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異世界もの

作者: 松茸

なんていう事のない冬の日の朝、いつも通りの通学路。目の前の赤信号を今か今かと青になるのを彼、浅井渉あさいわたるは待って居た。

いつも通りの道、いつも通りの時間。ただ1点、昨日買った新しいライダースーツを着て信号待ちをしている点を除けば昨日までと何ら変わりない1日になる予定だった。



先ほどまでバイクに乗っていたはずなのに気が付けば地面に彼は横たえている。不思議な高揚感と温かい地面。とてつもない眠気。

昨日早めに寝たのにな...。そんなことを考え眠気に身を任せようとするが先ほどから男と女の言い争いが聞こえる。

話なら後で聞くから今は寝かせてくれ。




眠りから覚めると床は冷たくなり、辺りはオレンジ色の光に照らされている。

「ああ、やばい学校」

腕に力を入れ起き上がる。頭にはヘルメットをかぶり新品のはずだったライダースーツはべったりとどす黒いシミで汚れていた。

夕日でオレンジ色に照らされていると思っていたがその光はどうやら蝋燭の光のようだ。まだ薄暗い光に慣れてない目であたりを見回すとそこには真っ黒なローブの様な衣装を身にまとった何十人もの人。全員が俺をキラキラとした眼差しで見ている。老若男女すべての黒装束が片膝をつき祈りをささげる。そして振り返れば血生臭い祭壇の様なもの。


浅井渉。御年20歳の大台であるがサタニズムの集会には参加したことはない。しかも参拝者としてではなく参拝される側になったこともない。

取りあえず事情を聴こうと口を開こうとするが、それよりも先に黒装束の一団がお経の様なもの唱え始める。

そして階段を上がってくる一人の男。男の手には真っ黒なナイフが握られており階段を上り終えると一礼をし渉に襲い掛かる。

手に握られたナイフの軌道は迷いなく胸に。渉はとっさに右腕でナイフを跳ね上げる。

「いってー」

ナイフの刃の部分を跳ね上げたせいで手首のあたりから血が出てくる。

恐らく見る人が見れば、「こんなのつば付けておけば治るよ、ハハッ」とか言うかもしれない。しかし今の渉はこの訳のわからない状況と目の前にいるナイフを持った男という現状。

死にたくないと渉は思った。

彼はヘルメットを外し死に物狂いで振り回しながら走った。外に出るとそこは山奥の様で周りにはこの建物の他には建物がない。

渉は道なき道を進む、彼自身どこに向かって走っているのかわからない。ただ1つ殺される。という恐怖の概念からただひたすらに山道を走る。

走っていくうちに開けた場所が見えてきた、明らかな人工物、丸太を並べたような壁の様なもの。助かった!そう思ったのもつかの間、渉を襲った浮遊感。落ち着いて歩いていればどうということは無かった。目の前に広がる急斜面、堀の様な形状の溝。彼はそのまま意識を失った。



『おいおい、いきなりの2回目のゲームオーバーかよ。』白い空間のなかの黒い靄がそう声をかける。

『誰だ?』渉は聞き覚えに無いその声に心の中で問う。

『俺が誰かなんてどうでもいいだろ。それよりも、使命を全うするまではがんばれよ』

『使命?使命ってなんだよ!おい!』

靄は渉の問いに答えることなく姿を消す。それと同時に白い空間もパズルのピースの様に崩壊を開始した。

天井、壁、床。バラバラと崩れていく自分の足元の最後のピースが落ちると激しい頭痛が渉を襲う。頭痛が収まり目を開けると体はベットに横たわっていることに気が付いた。


ここは?そう思い上半身を起こす。ライダースーツを着ていたはずなのに今は洋服。見回せばどこかのロッジの様な木造建築の室内。死の恐怖から解放され涙が出てくる。

「よかった」

嗚咽交じりにすすり泣いているとコンコンとノックの音。急いで涙を拭き、はいと短く返事をする。

「具合はどうですか?」

そう言って入ってきた異形の物。頭は犬の様な風貌、しかし体は人間の様に二足歩行。ワーウルフや人狼といった形容がふさわしい何か。身長は170センチほど胸部には服の上からでも女性であると判断できる大きなふくらみ。優しそうな顔つき。しかし渉は初めて見る異様なものに言葉を失う。

