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遙かなる望郷の地へ-11◆「同床異夢」

■ジョフ大公国/宮殿/大広間


「ところで、聞いておきたいんだが・・・」


 朝食も大分進んだ頃。おもむろにケインが一座を見回して言った。


「この国での俺の正式の扱いってどうなってんだろうかね。大公爵様の古い友人?、それとも天の騎士の一人? まさかとは思うけど、どこぞの国の王様ってことはないよねぇ・・・」


 語尾を濁らせたケインの表情は冴えなかった。


「大戦士さまの古くからのご友人にして、わたくしたちの国を悲惨な境遇から救って下さいました天の騎士さまのお一人ですが、公式なご身分は大王国の上王陛下と理解しておりますけれども・・・」


 時を於かず、レアランが全員を代表するように発言した。

 そのことがどうか致しましたか? と、その端正な顔に、微かな疑問の色をレアランが浮かべている。


「大公女さん。ケイリン皇子はね、『お忍び』で来られているので、話を大きくしないで欲しいって言いたいんですよ。まぁ、過去に疚しいことを山ほどしてきたら、おおぴらに名前を出すと不味いことが・・・ヒグッ!」


 耳から煙を吐いて、唐突にディンジルの軽口が停止する。

 見ると、フォウチューンの柄が黒の剣聖の脇腹にめり込んでいる。実に痛そうだ。


「憶測で物を言うな。」


 ヒラリーは冷厳な声で言い捨てると、ケインに向かって、この莫迦がすまないな、と一声掛けた。

 これで朝から体力値(Constitution)が二つ落ちましたね、と何げにレムリアが突っ込みを入れる。


「ケイリン皇子さま──公式なおもてなしはご迷惑でしたか?」


 どうしましょう──とグランの方に視線を振りながら、心配そうにレアランが言う。


“・・・やれやれ。”


 エリアドは小さくため息を付くと一座を見回した。


「・・・ケイン殿。レアラン姫。そのようなことは『聞かぬが花。言わぬが花』というやつですよ。」


 一拍おいて、噛み砕いて説明する。


「“正式の”とか“公式な”などという言葉をつけてしまえば、その質問に対する答えは限られたものになってしまいますし、その答えを公の場に言ってしまえば、そのようにもてなさなくてはならなくなる。・・・それがまつりごとというものでしょう。」


 そこまで話すと、エリアドはちらりと二人を見ると、


「・・・そもそも。どこかの国の“正式の”使節として、この地を訪れた者は一人もいないのです。それに、もしこの国が他国の使節に助けられたという形に思われてしまえば、後々この国の人々はその国に引け目を感じることになってしまいかねませんし、ひいては国家間の問題にも発展しかねない。だから・・・。」


 そこでおもむろに紅茶を一口。


「・・・私たちは、救国の英雄でレアラン姫との御婚儀が噂される“勇者”アルフレッド・グランツェフ殿のふるい友人。それ以上でもそれ以下でもない。・・・それでいいんですよ。」


 何時になく饒舌なエリアドは、トドメににっこりと微笑みかける。


「そう思いませんか? みなさん。」

「ま、エリアドの言うところが正論なんだろうけどね」


 へらっと周りに笑みを振りまきながら、ディンジルが後を取った。


「それでも、国を預かる立場としては、そうも行かないんだろう? “友人”という立場も、何か事が起こってしまったら、周囲がその人の立場を“公人”に変えてしまうことは良くあることさ。それを口実に戦争になることは、過去の事例にも結構あるってことだ。」


 軽薄な口調と莫迦そうな雰囲気ははそのままだが、不思議とその言葉には説得力があった。


「みなまで言うな。その様なこと、ここに集っている者には自明のことだ。」


 ヒラリーの言葉に、一瞬互いの視線が交錯すると、瞬間電気が走るように周囲の雰囲気が緊張する。


「まぁ、そういう見方もあるだろうね。」


 ふっと口元に笑みを浮かべて、ディンジルは肩を竦めた。その仕草が癇に障ったのか──ヒラリーは形の良い眉をひそめて、カップをゆっくりとソーサーに戻した。


「お気に召さないのかい、お嬢さん。」


 どうして、この男は火に油を注ぐようなことを言うのだろうか。あまつさえ、いつの間にか表情が一変し、その表情には冷笑が浮かんでいる。


「その様な俗っぽい名称で呼ぶな。」

「お嬢さんっていうのが嫌かい? それじゃ、お姫さまっていうのはどうかな?」

「尚悪いっ!」


 ヒラリーの瞳には、鋼の蒼さが煌めいていた。知る人ぞしる、非常に危険な兆候である。


「やれやれ──雰囲気を悪くした原因は、早急に退散しますよ。」


 すみませんね、とグランとレアランを初めとする一座に会釈をすると、ディンジルは静かに広間から出ていった。


「すまない──わたしも気分が優れないので、失礼する。」


 小さく溜息を付くと、ヒラリーも立ち上がった。能面のように無表情のまま、一座に丁寧に頭を下げると、微かに拍車を鳴らして立ち去った。

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