遙かなる望郷の地へ-09◆「東の上王」
■ジョフ大公国/広場→宮殿/大広間
朝日の昇るなか、ジョフの首府ゴルナにある中央広場の公園のベンチにぼけっーーとして、だらしなく座っている一人の男がいた。ボロボロになったクローク、穴のあいた幅広の帽子、使い込まれた皮のブーツといった、いかにも、定職についていない冒険者(ヤクザ者)といった風体である。
この男の名はケイン。かつてはケイリン上王と呼ばれた大王国(GREAT KINGDOM)上王(OVER LORD)であると信じる者は誰もいないだろう。それほどまでに、貴族や王族といった者たちからかけ離れた印象をいだかせる男であった。
ケインは何をするでもなく、中央広場の“光の樹”をみながらぼんやりと考えを巡らせていた。
“そういえば、このような体質になってから二日酔いってしたことないなあ。"X"のボトルを浴びるほど飲めば二日酔いになれるかもしれんなあ。でも、そんなことしたら国が傾いちまうもんな。宇宙のどっかに"X"のボトルをいくらでも好きなだけ作れるようなアーティファクトってないかな。今度、ジェリコにでも聞いてみるかな”
“チャクチャク=イーボは元気かな。最近あいつらの頭のサイレン見てねえよなあ”
“俺がこんなに怠惰で目的もなく遊びほうけていると知ったら、彼女、怒るだろうなあ。そろそろ、自分の居場所に戻るべきかもな、グランの晴れ姿も見れたしヒラリーとディンジルのラブラブな姿も見た、チェイサーも新たな姿で俺も元に戻ってきたし”
“ウチ(大王国)からの使者がこないうちにやはりとんずらするしかないか――勝手にジョフとウチの国交を決めちまったからここに俺がいることはバレちまってるってことだからな。なんか、すげーヤベーような気がしてきたよ”
しばらくすると。腹が減ったのか、服をパンパンと払うと、よっこいしょとばかりに立ち上がる。
「ま、とりあえず朝飯にすっかな。これからのことを決めるのは腹ごしらえをしてからにしよう。そういえば、姫がなんか集まってくれって言ってたような気もするし。」
誰に言うのでもなく独りごちると、肩越しに振り返る。
「じゃ、また会いにくっからな。」
ケインに話しかけられた“光の樹”は静かに佇んでいた。
☆ ☆ ☆
ゴルナ自体がさほど大きな街ではないこともあり、広場から王宮までは余り距離はない。
程なく王宮に到着したケインは、大広間に入ると皆に声を掛けた。
「ぐっどもーにんぐ、いい朝だねー。外を散歩してたら遅くなっちまったよ」
明るく挨拶をすると、空いていた最後の席に座った。
新たな人物の入室を、ホステム役のレアランはいち早く気付いて席を立った。勿論、隣に座るグランにさり気なく合図するのも忘れない。
「ケインさま、おはようございます。」
爽やかな笑顔で挨拶をすると、ディンジルの隣の席に案内する。
「こちらにお掛け下さいませ。ごゆっくりどうぞ。」
給仕に、ケインの望む飲み物を用意させると、失礼します、と小さく言って自分の席に戻った。
「よ、ケイリン皇子。お早いお着きだな。」
ニヤリと笑って、隣のディンジルが話しかけてくる。キラリ、と歯などを光らせて、好青年を演じている──つもりのようだ。そんな表だけの薄っぺらな演技に何度目かの溜息を付きながら、ヒラリーも挨拶を送った。
「おはよう、ケイン。朝の散歩でもしていたか?」
冷たく聞こえるのが損な点だが──ヒラリーには他意はない。自分の感情を殺して話すのが身に付いてしまっているだけだ。
「おはようございます、ケイリン皇子さま。」
この丁寧な挨拶はレムリアだ。口元に小さく笑みを浮かべたヴェロンディの姫君は、その黒曜石のような漆黒の瞳を輝かせている。柔らかい、明るい雰囲気を醸し出しているレムリアだが、ここにいる女性達の中でも、最も心の内面が読み難い相手だった。まぁ、それもそのはず──彼女は“夢見”なのだから。
最後に、グランが豪快に声を掛けた。
「おはよう、ケイン。随分と見ぬ間に人が変わったようだが・・・まぁ良いか!」
皆に“真名”で呼びかけられたケインはぐっと詰まった。
“ぐぐっ、ケイリン皇子と呼ばれるとはな。レムリア姫は悪意が無いからいいが。ディンジルのは無邪気なのかもしれねえが悪意が篭ってやがる!”
給仕からだされたお茶を飲みながら、ケインはあらためて出席者を見回して思った。
“しかし、よくよく考えるとものすごいメンツだな・・・。ジョフの大公爵に大公女、ヴェロンディの姫君、黒と紫の守護者、『阿修羅』を帯びし魔剣士、そして一応大王国の上王である宇宙海賊の俺。これでコーランドの武王バドでもいれば、これからのフラネースの行く末を決めるための国際会談でもひらけそうだな”