「まだ、どこか痛みますか?」

何の返答もしない渉に対し不安そうな、心配そうな声色で聞いてくる。

「い、いや。大丈夫」

何とか声を振り絞り返事をする。

「よかったー。これ置いておきますから落ち着いたら食べてくださいね」

優しい笑み。先ほどまでの緊張が嘘のようにほどけていく。

「あ、ありがとう」

部屋を出るときに軽い会釈をし、彼女は出ていった。

渉は混乱する頭の中今の状況を整理する。


今の現状、流行りの異世界転生やら異世界召喚やらが妥当な位置づけである。

「はは、まさか」思わず思っていたことが口から出る。

しかし確実に言えることはこのままベットに腰掛けていても何も始まらない。

まずはこの世界の事を聞くためにもあの人狼の女の子に話を聞こう。

そう思い渉は扉を開いた。



リビングの様な所へ向かうとそこには先ほどの女の子の他にガタイの良い人狼が椅子に腰かけている。

「おう、起きたか」

ガタイの良い人狼が渉を見るや声をかける。

「助けていただいたようで、ありがとうございます」

「そんな事、俺らも助かったからな」

そう言ってガハハと豪快に笑う。

「俺はシドってんだ、よろしく」

渉の手がまるで子供の手であるかのような錯覚に陥るような大きな手を差し出す。

「渉です」

そう言って握り返す渉。

「よろしくなワタル、こっちは娘のララだ」

そう言って先ほどの女の子を指さす。

渉は会釈をし本題を切り出す。

「すいません、色々とお聞きしたいのですが」



それからこの世界。そしてこの国、タステン王国について、そして昨晩の事を詳しくきいた。

まずこの世界には3つの国があるらしい。ここタステン王国、テネチ王国そしてユロウ王国。通貨は等しく、金貨、銀貨、銅貨。この3つの国は戦時中だというが今は一部を除き停戦条約を結び国交もあるらしい。そしてこの世界にはララたち人狼族の他にもドワーフやエルフと言った種族もいるらしい。


「で、昨日の夜の話なのですが」

話しを切り出そうとした渉だったが、シドの静止により話は中断となった。

「また来たか。ララ!留守を頼む!」

そう言いのこし家を飛び出るシド。そのあとすぐに村中に鐘の音が鳴り響いた。

「こ、これは!?」

「魔獣が来たようです」

魔獣、渉は先のシドの話で聞いている。知能が低く破壊の限りを尽くす生物。形態は色々あるもののすべての魔獣は共通して赤い瞳と角が生えている。

グオオ!と地面を揺らす雄たけびが響く。

窓の外から町を見れば各家から多くの人狼が出てくる。

「私たちも非難しましょう」

渉はララの後を追い村で1番大きく高台に建つ族長の家に向かった。

中に入るとそこに居たのは子供と数名の女人狼。その数名以外は皆戦いへと向かっていた。

渉たちがいる家からは柵に阻まれ外の様子は伺えないが遠吠えの様なものが聞こえる。おそらく戦いが始まっているのだろう渉はそう感じていた。

イヌ笛の様な甲高い音がどこからか聞こえてきた。

「伏せて!」

そう言い頭を鷲掴みにされ地面へと倒される渉。

次の瞬間爆発音とともに吹き飛ぶ柵、再び渉が窓の外を見るとそこには頭から尻尾まで5メ-トルはありそうな極彩色の4つ足の生き物が人狼族と戦っている。そして深紅の様な瞳が渉の方をとらえると共に再び鳴り響く音。

