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魔道の名門貴族に生まれたんだが俺だけ魔法使えない件について  作者: 大葉餃子大盛
第1章:緋と抱擁と
17/23

16.シアン先生との総括とまとめと今後の方針と注意点とペンディング事項と所感とその他もろもろエトセトラ反省会 PartⅠ



 目を覚ました時には、頭の後ろに柔らかな感覚があった。


 もうもうとした、沢山の毛の様なものに頭を包まれる感覚だった。



 毛皮… 白銀の毛皮… 白狼は死んだはずだ。燃えて消えたはず。この頭の後ろの感覚は一体何なのだろう。




 視界が戻ってきて、後頭部にあるものの正体を知る。





 何のことは無い。何てことは無い。ただの草だった。ただの草原だった。何てこと無さ過ぎてビビった。





 柔らかな獣毛に抱かれて眠っていた訳でも無ければ、伊織さんのあの天上の雲海とも間違えかねない柔らかさと神々しさを纏った太腿という訳でも無かった。




 でも柔らかくて気持ちいい。草に埋もれる感覚も悪く無い。




 変な順番だが、可笑しな話だが、触覚の後に視覚を感じた。



 まだまだ薄暗い……薄暗いが、僅かに明るんで来ているか…?



 空が、夜が明け始めるような時間帯。



 もし起きてしまうと、二度寝するにはもの足りなく、寝過ごす可能性を内包する危険で摩訶不思議な時間帯。人間はこの時間に起きてしまうと、日中眠くなろうが、やることが無かろうがもう起きる以外の選択肢を持たないのである。少なくとも俺はそうだ。




 視界が戻ると、視界が開けると、見たいものは、確認したいものは、実感したいことは、それこそ無数に浮かんでくる。


 伊織さんは?右腕はどうなった?白狼は?シアンは?廃倉庫は?逃げた麻薬関係の犯罪人たちは?



 きょろきょろと周りを見渡した所、燃えるような赤い長髪をくくった、長身が座り込んでいるのを確認できた。


 シアンの目線の先を追うと…… 地平線の彼方から太陽が徐々に浮かび上がり、草原を茜色に染め始めている。夜の終わりを告げる朝日が、眩い程の陽光が、この廃倉庫での、草原でのアレコレを浄化してくれている気がした。



 こちらの目線を感じたのか、単に俺が身じろぎする音を聞いたのか。



 シアンの顔がこちらを振り向く。太陽を背に、表情にくっきりと陰陽を灯したシアンの顔は、天使のように無垢だった。悪魔の様に綺麗だった。長い睫毛がやけに印象に残り、薄く微笑みながら顔を傾け、こちらを伺うシアンの表情は、慈母の様に暖かく、優しさに溢れていた。



 「起きたんだ。マーちゃん。」



 「あぁ…。シアン。」



 「なーに?」



 「無事だったんだな。良かった。」



 「おーっ。起きて第一声が私の心配とは嬉しいね。」



 そう云いながら、目を細めて破顔する。ニヤリとした音が聞こえてくるよう笑った。


 こちらに手を伸ばし、頭をぐしぐしと、グリグリと撫でてくる。無遠慮で、無造作だったけど、シアンの手は温かかった。熱が、生気が、覇気がシアンから流れてくるようだった。



 「無事だよ。大丈夫だったよっ。私がワルモノに負ける訳無いじゃない。何てったって、私は、私たちは正義の味方なんだから。」



 「そう、か…。そうか。それなら、良かった。」



 「マーちゃん、頑張ったね。とっても頑張ったんだね。お疲れさまっ。」




 「うん…。シアンも、お疲れ。」




 夜は去った。日光が支配する世界に、戻って来る事が出来て、安心感が全身に充満していく。







* ** ** ** ** ** ** ** ** *** ***





 まだまだ全身に疲労感が残る。身体を起こせる気はしない。手は動く?足は?



