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魔道の名門貴族に生まれたんだが俺だけ魔法使えない件について  作者: 大葉餃子大盛
第2章:藍で螺旋で
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3.金髪姉妹との朝食


 伊織さんの入浴が完了したのは、俺が風呂から上がって、たっぷり30分経ってからだった。


 忘れてた……伊織さんの長風呂っぷりを。

 待つ間腹の虫が鳴りっぱなしだったのには参った。


 「ぐう」


 鳴ったのは空腹を伝える音か、それとも苦悶の声か。


 ただ・・・ここまで待ったのなら、最後まで待たなければ何かに負けた気がする。何かに。


 「若も強情ですね、もう食べ始めても良いんですよ。 もぐもぐ。」

 「せっかくのご飯が冷めてしまいます・・・。 …あっこのお魚美味しい。」

 「後で伊織にはきつく云わなきゃですなぁ。 ところでもう一杯頂けませんかのぅ。」


 心配、と云うかもうさっさと折れて欲しいという使用人達の声。声に合わさる咀嚼音、味噌汁を啜る音。


 何で後から起き始めた使用人たちの方が先に食べ始めているのか。そして使用人最年長なのに爺さんは何故もう3杯目のお代わりに入っているのか。腹は大丈夫なのか。少しは遠慮とか気を使うとかは無いのか。あぁ・・・大皿のおかずがどんどん消えていく。


 皆が競い合うようにして、箸がぶつかり合う音を響かせながらおかずに吶喊していく中、一人だけ食べていないものが居る。

 長い金髪を煌めかせて、一生懸命に箸と小皿を往復させる姿。

 まるで森で無邪気に遊ぶ小動物を思わせるような微笑ましさ。


 「よそい、よそい。」


 「あれ?エリアス何してんの?」


 「皆が一杯一杯食べちゃうものですから。これはマージ様の分と伊織さんの分を取り分けている所です。卵焼きと、お魚と…ウインナー。」


 「あぁ・・・ ありがとう、ありがとう。俺の癒しはエリアスだけだよ。」


 にこり、とこちらに笑いかけるエリアス。何て優しいんだろう。慈愛の女神さまそのものだ。



 「あーっ!マージ様ったらそんな事云って~~。私は?私は?」



 声を荒げながら詰めかけるのは、肩までの長さに揃えられた金髪に、健康的な肌を衣類の端から覗かせる美貌。まだまだ将来に期待、なエリアスとは違い、エリアスよりも年下であるにも関わらず、既に一人前に育った胸部装甲を身に纏っている。家で支給されている和装の一つ、薄い水色に金魚の柄が入った浴衣の前を大きくあけて、箸とお茶碗を持ったまま俺たち二人の前に顔を寄せてくる。

 エリアスの妹分である、エリザだ。


 「はいはい、エリザも可愛い可愛い。癒し癒し。」


 「むーっ!お姉に対しての態度と違い過ぎない?私がこ~んなにサービスしてあげてるってのにさぁ~?」


 浴衣の前を肌蹴させて迫るエリザ。膝を折りたたんでしゃがむと、胸が動きに合わせてむにゅりと形を変える。うお、迫力。


 「はいはい、卑し卑し。」


 「な~んかニュアンス違うんですけど…。でもでもっ、目を反らしながら云うという事はっ!私に気があるってことですかなぁ~~?」


 「はぁ!?ちっ、ちげえし!別に浴衣の前からの超健康的な肌色のチラリズムなんかに目ぇ奪われてねぇし!?お前の自意識過剰なんじゃねぇの!?」


 あかん。目を反らしたくても、これから目を反らすのは無理だ。

 何なの?男の視線だけを集める誘蛾灯か何かなの?