音が鳴りやんだ時には巨大な火球が渉の眼前まで迫っていた。




『おいおい、3回目かよ』

目を開けば渉は再び白い部屋に立っていた。

『死んでしまうとは情けない』そう小ばかにするようにいう黒い靄。

『どうしようもないだろ』

それもそのはず。渉自身はタダの学生。生まれながらに雷を操る力もなければ超人的パワーに成れる赤いスーツもない。

『そこで、お前に提案だ。魔法を使いたくないか?』

『魔法?』

『ああ、必要とされるのは・・・イマジネーションだ』

そして再び崩壊を始める白い空間。

『どういう事だよ!イマジネーションってなんだ!』

渉の叫びに霞が答えることはなく空間は完全に崩れ落ちた。

気が付くと渉の目の前には黒い靄が広がっていた。後ろにはララと子供たち。良く分からないがどうやらこの靄が火球を消してくれたようだ。

靄が晴れるとそこには先ほどと同じく魔獣がこちらを見ている。グオオオという雄叫びを上げ、こちらへと完全に体を向ける。そして首のあたりから何本もの管を突出させ今日1番の大きさの音を上げる。

魔獣はその間にも攻撃を加える人狼族の攻撃など気にも留めない様子で口の中に光源を作る。

「・・・イマジネーション」

渉はそう呟くと窓から外へと出る。

「ワタルさん!逃げますよ!」

「子供たち逃がしてくれ、俺がここは何とかするから」そう言って渉は笑う。

内心は今すぐにでも泣きわめきながら逃げたい気持ちでいっぱいである。しかし振り切れた緊張感と女の子がいるという謎の高揚感によりむしろ冷静であった。

「かかってこいやー!」

そう渉が叫ぶと魔獣は目を見開き口の中の光源を吐き出そうとした。が下あごを打ち上げられそのまま自身の火球により頭部が吹きとんだ。

下あごを打ち上げたのは土の柱。ほんの数秒前まではもちろんそんなものは無かった。これが渉の初の魔法である。




ワタルが再び気が付くと木製の天井があった。

彼は魔法を使うと共に意識を失ったのである。

「ああ、よかった気が付いたんですね!」

渉を温かい毛皮が包む。それはもちろんララだ。

その力強いハグにより渉の背骨がボキボキと悲鳴を上げる。

そのことに気が付いたララは渉を解放。

「魔獣は?」

「今広場で解体されてるので見に行きますか?」

渉はああ、と短い返事をし広場へと連れて行ってもらう。

外はすっかり明るくなり太陽もほぼ真上まで来ている。

渉はララから昨日の被害を聞いた。そして死人が居なかったことを聞き安堵する。




広場に着くとそこには極彩色の鱗に包まれた巨大な肉塊が横たわっていた。

「おお、英雄様じゃねえか」

そう言って肉塊の上にいたシドが渉の横へと飛び降りてくる。

「英雄だなんて、そんな」

「謙遜すんな、お前が居なきゃこの村は全滅だった」

シドが冗談半分で茶化しているのではなく真剣に言っているということはその真剣な瞳から渉にすら感じ取れた。

「で、でも恥ずかしいので普通に呼んでください」

「わーったよ」

そう言って渉の頭をガシガシと撫で大声で皆に知らせる。

「主役が目を覚ました!今夜は宴だ!」

割れんばかりの拍手と歓声、渉はそれが自分に向けられているものだと思うと少し恥ずかしい気持ちになった。




宴のさなか渉は村にあいた穴の元へと来ていた。主役ではあるが皆からのお酌から逃げてきたのだ。

「ふう」

転がっている丸太に腰を掛け一息つく。

ゆらゆらと揺れる松明の明かりを見ながら渉は自分の指に炎が灯るのを想像する。

何もない空間から突如として現れた炎は渉が想像した通り指先に光を宿した。しかし直ぐに霧散し明かりはついえた。

魔法を使うという行為はかなりの集中力を使うようでただ指先に炎を灯していただけにもかかわらず脳の疲労を渉は感じた。

「維持は大変だ」

丸太に仰向けに寝ころがり夜空を見上げる。そこには満点の星空。渉は今までにこのような星空を見たことがない。そんな小さなことで自分の住んでいた世界とは違う場所に居るのだと認識した渉だった。


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