 そう、そうだ。手だ。右手はどうなった?最後の記憶は曖昧だが、確か白狼に右手を献上する事は避けられたはず……


 思い出したように首だけを傾けて、右手を見る。ある。あった。右手はちゃんと付いていた。掌を開いて、閉じて、また開く。太陽の方に向けてみれば、赤い血流がドクドクと脈打っているのが透けて見えた。




 「どう?右手、大丈夫?」



 「うん…、動く、大丈夫っぽい。」



 「そう?良かったぁ。」



 「これって… シアンがやったの? …伊織さんは? あの白狼は?」



 「おーっ。混乱してるねぇ。でもしょうが無いよねぇ。今からシアンお姉さんがぜーんぶ、説明するから、ゆーっくり聞いてていいからねぇ。」



 シアンがそう云うのであれば、今は聞くに任せるとしよう。




 「いおりんは大丈夫だよ。私が助けた時は、頭を強く打っていたみたいだったから私もヤバイと思ったけど、私の可愛い教え子が、すぐビューンってすっ飛んできて、それから回復魔法をかけてくれたからね。だから、マーちゃんの右手も、その子が治してくれたんだぁ。」



 「そうか… 良かった。伊織さんに何かあったら、生きていけない所だった。」



 (…教え子? 誰だろう。)





 「いおりんもそれ言ってたよ。似たもの同士ってやつだねっ。仲良しでいいねっ。」



 悪戯に、揶揄うようにニヤケるシアン。



 「あれ…? 大丈夫っていうんなら、伊織さんはどこに?」



 「あぁ…… 今はいないけども、馬車を取りに戻ってるよ。あと何分かで戻ってくるんじゃないかな?」




 「そうかぁ。早く会いたい… そう云えば、伊織さん何か言って無かった? 夜の最後、記憶が飛ぶ前に何かあったような… 」



 「言っては無かったし、聞き出せなかったね~。何かはあったのかもしれないけれども、聞き出そうとしたら顔真っ赤にして、「むぅぅっ。…シアンには内緒ですっ!」って言ってたね。」



 「えっ何それ可愛い。」


 (…何かあった気がするんだけどなぁ…。 思い出せん)




 「可愛かったし、レアだったよ~。マーちゃんは見れなくてざんねんっ」



 「う~む。シアン、本当に何にも知らない?」



 「しらないよ~。知ろうと思えば知れるけど、そんな事する気な~いもんっ。」



 「?」


 (…しつこく食い下がれば、伊織さんが話すかもしれないけれども、深追いはしないって意味か…?)





 「白狼は… あいつはどうなった?確か…」




 「う~~んっ。ごめんねぇ。あの子には、燃えて貰っちゃったぁ。結構可愛いお顔してたし、マーちゃんがペットにしたいっ!って思ってたんなら、素直に謝るよ。」




 「いや、あれをペットには出来ないだろう…。」



 あの狂える状態の白狼について、シアンに説明するべきか… やめた、そんな事聞いてもシアンは喜ばないし、もう余りあの一連の出来事は思い出したくない。可愛そうに思う気持ちはあれど、そんな事を何時までも考えていても誰も、あいつも救われない。







 麻薬は、恐ろしい。人間を狂わせる。精神を狂わせる。思考を狂わせる。



 森の王者たる白狼さえも、麻薬には勝てなかった。敵わなかった。



 精神を侵され、戦闘本能を抑え込まれ、人の支配下に置かれる事は、王者にとっては屈辱だっただろう。無念でならなかっただろう。





 狂える獣は殺す事が慈悲なのか。 そのままで居させ続ける事が救いなのか。



 何時までも答えの出ない、無限の問答を、それでも続けながら生きよう。




 思考の果てに、行動の果てに、何が待つのだとしても、後悔だけはしないように生きていく事が、生きとし生きるものの義務だと、そう思うから。







* ◇* ◇* ◇* ◇* ◇* ◇* ◇*◇ *◇* ◇*◇

◇ *◇ *◇ *◇ *◇ *◇ *◇ *◇* ◇*◇ *◇*








 「マーちゃん、起きてる?起きれる?」




 「うん…・・・ 、 いや、 もう無理そうかな…・・・・・」




 「まだまだお疲れって事だね。丁度いい、タイミングなのかな。」



 シアンは、再び俺に触れる。但し、今度は頭頂部では無く、額に手を充てていた。



 俺は、もう意識が飛びかけていた。今すぐにでも意識を手放したく思った。次に目が覚める時は、今度は伊織さんの膝の上がいい、太腿の上がいい。多分それだけで、後十年は戦える。


 下らない事を考えられるというのは、完全に余裕が戻った証拠だ。いや、伊織さんの太腿は下らなくは無いのだが。そんな事云うやつはぶっ飛ばして叩き潰して、血が流れるまで土下座させてやる。誰だそんな事云ったのは?俺か。



