第六十五話 抜け道
――今から戻る
――神社に集合
みうのWINEは簡素だ。俺も絵文字等を使うタイプではないので仲間意識を感じつつ、「了解」と返す。
元々神社にいる俺たちとしてはちょうど良い集合場所だった。
「お姉ちゃんたち、ここに来るって」
「分かったー!」
それから五分ほどして、二人の女子が境内にやってくる。遠目に見てどちらも浴衣姿だったので、みうたちではないなと視線を外しかけ……
「……!」
見慣れたみうの顔と浴衣姿が目に止まって、彼女たちであることに気づいた。
「お待たせ」
「おう。言っても、さっき舞鶴たちと会って暇をつぶしてたから、そんなに待った気はしないな」
「そうなんだ」
みうと言葉を交わし、そして北野に目を向ける。目を伏せがちな、浴衣姿の北野に。
すると向こうもこっちを見て、目と目が合った。
「……な、何よ」
「いや、浴衣になってたから驚いて」
「悪い?」
ギロリ。
「んなことは一言も言ってないだろ」
野生の獣のような目を向けられ萎縮する。怖い。
「……で、ど、どう?」
「どうって……」
目を逸らして尋ねてくる北野。その浴衣を改めてよく見る。
白を基調とした生地には桃色のストライプが走っていた。桃色は柄となる牡丹にも使われていて、全体を可愛らしく彩っている。
そしてところどころ、寒色系の色もアクセントに使われており、牡丹の中には薄紫色のものもある。更に水色の葉っぱが細部に散りばめられていてバランスを取っている。
率直に言って、
「まあ、綺麗だと思う」
「……あっそ」
ぷいとそっぽを向かれた。北野が冷たいのはいつものことだ。
「うん、そら姉ちゃん綺麗ー!」
「こんなに綺麗なそら姉ちゃんはじめて見たー!」と、無邪気に喜ぶ満くんには笑顔を向けている。微笑ましい兄弟のやり取りを見つつ、みうにこっそり話しかけた。
「北野の着替えに行ってたんだな」
「…………」
「みう?」
しかし返事がない。どうしたのかと振り向くと、分かりやすくつーんとそっぽを向いている。
まさかの、北野だけでなくみうも冷たかった。
「えっと、どうしたんだ?」
「別に、何でもない」
「…………」
絶対に何でもないことはない。みうがこんな態度を取るのは珍しい。
……も、もしやこれが女心クイズ?
だとしたら教えてくれないことにも合点がいく。何より不機嫌そうな女子の何でもないが本当に何でもなかったことがこの世にあるだろうか。
満くんに感謝だ。知っていなければ危うくスルーしてしまうところだった。
考えろ俺。少なくともさっき合流した時点ではみうの態度は普通だった。
だったらその後のやり取りに何か原因が…………あ。
「……あー、その、だな」
「?」
合流してから交わした言葉など少ない。だからすぐに何がダメだったのか分かった。
「これはあくまで、俺個人の意見で、他の奴がどうかは知らんが」
だがそれを言うのは、何故か北野に言うよりもずっと照れ臭く、
「今日俺が見た浴衣姿の中じゃ、まあ、なんだ。その」
かなり回りくどくなってしまった。
「みうのが一番……だった」
「!」
みうの顔が微かに……本当に僅かにだけ赤らむのを見て、俺も気恥ずかしくなり目を逸らす。
つまり、北野だけを褒めるのが良くなかったのだろう。二人の女子がいてその片方だけを褒めると、じゃあもう片方は……となって不味いのは俺にも分かる。
今回の場合は北野に感想を求められてそれに答えただけ。だから理不尽を感じないでもない。
でも立也ならきっと、「みうも似合ってるよ」ぐらいのことはサラリと付け足すはずなので悪いのは俺なのである。
イケメンはそうやって男の対応力のハードルを上げていく。やはり許すまじ。
「ねえ、そら姉ちゃん。あの二人ってやっぱり……」
「ええ、そうね」
北野兄弟が何を言っているのかは聞き取れない。
「さ、もう行こうぜ。花火が上がるのは半からだって聞いたからもうすぐだ」
気恥ずかしさを隠すため移動を促す。
「あ、それなんだけど」
すると北野が軽く手を上げた。
「さっきレンタル着物店の人が教えてくれたことがあってさ。この神社の裏に抜け道みたいなのがあって」
「そこから花火がすごく綺麗に見える秘密の場所に出れるみたい」
◇
俺たちの集合場所となった神社は山に面していた。何が言いたいのかというと、神社裏の抜け道とはつまり、
「ここを行くのか?」
「そうらしいわよ」
山道である。とは言っても比較的なだらかな傾斜で整備もされているので、歩き疲れはしないだろう。
「見せてもらった写真通り」
この程度なら下駄を履いている北野とみうでも歩くのに支障はない、と思う。二人とも器用なのか、ここまでも全く歩きづらそうにしていないからだ。
しかし。
「……ちょっと、暗いな」
「一、二分しか歩かないって言ってたし、我慢できるでしょ」
暗かった。星と月の明かりのおかげで足元が見えないということはないが、木々が邪魔をして視界は狭いし、人工的な光がないとそれだけで恐怖心を煽ってくる。
