11.廃倉庫にて
「取りあえず、まずは定例報告から行っこうかぁ~」
シアンの帰還した夜、シアンが俺と向かい合ってソファに座り込みながら、そう言う。
座り込む動作で、豊満な胸が「ゆさり。」と揺れる為、思わずそちらに目がいってしまう。
ちきしょう……… 何でよりにもよってこんな深夜に帰ってくるかね。正直疲労が全身を覆っていて良かった。王都全体が寝静まった深夜の雰囲気で、もし元気が有り余っていたらシアンが何かやってきた時に我慢出来る気がしないぞ。
「帝都オルムンドの方は、目ぼしい人材が見つからなかったかな~~。」
「あぁ、前回と変わらずか。簡単に芽が出る様な事もないようだな。」
「まぁ何十回と帝都中央の方は見て回ってるからねぇ~。そう簡単に魔導士候補が見つかるってこともないでしょ~~。あっでも帝都の方で新作のお菓子が出てたんだぁ~~。おみやに買ってきたから後で食べよねっ!」
「へぇ、楽しみ。」
「てな訳で次は、港町ファリンドの方なんだけど、こっちは一人良さそなのいたんだぁ~。」
「へぇ、港町。水魔法の使い手になるのかな?」
「それがさ~~。聞いてよまーちゃん。何と。火魔法の原石だよっ。何かシンパシー感じちゃってぇ。親御さん含めてプロポーズしてきちゃったぁ。『娘さんを僕に下さいっ!』ってね~~」
「その言葉はどうなんだ……… 何か別の意味、っていうか本来の意味の告白?に捉えられそうだけれども…… 誤解されちゃうぞ。いいのかそれで。」
「へっへっへ~~ 折角だからぁ、そっちの意味でも頂いちゃおっかな~~」
「本気にするなよ! ---まぁそれは兎も角、納得して頂くのに、どれ位かかりそうだ?」
「まぁ私の事だからね~~。 何とか1年以内に落として見せまっせっ!!」
「とか何とか言ってこの間は3か月で落とし切ったもんなぁ。それでエリアスがウチに来てくれた訳だからな。それこそどういう魔法使ったんだって話だよ。 正直…… 助かる。有難う。」
「でっへっへっ~!照れますなぁ!!もっと褒めい褒め~~い!!」
嬉しそうに、誇らしげに破顔するシアン。いや、マジで嬉しそうだ…… こっちも釣られて嬉しくなってしまう。
シアンの仕事……… ドーランド家での役割としては詰まる所、他国の情報の入手、及び「人材の獲得」に集約される。他国に只管に出向いて、ドーランド家との結びつきを強化していきながら、魔導士候補になりえそうな原石にアプローチを掛けていく。場合によっては、短~中期間の間、傭兵の雇い入れの協力を取り付けてもらうこともある。シアンと相手の間で相互の理解と、カネの話が纏まれば、それで仕事の完了となる。傭兵の雇い入れに関しては、比較的早期に纏まるのでいいが、王都に越してきて貰うとなると、それこそ執念じみた、本当に長い長い時間の説得が必要となる。らしい。いや正直、いつの間にかシアンが説得して、いつの間にか屋敷内に従者が増えてる感覚だから、良くは知らないんだけども。
「お茶ですよ。どうぞ。シアン」
「おおっ~~!いおりん気っが利く~~~!! いっただっきま~~す!!」
熱い熱い緑茶を一気に飲むシアン。いっその事、飲み下す、纏めて胃腑に叩き込むと言って良さそうな飲みっぷりだ。どういう身体してんだ本当に・・・・
「くぁ~~~!!生っき返るっ~~~~~!!! この一杯の為に生きてるってなもんですよぉ。もう一杯頂戴っ!!」
「酒じゃあるまいしお茶飲むのにそんな事いうかっ!」
「えぇ、良いですよ。幾らでもお代わりはありますからね。」
「そして当たり前のように次を用意している伊織さん……… 何その巨大なポット、俺初めて見るよ!?」
「あぁ、これはシアン専用のポットなんです。前に帝都に行った時に気にいって衝動買いしたとかで。」
「そんなことしてたの、シアン……」
代わる代わるに伊織さんから湯呑を貰い、次々にお茶を平らげていくシアン。
………とうとうポットごと飲みおったぞ、コイツ!?喉乾いてるとかそんなレベルじゃ無くね!?