 もう精神を保ってはいられなかった。昨夜、いや、今日が始まった時間のあの精神の不均衡とはまた違った、このままでいたいような、覚醒したいような、良く分からない感覚だった。



 シアンの声が微かに聞こえる。脳内に靄がかかったように感じた。でも、嫌な感覚じゃない。




 シアンの…・・・ 手のひらから、何かが流れ て・ … な   に、か    が  …・・

















 「マーちゃん。聞いて。いや…… 御免ね。これからの事をマーちゃんは覚えていられない。だからこれは、本当は、実質は、私の独り言なんだ。私の満足なんだ。…私の願望なんだ。」




 「・…・・…」




 「今回の事、今回の件。マーちゃんは私が持ってきたって思ってるよね。うん、そうだよ。そうだったよね。深夜に、もう寝る時間に、私がマーちゃんの元にもどってきて、それでいおりんと、マーちゃんに来てもらったよね。」



 「・  … ・・・・」



 「そうなんだけれど、でもね、じつは、これってマーちゃんのおかげなんだよ。マーちゃんが起こした事なんだよ。……あぁ、御免ね。違うんだ。責任を押し付けている訳でも無ければ、私に責任が無いって云っている訳でも無いんだよ。」




 「わたしね、実は、あの人たちの事、嫌いじゃなかったんだ。人間って、やっぱりどんなになっても、生きたがる生き物だからさ。やっぱり、どんなに辛くても、道を違えても、それでもドロ臭く生きたがるのが人間なんだ。わたしは、そう思う。」



 「…・・・・ うん。」




 「そうだよね。マーちゃんもそう思うよね。……・・・でも、マーちゃんは、あの人たちを殺す事を選んだ。排除する事を選んだ。・・…ごめんね、うそ。そういう方向にわたしが話を持っていきもしたんだ。でもね、マーちゃんと、いおりんの根本は同じ。考えの方向性も癖も、とっても似ていたから、それでああなったんだよね。だから、もしこの話を、マーちゃんが持ってこようとも、いおりんが持ってこようとも。やっぱり同じ結論になったんだと思う。やっぱり、流れは変わらなかったんだと思う。」




 「・……・・・・」




 「あの人達を排除するしても、他にやり方があったのかもしれない。騎士団に任せる方法もあったし、話し合いで解決する道もあったのかも。もっと……… もっと極端な事を云えば、私が全てを解決する道があったんだ。この事を、私が、私だけが抱え込んで、私だけで解決する道があったんだ。私って、強いからね。マーちゃんたちを危険な事に、巻き込まない道があった。気づかないふりをする道もあったんだ。見て見ぬふりをして、目を反らして、自分の中で、無かった事にする。」





 「…ずっと、迷ってたんだ。ずっと、ずっと、迷ってる。私、怖いんだ。決めるのが怖いし、間違えるのが怖い。正しい道が、もうずっと分からない。どうすればいいのか、分からない。行きたい所は分かっているの。行きたい所だけは、忘れたくても、忘れたくても、どれだけ忘れたくても、もう忘れられないんだ。でも、もう疲れちゃってる。心が、摩耗して、擦り切れきっているのが自覚出来る。」





 「皆にも、迷って欲しい気持ちがある。マーちゃんに、迷って欲しい、いおりんに、迷って欲しい。あの子にも、私に懐くだけじゃなくて、一杯、一杯、迷って欲しい。…成長を促すとか、そういうんじゃない。困って欲しい訳でも無ければ、苦しんで欲しい訳でも無い。…でも、迷って欲しい。私だけじゃ無いんだよって、云って欲しい。」





 「でも、…・・・マーちゃんは、私が今回の話を持っていた段階で全てを決められた。3人で責任を背負う事を決めた。早かった。マーちゃんは、自分では迷っているつもりでも、実は、初めから全てを決定する事が出来る。恐らく、マーちゃんがこれに気づくのは…、これを自覚して、自分の芯に据えるようにするのは、まだまだずっと先の事なんだと思う。」




 「・…・・・…・そんなこと、ない。」


 (・……迷わずに、なにかを決めたことなんて。)






