遙かなる望郷の地へ-88◇「公都攻防戦8」
■ジョフ大公国/公都/公都前防衛陣地
雲霞のような大群が押し寄せてきていた。無数の松明が地を埋め尽くし、見る者の心を冷たい恐怖で押し包む。水晶の霧山脈を発したオーク・レイダーは、ジョフ大公国中央を通過し、肥沃な南の平原に向かう閂たる公都ゴルナに殺到してきた。途中、巨人の一群と合流し、その勢いは更に増していた。
☆ ☆ ☆
「敵影見ゆ!!」
ゴルナ北方二十五マイルに位置する哨戒線には、コーランド派遣軍の各連隊から抽出された猟兵が警戒拠点を築いて張り付いていた。北方から近づいていくる敵軍を闇夜にキャッチした彼らは、打ち合わせ通りに公都の本営に向かって敵軍の接近を報じた。彼らは、これから敵軍に張り付いて、刻一刻相手側の動静を本営に伝える任務を負っていた。彼らの報告に従って、本営で指揮を執るコーランド派遣軍司令官代理、レジナルド・ツィーテンは公都防衛作戦を柔軟に修正していく予定だった。
水晶の霧、地獄の煙突、龍の背などの山系で鍛えられた百戦錬磨の猟兵達は、無言で拠点の撤収にかかる。手早く纏めると、分隊長の指揮の下、静かに各自に指示された行動を開始した。
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再び、公都前面の縦深陣地。見張りの望楼の上に立ったカレンとフィリップは、麾下の部隊配置を検討していた。
「警戒線の猟兵達が動き始めているころだな。相手も足が速いから、連中も追従が大変だろうな」
「えぇ。しかし、巨人が混じってますから、相手の進軍速度も多少は落ちてきていますね」
「そうだな。市民が予想以上に陣地構築の経験があって驚いたよ。ナイオール・ドラじゃこうはいかないだろう?」
「彼らにとっては、喜べないほめ言葉でしょうね。長年の、苦渋に満ちた経験から覚えたのでしょうから」
「あぁ。だが、それが今彼らの役に立っている。つらい経験だったろうが、それは無駄じゃない」
「・・・できれば、そんな経験もこの戦いで最後にしてあげたいですね」
「盟邦としてか?」
「人としてですよ、教官殿」
軍人莫迦とも言えそうな相手の言葉に、カレンは苦笑いを浮かべた。
「判っているよ。その為に、我々はここまで遠征してきたんだろう?」
「そうですね」
「よしっと。俺は猟兵達を見に行ってくる。何せ、“不可能を可能にしましょうね”って言う司令官代理の指示だ。無茶も作戦のうちさ」
「教官殿!」
立ち去り掛けたフィリップを、思わずカレンは呼び止めた。
「何かな?」
「・・・いえ・・・」
「へんなヤツだな。それではな」
笑いながら、フィリップは望楼を降りていった。その姿が闇に消えていくのを、カレンは黙って目で追っていた。
「・・・教官殿・・・」
もやもやした胸中に何があるのか、自分でもわからなかった。頭を振って気を取り直すと、カレンは再び麾下の軽歩兵の配置の検討を再開した。