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魔道の名門貴族に生まれたんだが俺だけ魔法使えない件について  作者: 大葉餃子大盛
第1章:緋と抱擁と
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13.狂獣の咆哮



 「このクソガキがぁあ!!死にさらせやぁ!!!!」



 目の前に振られる刃を、バックステップを取り、躱す。


 その直後、戻りの動作で敵の懐に潜り込んで、一刀。背後に抜けて背面にもう一刀。致命傷とまではならなかったが、敵の継戦能力を削ぐことに成功。ここで次の敵が風の膜を纏わせた槍による刺突を繰り出した為、再度のバックステップで大きく距離を取る。が、槍が掠った為、脇腹が僅かに抉れてしまう。身に着けている魔具……指輪の内の1つの効果により、恒常的に俺の身体に発動している自己治癒能力を高める土魔法が自動的に発動し、即座に自己治癒が開始。原理としては、部分的な人間大の土人形の作成、といってしまっても良いだろう。人体に肉付けを行い、内部で治癒を行いつつ、損傷個所付近の細胞情報を元に、新たに人体のパーツを作る手法。体内で痛みこそ残るが、脇腹が塞がってくれた為継戦が可能と判断。


 再度敵への突撃を仕掛ける。


 低空から相手の懐に潜り込んで、足を切り付けて離脱。人間との戦闘は、モンスターとの戦闘とは全く異なる精神を保つ必要がある。コツ、というよりも重要なのは躊躇わない事、切りつけた際の手に残る感触を意識しないように努める事、そして……… 甚だ不本意ではあるが、『考えない』事だ。ごちゃごちゃと反省だの後悔だの躊躇いだの、相手に後遺症が残るか、足だけを切り付ける事で殺さずに無力化できるか、それらの思考は全てパフォーマンスを著しく低下させる不純物だ。

 少なくともこの時間は、ただ人体を切り付ける事に酔い、相手を無力化し、敵を殺すたびに高まる高揚感に身を捧げ、今を生き抜く為に適した動きを取り続ける事だけに集中すれば良い。


 最も……… こんな事を考えている時点で、やはり好調とは言えないのだろう。余裕がある訳では無い。にも関わらず、自分の今の精神状態を纏める事を無意識に行う等、本来は有りえない事だ。まるで精神を纏めることで、客観的に自分を見つめることで、身体に死ぬ準備をさせているようではないか。


 魔法が一切使えない俺が、どれだけの戦闘訓練を積もうとも、どれだけ魔具で身を包もうとも、それでも1ミスで死に直結している事を忘れるな。少なくとも、戦闘中に自分を振り返るなど、精神的に甘く、浅く、傲慢に過ぎる。

 目の前に迫る刃に、俺を自己治癒が間に合わない程に致命的に切り刻む事を目的とする風に、サポートに止め、補佐してくれる伊織さんの動きに、それだけに集中しろ!!


 「くそっ! こいつら……… ガキの方もねーちゃんの方も動きが速すぎるぞ!!」


 「囲め囲め!! 足を止めさせれば終わりだ!!」


 「たった二人で向かってきやがった無謀を後悔させてやれ!!」



 槍を投擲する悪漢が、炎を纏わせたナイフで切りかかるスーツ姿の男が、土魔法で盾を形成し戦列を組む下っ端が、群れを成して襲い掛かってくる。


 意外… いや、ここで意外と判断するのは、余りにも甘く敵を見積もりすぎだ。悪い予感として、当たってほしくない可能性の方が当たってしまった。敵は集団戦、乱戦、そして徒党を組んで襲う戦闘法に慣れている。

 麻薬組織というものは、組織の練度や規模にもよるが、集団戦闘に向いていると聞いた事がある。どんなに人間の良識から外れた仕事をやっていても、それを天職にしてしまう精神を有していても、罪悪感を捨て去ったつもりになっていても、、、 それでも他者の人間性を能動的に壊す、狂わせる仕事というものは、そうそう慣れ切ることは無いと。人間の無意識が心の奥底で拒絶してしまうのだと。

 だから、、、なればこそ、同じ組織の連中とは上手くやれるのだと。集団で罪悪感を共有し、分け合うことで心の均衡を保つのが常だと。全く同じ弱みを握りあうことによって、相手をお互いに牽制し合い、その中で異常な共同体としての意識が芽生えてくるのだと。


 炎を纏うナイフで浅く切り付けられる。身体を炙られる感覚に怖気が顔を見せるが、心を奮い立たせ克己する。薄皮一枚、、、腹を軽く割かれるだけで済んだ。相手との基本動作の速度差により、返しの刃が振られる前に、相手の懐に低く潜り込むことに成功。一瞬、深く突き刺して致命傷を与え、相手の総数を減らすか、若しくは相手の脇腹を御返しとして一文字に引き裂いて、即座離脱を試みるか迷妄、……


 「っ… やらせるかぁ!! 離れろやぁ、ガキがぁ!」


 視界の右端に別の男の三叉槍による刺突がちらりと見える。一瞬、その槍に嫌な感じが…… 或いは死に直結さえしているような感覚を皮膚で感じ取る。よって、右手の直剣を目の前の敵の右脇腹から左に振り抜き、振りぬく勢いを使って転がるようにして左に抜ける。丁度そのタイミングで三叉槍の刺突が到達。だが命中はしなかった。俺が回避した事もあるが、恐らくナイフ使いを気遣ったのだろう。万が一、ナイフ使いに当たるかもしれない可能性を見越して、刺突の速度を出す事より、正確に突き刺す事を狙った為、回避出来たと考える。


 「大丈夫かっ!」


 槍使いが手を貸し、ナイフ使いを立ち上がらせる。目線はこちらを睨み付けたままだ。憎悪が瞳の中に浮かんでいる。二人の顔立ちに似たところがある所を見ると、兄弟か親類か……?


