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魔道の名門貴族に生まれたんだが俺だけ魔法使えない件について  作者: 大葉餃子大盛
第2章:藍で螺旋で
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5.日々のカケラ


 「う~ん・・・。これは…私は伊織さんに一票!」


 「私も若には申し訳ありませんが、これは伊織さんかと。」


 伊織さんの部屋は、直ぐ庭に面した畳の一室で、部屋の作りとしては純和風だ。畳張りに障子張り、襖で仕切りが成された木と竹による16畳の空間。

 部屋の作りそのものは、ドーランド家にいくつかあるごく普通の和室で、しかし伊織さんの趣味で所狭しに芸術品の数々が設置されている。

 何やらお高そうな、紫雲模様が入った白磁の壺に、掛け軸に、それから小物の数々。

 部屋は充分に広いはずなのに、それでも尚目に入る箇所の至る所に、伊織さんの蒐集品が軒を連ねていた。

 最低限の動線だけを確保した部屋は、さながら毎日綺麗に整備されている物置と云った風情だ。

 片付いていない部屋、という訳では無い。あくまで雑多な、それも豊かさを伝える雑多な部屋。

 収集癖のある伊織さんらしい、いい部屋だと思う。


 夕食後に伊織さんの部屋に集まって開催された、伊織さんの風鈴と俺の絵の対決は、伊織さんに軍配が上がってしまった。

 伊織さんが作成したのは、薄水色を基調として、金魚に藻草をあしらった風鈴。

 くっ。俺の絵では太刀打ちできなかったか・・・


 流石だ・・・

 こんなの今日一日で作れるものなのか?


 時間の流れを完全に無視したとした思えない程の出来栄えだ。


 「負けた・・・」


 「へへ」


 嬉しそうにはにかむ伊織さん。


 「エリザ… 俺の絵良いって云ってくれたのに…」


 「若の絵も良いけれども… でも伊織さんの風鈴には勝てませんよお。この滑らかさ!形も完璧なシンメトリで、ほれぼれする~~。」


 「へへへ、照れちゃいます。」


 俺たちの中では一番の年上の伊織さんではあるが、エリザに褒められた時、素直な少女の様な表情を覗かせる。


 「実はですね・・・この風鈴、少し工夫を凝らしているんですよ。」


 「えーなになに?」


 「普通の風鈴に見えるけど・・・」


 「見つめていると金魚が泳ぎ出す!」


 「ぶー」


 「じゃあ金魚の見た目が変わる?」


 「おっ。若惜しいですよ」


 惜しいらしい。

 何だろ。


 ふと、何かに気づいたように、エリザが目線を

 机の上に乗せられた風鈴を、しゃがみこんだ状態で下からのぞき込むエリザが、


 「あっ!!若にお姉!これ下から見ると色が変わる!」


 「えっ!」


 同じように下から覗きこむと、成程確かに薄水色から深い群青へと色合いを変える。


 「おぉ!」


 「綺麗・・・」


 夜も更けて、外からは薄い灯篭の明かりが入るばかりで、伊織さんの室内にも灯台の光だけが支配していて。部屋の雰囲気が、夜の静寂を俺たちに強制しているようにも、無粋な雑音を許さないようにも感じられる。

 それだけしか光源が無いものだから、尚の事ちりん、ちりんと儚く揺れる風鈴と、部屋の中に薄く広がる群青が印象的に映る。ふと伊織さんの方を向いてみると、灯台の光の加減によってより印象的な伊織さんの流れる黒髪と、それから落ち着き払った伊織さんの横顔が見える。それが余りにも精緻な美を伝えているものだから…思わず見惚れてしまう。


