1.10歳児の呪い
[魔道歴427年]…4月2日
今日という日をどれほど待っただろうか。
今日という日をどれほど憎んだだろうか。
誰かを良く思うことはこれまでも・・・これからもあるだろう。
誰かを悪く思うこともこれまでも・・・これからもあるだろう。
だが、ただの日付を、それも祝福されるべき誕生日をこれ程までに思うことなどあるだろうか。
運命を決定付ける日というものはこれ程までに躰を震わし、血潮を沸き立たせるものなのだろうか。
ベッドから起きるのが酷く気怠い…
目を瞑っても着替えられる、式典用の礼服のボタンが上手く付けられない…
ふとベッドのそばに目をやると…
無造作に立てかけられた、5歳から使い始めた練習用の木剣。
もう持ち手がすり減り、元の色が思い出せなくなるほどに使い続けた茶褐色。
”剣聖 ”の再来、フォールランド家三男、サンムッド・フォールランドとの模擬試合の時も、
領地内で発生した誘拐事件の時も、
危機には俺と常に共にあり、傍にあり続けた相棒が、あれほどまでに命を預けた愛木剣が、
今は何故か便りなく佇んでいるように見えてしまう…
あとほんの数時間で運命が決まってしまうからだろうか。
決定的なレッテルを張られてしまうからだろうか。
思考の渦は止まることなく、さりとて時間が停滞してくれることもなく。
数時間後の審判にこの身を委ねる決意を固めていく。
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礼拝堂には使用人が、領地の知人達が、家族が、そしてロバーランド、ミザーランド、フォールランドが運命の時を待っている。
哀れみ、嘲弄、侮蔑、慰め、 … ほんの少しの、最後の期待の視線。
負の感情が9割、1割が正の感情、だろうか。
だが、無関心と云える視線は当事者の俺から見ても一つも有りはしない。
何しろ、今日でドーランド家の今後の隆盛が決まってしまうのだから。
敬愛する兄が、戦で死せる事がなければ…
魔道の寵児と呼ばれた母があの時治癒魔法を使わなければ。
今日まで続けた思考が、この時もなお未練がましく頭の中で反芻して止むことが無い。
最高司祭が俺の額に手を翳す。
「汝、マージ・ドーランドの運命を神に尋ねる… 」
何度も聞き続けた祝詞が礼拝堂に響き渡る。
誰かが息を呑む音が聞こえる程に空間を静寂が支配していた。
頭蓋の中の黒い靄が消えることが無い…
魔法の歴史の中で、この427年で、俺と同じ10歳児が一体どれだけ同じ焦燥を味わったのだろう。
一体どれだけの10歳児が絶望に魂を塗り替えられたのだろう。
「色調…」
今になって神に祈る。
今まで祈りなど意味は無いと、人間の意思に叶うものなど何一つ無いと信じ続けた俺が、居るかも分からない神に祈り…
「 白とする!!! 」
祈りは呪いへと変わる。
居るかも知れない神よ。
願わくばすべての魔法使いを殺してくれ。
願わくばすべての努力の無い子供を呪ってくれ。
願わくば・・・今までの427年で救われなかった10歳児に、これからの10歳児に・・・
救いの手と、哀れみを。