 「……っ! あぁ! まだやれる!」



 距離が空いた為、少し呼吸を整える時間が生まれた。一度、大きく空気を吸い込んで、気を入れなおした上で相手の様子を伺う。不気味なものでも見るかの様な表情、後悔し、この廃倉庫に配置された事を悔いた表情、向かい合うガキがあくまでそこそこの腕で、充分に対処できると判断し、余裕、嘲り、あるいは憐憫を浮かべた表情。


 基本速度や敵を切り付ける頻度は俺が勝るかもしれないが、攻撃の出力が全く違う。更に、思いの他敵一人一人の練度が高く、連携しての攻撃が厳しい。俺一人ではあと数十秒も持たないだろう、だが……


 「フッ!!」


 敵の背後から、伊織さんの強襲。手にしたクナイで正確に敵の頸動脈を穿ち、引き裂き、殺していく。クナイを振るうのと全く同タイミングで、風の刃が振るうクナイと同じ軌道で付近の敵を切り刻む。伊織さんの得意魔法の一つ、刃の動きをそのまま周囲に伝搬させる「伝搬衝動インパルス・ショット」だ。


 伊織さんのサポートにより、敵の目が伊織さんに向かう。その隙を使い、敵に再度の攻撃を仕掛けていく。挟撃の形だ。


 俺が敵の目を引けば、伊織さんの刃に背後からやられる。伊織さんに集中すれば、俺の刃で、確実に削る。


 単純で、しかし躱すことも逃れることも出来ない簡素な結界。


 何人かは撤退し、向かう相手を減らし続けた結果……



 周囲にはむせ返る血の匂いと、ついぞさっきまで命を燃やしていた犯罪人の死体だけが残った。




* ** ** ** ** ** ** **




 「私は、遁甲で周囲の様子を探ります。マージ様はここで待機をお願いします。」


 「あぁ…… 気を付けてな。」


 「いえ、お気になさらず。シノビは主君の為に身命を懸けるのが常です。まぁ、最も死ぬつもりはありませんがね。」



 余裕か蛮勇か、軽く微笑んでから伊織さんが姿を消す。

 遁甲で周囲の気の流れに潜った結果だ。



 さて、、、 こうなると少し思考に余裕と、冷静さが戻ってくる。


 シアンの方は大丈夫だろうか。いややられるか、では無く、やりすぎていないか、という意味だが。シアンは、この王都でも数える程しかいない『魔導士』の冠位を授かったやつだから。


 麻薬組織の規模が大きい。敵の練度も人数も十分だった。これだけの組織、王都から離れた僻地とはいえ、良く今まで認識されなかったものだ。大本はどこに繋がっているのか。隣国の帝都に繋がりがあるとはシアンの言だが、だとすれば帝都のどこを探れば良いか。帝都の方は正直詳しくは無いから、まだまだシアンに頼ってしまうだろう… 毎回毎回迷惑を掛ける。


 麻薬の処理はどうするか……シアンが考えがある、とは言っていたが、一体この量をどうするつもりなのか。あれ、シアンに乗せられている自覚はあったが、しかし何故シアンに乗る事になったのか…… そう、そうだ。王都への麻薬の流通など、断じて許せないからだ。王都に害を及ぼすものを排除するのが、俺の義務だ。でも…… いつからこの義務を負ったんだっけ。何が原因だったんだっけ。何が……




 過去へ記憶を遡ろうとしたその瞬間、



 「ぐるうぅぅううぅぅうううあぅぉうぅうぁう!!! うがぁぅあぁううあぁあうあああああああああ!!!!!」




 およそ人間には発する事が出来そうにない、獣の声。

 大きく、太く、知性のカケラも感じられないむき出しの野生。



 嫌な・・・・・ 本当に嫌な予感がして、その声の方向に駆け出す。

 ありえない、ありえない事だ。

 この方向は……… 伊織さんが向かった方角。





 抑圧され、狂気に飲まれ、暴虐を振りまく事を自身の運命だと、それが自分の本能を満たす事なのだと。

 もしもこの唸り声の持ち主に思考能力があれば、そんな事を考えたかもしれないが、しかしこの狂う獣にはそのような思考は一切許されていない。


 許されているのは、与えられているのは、求めて続ける二つの生きがいは、自分の全身を使って獲物を引き裂く事と、それからもう一つの自身を満たす物質…… あの何とも言えない酩酊を味わわせてくれる、命に溢れた、瑞々しい緑だけだ。





 山のように積まれた木箱、子供が乱雑に作った積み木のような空間。


 そのあちこちに身体をぶつけ、それでも潜り抜けるようにしてこの空間を進んでいく。






 その巨体をゆっくり揺らし、持ちうる牙を誇るように大口を開く。

 こちらを睥睨する白い巨獣。



 倒れ伏し、その顔から血の気が引いた…、それに反して、滔々と口から血を吹く伊織さん。







 身体の血が、熱くなった。






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