「まあ、俺はいいんだが」
振り返ると、みうが口元を引き締め突っ立っていた。
「みうが暗いとこ苦手なんだよ」
「……私は、大丈夫」
「嘘つけ」
少し震えてるのが分かる。これでは酷だし、人混みに紛れて花火を見る方がまだ良い。
「だったら、カズが」
しかし、
「……手、握ってて」
「「「!?」」」
思いもよらぬ発言が飛びだす。
「そしたら、安心できる」
……まあ、手を握っててもらうと安心感があるというのは分かる。だが、
「べ、別にそこまでしてこっちに行かなくても……ぐほっ!」
エルボーが脇腹に飛んできた。北野の肘。
「あんたの返事ははいだけでいいの」
「は、はい」
理不尽だ。俺に発言権がない。
「さ、行くわよ。清水、伊根町の手離したら許さないから」
「はい」
ちょっとした暗闇よりよっぽど北野の方が怖いので素直に従う。みうの側に行き、手を差し出した。
「……ほら」
「……うん」
みうの手が触れる。視線は合わせずに、そっと繋いだ。
温かく、柔らかい。
「あー、手汗とか、嫌だったら言ってくれよ」
「嫌じゃない」
「いや、まだかいてないんだが」
「嫌じゃ、ない」
「……そっか」
それなら、安心だ。
「レッツゴー!」
元気に満くんが先陣を切る。その後ろを北野がついていき、最後尾を俺とみうがついていく。
手を引っ張ってしまわないよう、歩速を合わせて、少しずつ歩く。
「…………」
「…………」
手の感触に意識を持っていかれて、何を喋れば良いのか分からなかった。口を開こうともせず、ただ黙々と、足元に気をつけて進む。
するとまたあの感覚が押し寄せてくる。周りの音が遠ざかっていく感覚。
代わりによく聞こえるのは、やはり自分の心臓の鼓動。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
波打つ音が激しい気がする。これでは繋いだ手を通してみうに伝わってしまいそうだ。
抑えようとしても抑えられず、徐々に繋いだ手が湿り出す。
「……カズこそ」
みうがようやく口を開いた。
「私の手汗、嫌だったら」
「嫌じゃない」
「……そう」
「そもそも」
「?」
「これがみうの手汗なのか俺の手汗なのか、もう分からん」
絶対に俺もかいている。普段かかない汗を。
軽く繋いでいるだけでこれならば、もしもちゃんと握ったらどうなるのか。と思った矢先に。
ギュッ。
「!」
みうの握る力が強まった。振り向いてみうの方を見ると、俯いていて表情が窺えない。
やっぱり道が怖いのだろうか。
暗さのせいで、みうの顔がこれまでになく赤く染まっていることに気づかなかった俺は、そんな的外れなことを考えた。
「…………」
みうの不安を飛ばそうと、俺も少し握り返す。
「!」
互いの手を握り合うと、より強く相手の存在を感じる。どうして世のカップルが手を繋ぎたがるのか理解した気がした。
汗はもっとかくようになったが、力を緩めはしない。北野には離したら許さないと言われたが……
離す訳、ない。
しかしそんな時間も一瞬だ。そうこうしているうちに道を抜ける。
「わ、広い!」
「これも写真通りね」
光がよく差す場所で、ここならあまり暗くなかった。そして聞いた通り見晴らしが素晴らしく、人も全くいない絶景スポットである。
地面にはまばらに花が咲いている。
「…………」
「…………」
もう道は抜けた。でもまだ、俺とみうの手は繋がれたまま。
自分から離そうとする意思がどうしてか生まれず、みうから手を離すのを待つ。しかし一向に離そうとする気配がない。
「…………手」
「あ、ああ、悪い」
その一言で我に返り、そっと離した。ずっと握っていて、気持ち悪い奴だと思われたかもしれない。
「あー、大丈夫だったか?」
「うん。帰りも、よろしく」
「お、おう」
そうか。戻る時も同じ道を通るのだ。
手を離して一度落ち着いた俺だったが、それを聞いてまたドキドキし始める。と同時に、今更になって思い立った。
手を握るのは俺じゃなくて北野兄弟のどちらかとではダメだったのかと。
「あ、そうだお姉ちゃん!」
満くんがみうに先に話しかける。
「なに?」
「ちょっと、こっち!」
二人は離れた地点に行ってしゃがんだ。
「どうしたんだ?」
「さあ」
北野も分からないらしい。満くんとみうが何を話しているかも、ここからでは聞き取れない。
「お姉ちゃん。お兄ちゃんのこと好きなんだよね?」
「……うん」
「あとこの花火の噂知ってる?」
「男女が二人で見たら、結ばれる」
「そうそれ! 知ってるならさ、お姉ちゃんもお兄ちゃんと二人で見たいでしょ?」
「うん」
「だから僕とそら姉ちゃんで協力して、ちょっと離れておくから、お兄ちゃんと二人で見なよ!」
「良いの?」
「もちろん!」
「ありがとう。君は、良い子……あ」
その時、ヒュ~ンと光が尾を引いて空に昇っていき、
「え?」
パーンッ!!
花火が上がった。