びないから海入る時に着けておけよ。」


 「これの効果は?」

 「効果…。まあ、泳ぎが少し上手くなる、とかそういうのじゃ。着けてて損はせんよ。」


 まあじいさんが変なものを渡すことは無いだろう。早速俺もエリザも付けてみる。

 指に付けて見ると、思いの他しっくりくる付け具合だった。


 「ねね、わか。お揃い。」

 「ああ、悪くない。」

 「へへ。」


 エリザは嬉しそうにして余り気にしていなさそうだが、俺は、俺で少し思うことがある。


 指輪は、本来はワンオーダー製。

 身長や体重、或いは腰回りなどとは違って、人の指の大きさは恐ろしく繊細で、大体これくらいというのは全く通用しない。それこそきっちりとサイズを測って、号数を決定する必要がある。


 号数の決定の後、じっくりと時間をかけて完成するのが指輪というものだ。


 ところが、付けてみた指輪は、本当に、本当に完璧に指の大きさにフィットしていた。

 エリザの繊細で細い指にも、俺のそれより少しだけ太さを増した指にも。


 凄い、というだけで無く。慧眼を持つ、というだけで無く。

 少し、ぞくっとする感覚があった。あの一瞬で、30分で、この『合わせ』が出来るものなのだろうか。


 つくづく、背の前のじいさんの力量に驚いてしまう。

 何でこれほどの技量を持つじいさんがこんなところにいるのか、つくづく不思議に思うことがあるが、余り踏み込まないほうがいいのだろう。少なくとも、じいさんはこのことについて突っ込んで聞くと良い顔はしない。



 「それから…、もう一つ。少し頼みたいことがある。」

 「何だ?」


 「これじゃ、この手紙。この手紙を、もし帝都でシアンの奴に会ったならば、届けてくれんかのう?」


 そういって、2通の手紙をこっちに渡してくる。

 まだ封蝋が行われていない封筒と、その中にある手紙。これがもうワンセットで2通か。


 「別にいいけど…。ちょっと検分してもいいか?」

 「構わんよ。」


 手紙を覗いてみると、別に変な内容、と云えるものでは無かった。

 こういった武具が作りたい。だからこのモンスターの素材が居る。シアンの強さはよくよく知っているから、是非とも素材集めに協力して欲しい。報酬は武具の一部となけなしのへそくりから払う。こんな内容だ。


 「これって急ぎのようか?なら別に俺たちに頼まなくても…」

 「いや、急ぎというほどのもんでもない。嫌なら別にかまわんが。」


 まあこれくらいはいいだろう。

 何故俺たちに頼むのかはいまいち分からないが、事の次いでだし構わないか。


 「いいよ。これをシアンに渡してくればいいんだな。」

 「おお、すまんな。頼んだぞ。」


 さて…、これでもう用事らしいものもなさそうだ。

 そろそろ帰るとするか。


 「じゃあ、そろそろ帰るよ。じいさん、元気してろよ。」

 「じゃあね~。今度はご飯でも食べようね、おじさん。それからもし、何か儲け話思いついたら持って行くからね~。」


 「ああ。別に問題ないとは思うが、気を付けて帰れよ。」



 爺さんの店を離れて、帰路に着く。

 尚も太陽は雲の切れ目に隠れたり、現れたりを繰り返していた。

 まるで雲よりも更に上空に住まう天使が、地面に梯子を掛けたり外したりしているみたいに。


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