そして全く動じない伊織さん……。どういう事だ……!?天然なのか?これがこの人達のスタンダードなのか??魔法使いは胃の中に至るまで俺とは違うのか???流石にこれは羨ましいとはいえんぞ・・・
「っぷぅ! さって、定例の報告はこのくらいにしてっと。本題なんだけどさぁ~~。」
ポットから口を放すというありえない動作の後に、口を豪快に拭い、ふと、居を正すというシアンらしからぬ動作を挟んで、シアン曰く「お願い」に話題が移る。
「悪者がいるんだけどさぁ、ちょっと懲らしめるのを手伝って欲しいんだよね~~」
「また漠然とした話題だな。悪者…… 何をやった奴らだ?」
「それがねぇ。気持ちよ~くなっちゃうお薬を勝手して売りさばいている奴らがいんだよね。まーちゃん、そうゆうの許せないタチだもんね。」
気持ちよくなる薬・・・
「……麻薬密売か。また、クソふざけたのがいるもんだな。」
「王都からずっと離れての田舎街、帰りがけに街で噂を聞いてさぁ、ちょっと調べてみたらビンゴってねぇ。その時はまだブツが運び込まれていなかったんだけど、もうじきデカイ取引があるってんで、取って引き返してきたってな訳ですなぁ~。」
「なるほどな、それで少し帰りが早くなったのか。」
流石にシアンといえども、呑気してられる状況じゃなかった訳だ。
「報酬は無し。内内に処理する予定な訳だもんで称賛も無し。おまけに汚れ仕事っと来たら、これはもうだーれもやりたがらないよねぇ。スラムの労働者も謹んでお断り~~ってなヤツね。さ~て、一応聞いておくけど、まーちゃんどうする?」
「当然、やるよ。許せないものは許せない。そこを曲げる気は更々無いよ。」
「でっすよねぇ~~。さっすがまーちゃん!」
シアンにとっては既定路線で、正直乗せられているのは分かっている。分かっているが、それでも、譲れない。
「………さて、誰が行くかだが、まず伊織さん、行ける?」
「勿論です。麻薬密売など、狼藉物の悪行など到底許される事ではありませんよ。」
伊織さんの表情を伺うと、強い決意が窺い知れる。
戦力的にも、本人のやる気的にも、確定だろう。
「殲滅力っていうんなら、エリアスだけど……… いや、絶対無いな、無い。てか俺が行かせん。本人が行きたいと言おうが、何だろうが絶対ダメ」
「当然です。エリアスは今回はお留守番で決定ですね。」
「当ったり前じゃん。エリちゃんはだめ~~。そんな汚れ仕事さっせられませんて。イヤほんと。」
エリアスの不参加も決定事項。この3人にとって、エリアスに過保護なのは数少ない共通事項だ。というか、ドーランド家のものは全員エリアスに過保護なんだけれども。
「後は、俺も行くべきだよな。戦力的には二人には劣るけれども、いない訳にも行かないよな。」
「………マージ様がそう仰るのであれば。全力で守らせて頂きます。」
「と、いおりんも言ってるしね~~。うん。まーちゃんには正直来てほしいかな。」
………シアンが言っているのは、要するに事後処理をスムーズに進めたいという事なんだろう。幾ら話題にならないようにすると言っても、それでも騎士団への連絡は必須である。その時「ドーランド家の従者」がやりました、よりもその場に当主が立ち会っていた、という方が話が滞りなく進むという事だ。シアンも伊織さんも、騎士団にはあまり顔が利かない事もあって、俺が居た方が何だかんだいっても話が早いのだ。
……本当は、そもそもこの案件は騎士団に通してしまった方がいいのかも知れないが、シアンからの報告によると、もう取引まで時間が無い為、事後承諾の形を取らせて頂こう。何、俺が騎士団長に怒られればすむ話だ。そんくらいはいいだろう。
「明日の早朝から直ぐに向かうよ~。馬さんには悪いけど、ぶっ通しで行くんで、ヨロシクねっ、まーちゃん。」
シアンの気の抜けた音頭を持って、報告会の終了となった。
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息を潜めて、物陰に潜む。
散在する木箱、かび臭い匂い、『悪』の匂いが僅かに香る。
見上げる程に積み上げられた木箱は、縦2m、横3m程の大きさで、それが何十列にも連なるというのだから、見上げるだけで思わずくらっとしてしまう程の荷物の量といえる。倉庫内一杯に連なるこの荷物が、シアンが入手した情報にあった、『悪』そのものと言える。
王都から遠く遠く、郊外にある寂れた廃倉庫。もう使われなくなってから随分経ち、外壁もボロボロになってしまっている。
倉庫は2つあり、1つの倉庫の入り口には俺と伊織さんで一組。その倉庫と向かい合う形でもう1つの倉庫があり、そちらの方はシアンが1人で担当、という形になる。
