遙かなる望郷の地へ-29◆「開戦前夜4」
■ジョフ大公国/宮殿/宰相の部屋
「・・・」
無言で事態の推移を見守るヒラリーの耳に、静かな囁き声が届いた。
「唐突だね。なにやら焦臭いなぁ」
「思うところがあれば、皆に言うが良い」
「単なる勘所なんだけどね・・・」
語尾を濁す相手に、ヒラリーは横目で厳しい視線を送った。
「はっきりと言え。」
「いやね・・・数を出しての陽動、だが実際の目的は別物って考え方もあるってことさ」
「根拠は?」
「無いさ」
「・・・」
訝しげに向けた鋼の瞳に、酷薄な笑みが飛び込んでくる。
「冗談を言ってるのでは無いな?」
「“己の信ずるコトを為せ”──灰の預言者の言葉さ。久し振りに、その実践の時が来たってとこだね」
「・・・ならば、判った。我らは、独自に調べるとしよう」
「そう来なくちゃ」
黙れ、と相手をひと睨みすると、立ち上がって全員に向かって言った。
「すまないが、想うところがあるので、我らは別行動とさせて貰いたい。ディンジル、行くぞ」
「はいはい。そう言うことで、ちょいと失礼しますよ」
生真面目な麗人と、不真面目な不良青年は戸口から出て行った──いや、不良青年の方が振り返った。
「エリアド、ジャンニ。そう言うことだから、あんたらはお姫さんとグランの助力を頼むよ。ケインが来たら、彼にも教えて上げてね」
小憎らしくもヒラヒラと手を振ると、慌てず騒がず、先に出て行ったヒラリーの後を追った。