 ふと、視線を感じる。

 エリザだ。

 エリザが、こちらをずっと見ている。

 少しムッとした表情で。


 どういうことだ?さっきまで風鈴をべた褒めするわ、ぼうっとした、熱病に浮かされたような、溶けた表情を浮かべていたというのに。


 「どうしたの、エリザ?」

 「別にい。」


 ふいっと、少し頬を膨らませて、強引に話題を変えるように、


 「伊織さ~ん。これだけ綺麗なら、もしかして売り物にもなるんじゃないですかぁ?伊織さんがその気なら、わたし、街の道具屋さんと協力取り付けちゃいますよぉ~?」


 「しょうかい・・・」


 「伊織さんのこの腕なら、きっとガッポガッポ稼げますよぉ~~。」


 「がっぽがっぽ・・・」


 エリザが、厭らしい商人の様な、悪賢い笑みを浮かべて、伊織さんに提案を仕掛けてくる。

 顔の横で、右手で丸を作って、意図的に、悪い企みを行う悪代官のように、伊織さんに提案をする。

 伊織さんは伊織さんで、エリザの言葉を反芻するばかりで、ぼんやりとした表情をうかべるばかりだ。


 言葉の綾として話し出したようにも感じられるが、実際エリザのネットワークは馬鹿にしたものじゃない。街に買い出しに行く時、街の奥様方と親し気に話している様子を何度か見たことがあるし、街の同年代の子たちとも仲が良い。実際、俺もエリザの紹介によって何人か紹介して貰ったことがある。


 それから、裏町の麻薬患者の治療。


 エリアスが主体となって治療するとは云っても、それはあくまで治療の話。

 麻薬患者にまともに話せる人達は少なく、「あぁ…」「うぅ…」とうわごとのように繰り返す人たちも多い。中には、聞くに堪えない恨みつらみ、手遅れを嘆く叫び、到底聞き流せるものでは無い悪罵、罵詈雑言を投げかける人たちも。

 エリアスがそこらの騎士に軍人に冒険者とは一線を画す才能を有しているとは云っても、それはあくまで魔法の話。どれだけこの世界で魔法使いが優遇されているとは云っても、それでも、魔法使いは万能の導き手では決して無い。

 エリアスは、決して積極的に人と関わろうとするタイプでは無いし、声高々に自分を主張するタイプでも無い。そして、決して心が強いタイプでも無いのだ。

 そんな裏町に、エリアスだけが放り込まれてしまうと、どんな目に合うかは分かったものでは無い。

 治療が必要とはいえ、そんな場所に放り込まれてしまうと、優しいエリアスとは云え、いや、優しいエリアスだからこそ、心にどんな不均衡を抱えてしまうか分かったものでは無い。


 そんなエリアスをサポートする存在が、エリザだ。

 エリザは、あくまで姉のエリアスを立てる事を第一とした上で、その上で裏町の人たちと実に上手くやってくれている。相手の心情に歩み寄り、エリアスが困っている時には必ず裏町の人たちとの間に立つようにしていた。エリザの強さは、決して分かりやすいものでは無くても、これ以上無い程に必要な強さだ。この強さが、いつでもエリアスを支えている。


 お陰で、今ではエリアスと裏町の人たちとの仲もすっかり氷解している。

 昔は、エリアスのそばには付き人のように必ずエリザが帯同していたものだが、今ではエリアス一人……とはいかなくても、他の医師団が付く。エリザが居なくてもエリアスの心が潰れるということは無いだろう。


