遙かなる望郷の地へ-01◆「紫の騎士」
■ジョフ大公国/宮殿/客室→大広間
頬を撫でる涼風を感じ、その女性はそっと目を開いた。肩口より大分長い薄い金の髪に、鋼の如き蒼い瞳――この女性はノエル・ラ・フォーム・ヒラリオン。『紫の騎士』と呼ばれている“エリスの守護者”(Warden)の一人である。
開いた窓から、楽しげに啼く鳥の声が聞こえてくる。軽く頭を振ると、少し高めの寝台から降りる。天蓋もない質素なものだが、華美でないところが良いと感じていた。
「今日も、良い天気になりそうだな。」
窓から眺めると、真っ青な秋の空が広がっていた。あてがわれた部屋は東向きの為、地平の彼方に上がる太陽が目に眩しい。余談だが、ジョフ大公国の首府はゴルナの宮殿で主要な部屋は全て東面か南面に面していた。これは、この国の人々が西と北からの潜在的な脅威を重く感じているからに他ならない。
軽く溜息を付くと、ヒラリーは窓辺を離れ、徐に夜着を脱ぐと寝台の上に置いた。細い、華奢な躯には、過去の激戦を暗示するような、幾つもの傷が付いていた。常に、最も厳しい戦いの場に身を投じてきた『紫の騎士』ならではのものなのだが──微かに眉を寄せると、暗い考えを吹っ切るように壁に掛けてあった服に手を伸ばす。
「過去の思い出に、心を悩ましていても仕方がないだろう?」
白をベースに紫の複雑な模様が踊る上着の袖に手を通しながら、ヒラリーは一人ごちた。結局、ディンジルが納得してくれればいいのだ──とそこまで想った時、不意にとても恥ずかしくなって頬が紅潮する。
「わたしは、一体何を考えているのか? やれやれ、随分と軟弱になってしまったものだな。」
溜息を付くと共に、腰に剣帯を巻く。細身の宝剣、切っても切れないパートナーの聖剣『フォウチューン』を剣帯に引っかけると腰に下げた。ふと、思い立ってその柄に手を当てる。
「お前も、わたしのこんな考えを笑うか?」
──貴女さえ満足ならば、何に異を唱えることが有ろうか・・・
そんな想いが、笑みの波動と共に伝わってくる。思いも掛けないパートナーの返事に苦笑しながら、ヒラリーは姿見で自分の格好を確認すると、部屋をでた。
客室をでると、長い廊下を歩いてゆく。他の仲間も、自分が泊まった部屋に並ぶ客室に泊まっているはずだが──物音一つしない廊下にヒラリーの拍車の音だけが響く。突き当たりの階段を下りると、階下に待っていたこの国の騎士に案内され、大きな広間に入った。両側と奥に窓があり、真ん中に大きな樫のテーブルがあり、その周囲を十二脚の木の椅子が取り囲んでいた。
「わかった。ここで待てば良いのだな」
実直に礼を返す騎士にそう言うと、ヒラリーは窓辺に立って青い空と遠くに霞む山並みを眺めた。
舞台はイースタン南西部、コーランド王国の更に西に位置するジョフ大公国です。あらすじにも有ります通り、“封印戦争”の際にモンスターに全土を席巻されて“失地”となっていたこの国は、コモン歴590年に冒険者の力を借りて復興します。しかし、ジョフがその安寧を得るのは、まだ先のことでした・・・。