1つの倉庫につき、横幅が100m、奥行きは500mはあり、その巨大さに圧倒される。
倉庫の1階に荷物の保管場所が大きく取られていて、壁面の1つにのみ荷物の搬入と出荷用のシャッターが取り付けられている。あるいは巨大な生き物の大口にも見えるシャッターは現在開いた状態だ。
梯子が数か所に立てかけられ、二階・・・二階と言えるのだろうか?あるいは超巨大な細長いロフトと言ってしまってもいいのかもしれない。梯子を上った先には、足場だけが倉庫の外周に沿うように取り付けられ、一階を丸ごと睥睨できるようになっている。また、倉庫の奥まった場所に1つだけ部屋が用意されているのが見て取れる。
時間は深夜、本来はもう倉庫番以外寝静まっているべき時間。倉庫の部屋内部にランプの光が確認出来る。俺が潜んでいる箇所は部屋から最も遠い箇所の為、茫洋と光を確認出来るだけである。
倉庫の入り口付近では・・・
倉庫番が厳つい顔を強張らせて、倉庫内の巡回を繰り返す。本来なら、眠気から気を抜いてしまっても良い様なはずなのに、倉庫番の表情にあるのはただ緊張と警戒。シアンの情報・・・ 今回の取引が大掛かりなものである事を証明する一つの証拠だ。
シアンはいつもと変わらずに微笑んだまま、こちらを見つめている。伊織さんは、真剣な表情で俺の覚悟を伺う形だ。俺の覚悟が定まらなければ、いつまでのこの膠着状態が続いてしまう。
一回だけ、音を立てないように深呼吸し、まず初めの心の準備を行う。こんな準備に未だに時間を取らなくてはならない自分が情けなくて、悔しさを噛みしめる。大丈夫、大丈夫だ。モンスターと戦う時のことを思い出せ。躊躇は無しだ。躊躇いも、戸惑いも、全てはパフォーマンスを著しく低下させる不純物だ。目的をしっかり脳の中心に据えて、それだけでいい。少なくともこれからの30分の間だけ、少しだけ脳内を麻痺させれば良いのだ。麻痺させたと、思い込むことで目的を達することが出来るはず。
倉庫の入り口付近に最も近い、巡回役の倉庫番が後ろを向いた瞬間に・・・
足音を消し一気に接近し、分厚い首元に刃を当てる。声を・・・断末魔も、警戒を呼びかける声も、何一つ発させないように注意しながら、刃を一気に横に引き切る。人体の筋線維、神経、頸椎を透過しつつ、力任せに強引に刃を滑らせて、ブチ切る。モンスターを殺すのとは完全に一線を画す嫌悪感が手の中に残り、それが全身を一瞬で伝搬し、人間としての精神性を蹂躙する。
しかし、あくまでこれは人体に当たり前に備わっている反射であり、この反射を意識してしまうのは当然の事ともいえる。
大丈夫・・・ 直に感覚が鈍ってくれる。肉体の、ではなく精神の鈍化と逃避だ。
あと2人程首を掻き切れば、あとはもう戦いへの高揚感と、緊張感、それから死への忌避感情が、異常な感覚へ精神を誘ってくれる。罪悪感も、嫉妬も、悪心も震えも気持ち悪さも胸糞悪さも、全てを精神の彼方へ吹き飛ばして、全身を『正義』の殻で覆ってくれる。『正義』の殻と心が全身を覆ってくれれば、それでもう覚悟が完了して、、、完了してしまったことにして、その淡く脆い殻が、俺の雑多な思考全てから俺自身を守ってくれる。
だって、、、駄目だろう?
麻薬密売は、、、 許されざる罪だろう?
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一度始めれば、後は早かった。
二人目、三人目はペアでの見張りをしていたが、伊織さんと俺で手分けして片づけた。
俺は刃で首元の喉を狙い、伊織さんはクナイで脳髄をかき回す形で終わらせた。
兎に角、狙いは頭、頭、頭だ。
的が大きいとはいえ、身体の方を狙えば、ほぼ間違いなく絶命までの時間で声を上げさせてしまう。少なくとも相手の人数が分かるまでは、暗殺方式で探っていくしか無い。
声を………音を出させないようにしても、どうしても流れ出す血の匂いが充満してしまう為、伊織さんの風魔法で廃倉庫内の風向きを変える事で対処。
3人片づけた…… 3人絶命させた時点で、恐らく相手はそこまで強くない連中なのだろうと当たりを付けてみた。
注意していない状況、或いは眠気に負けてウトウトしている状況、という訳でも無く、十分に注意を払って、その上で成すすべなく殺されているあたり、正直大分お粗末な力量と言わざるを得ない。
このまま何事も無く終わってくれれば良いのだが……
ふと、シアンの方を振り返って見てみた。
………シアンの両手に、眩いばかりの紅蓮が迸っているのを見て、そして向こうの廃倉庫も、こちらの廃倉庫でも「何ごとだ!?」と声が上がっているのを聞いて、暗殺方式が早くも立ち行かなくなってしまった事を理解した。
………シアン、目立ちすぎ。