 太陽と月のように。

 朝焼けと夕焼けの様に。

 桜の花びらと、それを支える葉のように。


 エリアスとエリザは、二人揃って裏町の美人女神姉妹として、すっかり有名になっていた。



 兎に角、その裏町との治療の案件で。

 ドーランド家は、思いがけない新たなネットワークの構築に成功していた。


 エリザが、商人、では無く道具屋さん、と云い放っているあたり…


 「もしかして、ドミー爺さんのところか?」


 「あったり~~!よく分かったねぇ、若。」

 「あんなコワモテの爺さんの所、行って楽しいもんか?」


 「楽しいよ~~。ちょうたのしいよ~?てゆうか、若も良く行ってるじゃない。」

 「俺は必要だから行ってるだけなんだけども。用も無いのにあんな爺さんの所にいくとは… 俺は家長としてエリザの将来が心配だぁ。」


 「あーっ!もう。そんなこと云ってえ。ドミーおじさん泣いちゃうよ~?」

 「あの爺さんが無く訳ないだろ。あの爺さんが。」


 ふと、注意深く、エリアスがおずおずと、


 「あのう…。お二人がお話ししている、ドミーさま?と云うのは…」


 「あぁ…。そういえば、お姉は会った事無いんだよねぇ。今度時間がある時に連れてってあげる~。」

 「やめさない。あんな爺さんに会って、エリアスが悪影響受けたらどうするの。」


 「そんなことないよ~。良い人じゃない。」

 「良い人でも駄目です。エリアスがびっくりして腰抜かしちゃったらどうするの。」

 「腰を抜かすほどの人…。どんな人なのか、見てみたいです。」


 いかん。エリアスが興味を持ち始めている。これ以上は危険だ。

 しかし、別に俺の意図を汲み取ってくれたという訳でも無いのだろうけれども、エリザが、風鈴を手にちりん、と一鳴らしさせつつ、


 「まぁいいや。それで、話を戻すけど…。どう?伊織さん?この才能を世の中に広める気は?」

 「う~ん。光栄なことではありますけれども…。でも、いいんです。」


 伊織さんは、あくまで落ち着いた態度を崩さずに、


 「そもそもこの風鈴も、手慰みに作ったものでしかありませんし…。それに、これを売るとなると、逆に強張ってしまっていいものにならないと思いますし。」

 「そんなこと無いと思うけどなあ~。い~いお金になると思うよ~~?」


 「う・・・」


 伊織さんは伊織さんで揺れ始めている。部屋の中の蒐集品を見るからに、伊織さんには結構な散財癖がある。思いもかけず、お金を手にする機会を目の前に持ってこられて、思いとどまっているようだ。

 こっちもこっちで危険じゃないか。もう終わりにしないと、本気でエリザが街で好きな風鈴の柄アンケートとか取り始める。


 「まあまあ。もしそうだとしても、直ぐに決めるようなことじゃないだろう。それに、結局作るのは伊織さん次第なんだから、無理に急かして決断を迫るもんじゃないよ。」


 秘儀、先送り。


 なだらかな思考の流れを奪うのが切羽詰まった時間であるのならば、思考に落ち着きを取り戻させるのも、また時間なのだ。


 とはいっても、まあ話題としての一つだ。仮にエリザが本気で取り組むつもりでも、決して伊織さんに負担を掛けさせるようなことはしないだろう。こういったことで、相手に負担を掛けさせない、ということに関しては、エリザは抜群のバランス感覚を発揮する。


 「そ、そうですよ。もういいでしょう。そろそろ眠らないと、明日も早いのですから。」


 あくまで優しい口調で、伊織さんが本日の終わりを告げる。よくよく目元を追って見てみると、いつもおっとりしている目元が尚の事優しく見える。これは、話を切り上げたいということでもあり…。いや、もっと単純に、伊織さんも眠いということなのだろうか。