 「うん、うん…、そう。そうだよね。そうなんだよね。やっぱり、まだまだ分からないんだよね。もしかしたら、マーちゃんはそうなるのかもしれないし、そうならないのかも知れない。そんな事は誰にも…、うん、あの人を除けば、誰にも断言出来ることじゃない。」




 「私って、マーちゃんにどうなって欲しいんだろう。どうあって欲しいんだろう。こういう事を考えるのは、烏滸がましすぎるかな?」






 「だめだぁ… 纏まらないや。纏まんない。私って、纏めるのがニガテ。昔っから、アタマが良くないんだよね。友達にも茶化されて、言われちゃうんだ。しあんって、良くボーッとしてるよね、って。」





 「……マーちゃん家で、ゆっくりしたいんだけどね。あのタタミで、ザシキで、ゆっくりしていたいんだけどね。」





 「でも、もう行かなきゃ。」




 (…行く?どこへ?)







 「大丈夫、そんなに遠くには行かないよ。ちょっとだけ、帝都に行ってくるだけだから。」








 「もうちょっとしたら、マーちゃんも帝都に行く事になるよ。私の教え子にも会わせてあげる。」





 「馬が合うかどうかは分からない。どんな化学反応が起きるのかも。でも、きっとマーちゃんにも、あの子にも、いい刺激になるよ。」








 「いおりんには、優しくしてあげてね。大切にしてあげて。いおりんの心の深奥は… マーちゃんはまだまだ知らなくていい。まだまだ、ずっと先。」









 「じゃあね…… 帝都で会おうね。」







◇ *◇ *◇ *◇ *◇ *◇ *◇ *◇* ◇*◇ *◇*

* ◇* ◇* ◇* ◇* ◇* ◇* ◇*◇ *◇* ◇*◇








 「マージ様、お目覚めですか?」




 上半身を、ゆっくりと、緩やかに傾けて、起こす。


 かぶりを振って、頭の中を整えようとする。意識を、記憶を取り戻そうとする。





 「伊織さん… うん、おはよう。」




 「ご気分は…… 身体の調子はいかがですか?」





 と、いいつつ遠慮無く俺の上腕を取り、胸板にじっとりと手を当て、太腿をわしゃわしゃと弄り、背中に伸し掛かるようにして、俺の肩から顔を覗かせて、 「よし。体調は問題無いようですね。」 などと宣う伊織さん。

 俺の背中に伸し掛かる事でどんな体調を確認出来るというのか。「よし」って…



 しかし・・・






 ああ!胸が!胸が!







 柔らかく、強烈な暴威が背後に迫る。迫られる、と云うか、迫られた、と云うか。

 密着仕切って、隙間など何処にも無い。むにゅり、と形を変え、俺の背面を余すところなく制圧する伊織さんの最終兵器。

 いかん… 背後を取られた。戦場で背後を取られる事はその者の終わりを意味する。くっ、伊織さんめ、腕を上げおった。どうしよう、どうしよう、どうしよう。






 戦場でもないし、幸せだし、誰も不幸にならないからいいや。


 伊織さんに任せるままに、成すがままにされ、ふとシアンの事を思い出す。




 (云うかどうか迷うが… まだ、いいや。と、云うか今は多分ヤバイ。)







 何故だかは分からないが、今、シアンの事を口に出すと、その内容がどんな事であれ、間違いなくヤバイ事になる。直感がそう告げる。伊織さんの機嫌を損ねるとどうなるか。冗談でなく、本当に戦場になってしまう予感がある。





 首を傾けて、伊織さんの方を見る。超至近距離で伊織さんと目が合う。二人とも、一気に顔が赤くなった。でも、目線を外したく無い意地が二人の間にあった。何とか目線を逸らさないように努力して、それから堪えきれずに、一緒に笑った。生存の喜びに浸れる事が出来た。同じ感情を分かち合える幸いがあった。






 シアンの事は… 馬車に乗ってからでいい。いや、多分まだ甘い。

 1時間は乗ってからでもいいような気がする。






 だから、不思議と記憶に微かに引っかかる、一つの単語を、口には出さないように、脳内で反芻する事だけに留める。






 (帝都… か。)










 第1章… 1章?

章の終わりとは到底考えられないサブタイですが、取り敢えずは第1章の終了です。


第2章は、主人公が帝都に行く話になります。


何とか更新速度を上げていきたい、と考えています。

これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。

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