 「ふっふ~ん。今はそうやって取り繕ってればいいですよ~だ。いずれその気にさせちゃうもんね~~。」


 朗らかに笑うエリザ。エリアスのように、無意識に周りに笑顔を届ける女の子もいいが、エリザのように自分の可愛さ綺麗さを理解した上で、意識的に周りを笑顔にさせる女の子もまたいい。


 「それはそうと… お姉っ! ま~たよそってばっかりで食べないで~~。お姉は身体が弱いんだから、ちゃんと食べないとダメなんだよ~~。朝は尚更っ!」


 「うう・・・」


 「そう強くいうもんじゃないよ。それにお前はお前で食べ過ぎなんじゃ無いのか・・・」


 「私は食べた分がぜ~んぶここにいくからいいんですよ~だ。」


 べー、と舌を出しながら、しゃがんだ状態で微かに身体を上下に揺らすエリザ。

 振動に合わせて、胸部が揺れる。手による指標が無くとも、一目でどこを指しているのかが分かる。

 おのれ、目が離せん。


 「エリザに乗っかるのは少し気にかかるけれども、…でもエリザの云う通りだ。エリアスもちゃんと食べなくちゃ駄目だよ。」


 「えぇ。 …でも、私朝はあんまり食べられないんです。」


 「そんなこといっちゃめーだよ。エリアスは体が弱いんだから、尚の事しっかり食べなくちゃ。」


 「うぅ・・・ 頑張ります。」


 「頑張ることでも無いと思うけど… でも、いいよ。自分のペースで、少しずつ食べられる量を増やしていけばいいさ。」


 「は、はい…。」


 「私が食べさせてあげる~。お姉、あ~ん。」


 「あ、あ~ん・・・」


 ようやっと、エリアスが小皿と箸との往復運動を止めて、ご飯を食べ始める。

 エリザが、揶揄うように、でも甲斐甲斐しく、エリアスにご飯をあ~んさせている。

 姉妹仲が良いというのはいいものだ、本当に。

 エリアスの方も興が乗り始めたのか、交互にご飯を食べさせ合うことに夢中になっている。


 しかし・・・エリザとはしゃいでいると、ますますお腹が減ってきた。

 話している間は少しは空腹も紛れたが、エリアスとエリザがお互いにあ~んし合い始めてから、いよいよ俺だけが手持無沙汰になってしまった。


 うぅ、言い出したのは俺だが、エリアスまでもが食べ始めるといよいよ俺だけが空腹を抱えて待機することになる。周囲は「いい加減諦めて食べたらどうだ」の呆れ顔。



 くそう・・・ 早く食べたい・・・。


 と、思った時に、ガラッ、と戸が開く音。


 湯上りの伊織さんが、長い黒髪を撫でつけながら入ってきたようだ。

 濡れた黒髪に、溶けた表情。

 透き通る様な白い肌には赤みが差して、いつもと異なる色っぽさを醸し出している。


 「伊織さん・・・」


 「あぁ、若。お待たせしたようですね。」


 「待ったよ!本当に・・・ もう食べ始めようと思ってたところだったよ。」


 「すみません。つい…… 物思いに耽ってしまっていたようで。」


 「ええ、ええ、分かってますよ。じゃあ座って座って!」


 「はーい」


 伊織さんと隣り合って座り、それから手を合わせる。


 「頂きます!」

 「頂きます。」


 「若、温かいお茶です。」

 「伊織さんには、もう少し冷ましたぬるめのお茶ですよ。湯上りにはこれですよ、これ。」


 「あぁ、ありがとう。」

 「ありがとうございます。」


 「はい、これはマージ様にです。今日のお魚は鮭です。マージ様の好物ですよ。こっちは伊織さんの分、人気の卵焼きも、何とか3個残せましたよ。」


 「ありがとう。流石、エリアス。気が利くったら無いよな。」

 「いい子ね。ありがとう。」「ふふっ。」


 「あ~っ!いいな~~。伊織さん、私にもいっこ卵焼きちょうだ~い。」


 「お前はもう5個も食べてただろ。まだ食べるってのか・・・」


 「いいんですよ、若。はい、エリザ、あ~ん。」


 「わ~い、やった~~。あ~~ん。」


 伊織さんに撫ぜられて、心底嬉しそうに顔を緩めるエリアス。

 伊織さんの卵焼きだけでは飽き足らず、周囲の机に向かっては尚もおかずの無心を始めるエリザ。

 使用人達も、ある者は微笑ましそうに、またある者はエリアスに構ってもらいたそうに羨ましそうにしている。御爺ちゃん御婆ちゃんの使用人たちは、もうすっかり孫を見る目で接してくれるので、正直少し助かる。