 気づけば俺も欠伸をしていた。伊織さんの云う通り、もう切り上げ時なのか。


 「あぁ、解散にしようか。」


 「そうだね。かいさ~ん。お姉、かえるよ~。」

 「ええ…」


 「お姉、ちゃんと歯磨きしないとだめだよ~。ご飯食べた後磨いてても、お茶したらノーカンになっちゃうんだよ。」

 「ねむい…。エリザ、みがいてぇ…」

 「はいはい、しょうがないなあ…」


 少し騒々しく、しかし夜の静寂を乱さないほどには抑えた声で、姉妹が部屋を離れて障子の奥の廊下に消えていく。

 俺もいい加減に自室に戻るか。

 腰を上げようとする最中に、伊織さんが、


 「若、ちょっといいですか?」

 「なに?」


 「良かったら、この風鈴、貰って頂けないでしょうか?」

 「それはいいけど… いいの?」


 「ええ、もしこの部屋に置いていたら、またエリザが話に挙げるかもしれませんので。」

 「てことは… やっぱり量産する気はないみたいだね。」


 「ふふ、そんなに見せびらかせるようなものではありませんから。このドーランド家の縁側に飾って、それで恥にならない程度、その程度の出来栄えであれば私はいいのです。」


 見せびらかせるようなものではない…。

 余りにも良く出来た品だが、伊織さんにとってはまだまだなのだろうか。


 「でも、縁側に飾りつけていったなら、結局エリザの目に留まっちゃうような…」

 「大丈夫ですよ。エリザもそのうち分かってくれます。そんなに大したものじゃないって。」


 伊織さん当人がそういうのであれば、まあいいのかも知れない。


 「じゃあ、ありがたく頂戴するよ。…うん、綺麗だ、ありがとう。」

 「わたしは?」


 「きれいだよ、伊織さん。」

 「ふふっ、嬉しい。有難う、若。」


 ちょっとだけ、触れ合いたい気持ちが奔ってしまった。

 伊織さんの黒髪が余りにも艶やかで、美しすぎる輝きを魅せていたからだろうか。

 いや、それは余りにも無責任というものだろう。俺が、やりたいからだ。

 特に前置きも無く、伊織さんに正面から抱き着く。


 「あっ…」

 「伊織さん、あったかい…。」


 「は、はずかしいですよ…。」

 「大丈夫。二人も行っちゃったし、誰も見てはいないさ。」


 少しの間、抱き着いている間、伊織さんから体温を感じる。伊織さんの心臓の鼓動が聞こえる。

 俺の心臓も、飛び出しそうなくらいにドクン、ドクンと早鐘を打っている。

 目の前の黒瞳が、まるで磨き抜かれた黒曜石のように美しく光る。

 微かに開いた障子からの微風が、伊織さんのあでやかな黒髪を揺らす。

 本当に、本当に少しの間の逢瀬は、二人示し合わせたように、ゆっくりと離れたことで終わった。


 「もう、いきなりなので、びっくりしちゃいましたよ…」

 「ごめんね。」


 「別にいいですけれど…。」

 「ちょっと、抱き着きたくなっちゃったから。」


 「…私も、ちょっと人肌恋しかったので、嬉しいです…。」


 「へへ」

 「ふふ」


 名残惜しいが、本当に膝を上げて、部屋を離れる。


 「じゃあ…温かくして寝るんだよ。それから障子もちゃんと閉めないと。まだ春先とは云っても、まだまだ風が強いからね。」

 「分かりました…。ありがとうございます、若。」

 「うん、じゃあね。」


 障子を音を立てないようにして閉めて、それでおしまい。

 今日は、ぐっすり眠れる気がする。



* ** ** *** ***




 日々は慌ただしく、忙しく過ぎていく。


 麻薬組織を一つ潰した功績は思いの他大きかったらしく、裏町の患者は目に見えるように…とは云わないまでも、少しずつ、本当に少しずつ減っていっている気がする。


 『無明辻斬』の調査の方は、余り良い進捗が出ている訳では無かった。

 但し、被害の程はこれもまたはっきり分かるように減っていった。

 1か月、二か月、と全く被害が出ないとなれば、もう夜の歩哨に巡回にも、人員を割く必要性は無くなっていく。『無明辻斬』がそもそももう、王都にいない可能性すらあるのだ。それに、いくらなんでも一人の殺人鬼の為にいつまでも緊張状態を保ち続ける訳にもいかない。

 こちらも、少しずつ、少しずつ、人員の削減が行われて、今や街はすっかり元の状態になっていった。

 今や、よっぽど心配性の人間でもない限り、『無明辻斬』に怯える人間もいない、という状態になっていった。


 そうして、一か月、二か月、三か月と日々は過ぎさり…

 季節が夏に移り変わり、7月に入った頃の事。


 シアンから、一通の手紙が届いた。



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