第六十八話 二学期の始まり
ふふふ。私はできた妹だ。
二学期最初の登校日。私はしっかり早起きした。
でもお兄ちゃんは絶対にまだ寝ている。あの朝が弱いお兄ちゃんが長期休み明けに起きれるはずがない!
「お母さん、お兄ちゃん起こしてくるね!」
「ええ、よろしくね」
だって普段から私が起こさないと寝っぱなしだ。しかも起こしてもすぐに二度寝する。
二階のお兄ちゃんの部屋に行くと、案の定ぐーすか寝ていた。
「お兄ちゃん、おーきてっ!」
「んん……」
うつ伏せで寝ているお兄ちゃんの腰にえいっとまたがって、ユッサユッサ揺らす。いつもならこれで起きるけど、夏休みで生活リズムを破壊されている今のお兄ちゃんにはまるで起きる気配がない。
「おーきーてーよー!」
「ん……嫌だ……ぐぅ」
「むう」
こうなったら仕方ない。奥の手を使おう。
「お母さーん! お兄ちゃんの本棚の二段目奥にはブックカバーのついた本が並んでるんだけど実はそれ全部エッチなまん….」
「ストップ美弥。俺はもう起きたぞ」
「エッチな漫画だよー!」
「言い切るなよ!」
「ふっふっふ、起きないお兄ちゃんが悪いんだー!」
わーっと逃げるように部屋から退散した。
◇
美弥に起こされた俺は、朝食を取り、制服に着替え、美弥と一緒に家を出る。自転車に乗って学校に行く時は、大抵美弥と一緒の登校だ。
今日から学校。しかし文化祭の準備があって最後に学校に来たのはたった一週間前なので、そこまで久しぶりにも感じなかった。
ちなみに立也たちとも夏祭り以降一度も会っていなかったため、約一週間ぶりということになる。立也、大和、舞鶴……そしてみう。
「お兄ちゃん」
「…………」
「お兄ちゃーん、聞いてるー?」
「……! っと、悪い悪い、聞いてなかった」
「もう、最近ボーッとしてること多いよお兄ちゃん。特に夏祭り以降!」
ギクッ。
「すまんすまん。それで、何の話だ?」
「ナマコの美味しい食べ方の話だよ!」
「何の話だ?」
・
・
・
学校に着いたのは時間ギリギリだったため、教室に入ってすぐ朝の簡易ホームルームが始まる。
「お前ら久しぶりだな。夏休みは満喫したか?」
担任の質問に対し、クラスメイトたちが各々好きに答えていた。全力で楽しんだと笑う者もいれば何もなかったと嘆く者もいる。
俺はまあ、楽しんだ方だろう。少なくとも去年までに比べれば。
「……」
チラリとみうを見る。何となく顔を合わせづらく、今日はまだ喋っていない。
「よしお前ら、夏休みの話はこの辺で終わりだ。次は夏休みと同じぐらいビッグな話題、文化祭の話に移る」
「「うおおおお」」とクラスの熱気が上がった。みんな文化祭を楽しみにしているのだろう。
「うちの学校の文化祭は、毎年馬鹿みたいに規模がでかい。だから明日からは放課後に好きなだけ文化祭の準備をすることが認められるし、来週からは午後の授業が免除だ。詳しい話は始業式後にするが、お前ら絶対に出し物で手は抜くなよ? うちのこれまでの伝統が台無しになるからな」
「「「はい!!」」」
「良い返事だ。さ、始業式に向かおう」
それで簡易ホームルームが終わる。これからは眠たくて退屈な始業式。
だがこの退屈な始業式こそが学校の始まりを実感させてくれるのだ。
「カズ、久しぶり」
「おう」
ホームルームが終わるや否や、立也が話しかけてくる。前までは学校では距離を置くようにしていたのに、今ではすっかり喋るようになった。
「清水っちー、おはよー!」
「おす。大和は相変わらず元気だな」
「おう! やっぱ学校来るとマジテンション上がるわ!」
立也以外にも話す男子ができて、
「カズ、おはよう」
「お、おう。おはよう」
あろうことか意識する相手もできてしまった。まだ遊園地のあの日から三ヶ月しか経っていない。
それだけでこんなに変わる。次の三ヶ月間……つまりこの二学期の間では、一体どれだけ変わるのだろうか。
そんなことをこの時の俺が知るはずもなく。
「あ、おはよう」
「メガネくん。奇遇だな」
「まあ始業式の時は、クラスが違ってもみんな同じ場所へ向かうんだから、廊下で会うのもおかしくないよ」
「だな」
今日までの濃い三ヶ月間に比べれば、少しは薄まるだろうと軽い気持ちで考えていた。だがそんな考えは甘かった。
――私、天橋くんの下の名前呼ぶの諦める
――私にとってそれは、違う意味を持つから
過去を知り、
――お悩み解決部は、清水のやりたいことだったか?
自分と向き合い、
――カズ、あのね……
大切なことを思い出す。
暑い夏は過ぎ、秋が来て、やがて世界は色付いて行く。それは止められず、止めてはいけない、みんなの歩み。
二学期が、始まった。