 緩やかに、穏やかに、優しく。

 昨日の草原での出来事をもう一度忘れるように。

 穏やかに、緩やかに、朝食の時間は過ぎていった。


* ** ** ** ** ** ** *** *** ***



 「御馳走様。」

 「御馳走様でした。」



 「はい、ごちそうさま。やっぱりお二人が最後になっちゃいましたね。お疲れでしょうし、後片付けはこちらでやっておきますので。」


 お盆の中に皿を重ねつつ、若い男の使用人の一人が身体を休めるように勧めてくる。ので、ここは素直に乗っておこう。


 「うん、ありがとう。助かるよ。」


 「いえいえ、当然の事ですよ。お二人にはゆっくりして頂きませんと。食後のお茶をお持ちしますね。」


 そう云って、炊事場の方に姿を消す彼をぼんやり見つめる。



 「伊織さん、今日はどうする?」


 「そうですね…… 少し、考えたいことがあるので、いつものあれでもやろうかと。」


 「あぁ、小物づくりね。今日は何をつくるの?」


 「まだはっきりとは決めていませんが・・・風鈴でもどうかと。」


 「いいね、風鈴。涼やかだし、綺麗で。」


 「夏まではまだまだ長いですから、本格的に暑くなる前に納得のいくものを作って見せますよ。ドーランド家の縁側一杯に並べられるくらいに!」


 「い、いいね・・・ 頑張ってね。ほどほどに。」


 伊織さんの趣味として、小物づくりが挙げられる。

 風鈴に、ぬいぐるみに、小皿の陶芸。

 ジャンルも、或いは柔らかいものに固いものも関係無く、ふと気が付くと何かを作っているものだ。

 何でも、小物を作っている間は、何も考えずに無心になれていいのだそうだ。

 少し分かる感覚ではある。


 「マージ様は・・・ もし、鍛錬ということでしたら、私が付くのは難しいですが… 如何なさいます?」


 「いや、俺も今日はいいかな。街に降りるのもいいくらいだ。庭の桜でも写生しているよ。」


 「あぁ、いいですね。今が満開の盛りですから。」


 「風鈴と、桜の絵…。 今日の夕方に、お互いの出来を見せっこしようか。そんで、どっちの出来栄えの方がいいか、競争! …ってのはどう?」


 「ふふっ、分かりました。審判はエリアスとエリザに頼むとしましょう。負けませんよ。」


 「こっちこそ。」



 「お二人とも楽しそうですね。お茶が入りましたよ。」



 二人で、縁側に腰を下ろしてお茶を啜りながら、庭の様子を見つめる。

 庭では園芸作業に入りはじめる爺やに、庭を掃き始める婆や。


 ふと、ドーランド家の黒門に目を向ける……。威圧感と威容を称える出入り口には、街へ降りていく従業員に、家臣団、使用人の姿がまばらに見える。


 日用品の買い出しに、今日の夕飯用の食材の品定め…。これらの買い出しは他の家々でもやっていることだが、ドーランド家にはそれとはまた別の責務が課せられている。




 裏町の調査、麻薬に侵された人たちの治療。

 『無明辻斬』の出現情報集めに、捜索。

 ドーランド家が開業している診療所での診察、回診、治療。

 診療所とは別に、街の家々を巡っての市民への治療、困りごとの解決。


 ギルド組合へ向かった上での、現在、王都に滞在している高名な冒険者、戦闘職の者たちとの面談、相談。場合によっては彼ら彼女らの協力を取り付ける必要性も出てくる。

 ギルドからの依頼で、ヒールを必要とするパーティには、ドーランド家の者が付き添う事も場合によってはある。攻撃用の魔法は兎も角として、高レベルの回復系の魔法を収めたパーティは余り多い訳では無い。


 他の四大貴族との折衝、話し合い。

 これが一番心を削られるような気がするが…。



 正直…… 正直、こうやって縁側でお茶を飲んでゆっくりしていていいのか、という背中を押されるような焦燥感や、或いはもどかしさは残る。


 しかし、疲労が残ったまま、或いは心にしこりを残したまま戦地に赴くのも、また危険で危うい行いだ。



 要は、バランス、ということなのだろう。

 月並みな表現だが、休む時に休む、というのはやはり大切なことなのだ。



 庭に残る従業員に、女中たちの姿を眺めながら。

 尚も忙しなく王都の街並みに消えていく家臣団を見つめながら。


 何となく心の奥底に残る寂寥感を掻き消すように、すっかりぬるくなったお茶を飲み干す。





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