第六十三話 豆知識の披露にはご用心
「行っちまったな……」
みうが肩をとんとんと叩いてきて、「少し離れる。また、連絡する」とだけ俺に告げ、何か返事する間も無く北野を連れてどこかへと去って行った。
「もういつ花火上がってもおかしくないんだが……」
ついさっき八時を過ぎた。
「そら姉ちゃんたちどうしたんだろー?」
「さあな」
「……はっ! これはもしや女心クイズ!?」
「女心クイズ?」
何やら聞き慣れない言葉だ。
「聞いたことがあるんだ。女子は突然、男子を女心が理解できてるかどうか試すことがあるんだって。それに間違えば最後……」
「最後?」
「女子の間で『あいつは気が利かない』とか『あいつは気持ち悪い』とかそんな悪口を流されるらしい」
「な、何て恐ろしいクイズなんだ」
「噂では『口が臭い』と広められた男子も……」
「女心関係ねえじゃねえか」
それはあまりにも可哀想だ。俺なら軽く女性不信になる。
てか本当にあるのか女心クイズ?
「お兄ちゃん、ここは間違える訳には行かないよ!」
「お、おう」
「状況から推測するんだ。まずそら姉ちゃんたちは何も言わなかった。つまり僕たちには知られたくないということ!」
「…………」
もしもこれが満くんの言う通りクイズだったならば、そりゃ言わないだろうと思ったが、ここは口を挟まない。
「男子に知られたくない何か! たくさん立ち並ぶ食べ物の屋台! それらを全て回る勢いで食べ続けていた伊根町お姉ちゃん! ここから導き出される結論はそう!」
「うんこだ!!」
「こら大声でそんなことを叫んじゃいけません」
小学生フルスロットルである。
「真実はいつも一つ!」
「…………」
「うんこはいつも一つ!」
「そんなことはないだろ」
どんだけ快便だ。
「これで女心クイズにはごうか……わっ、どこ行くのお兄ちゃん」
「人気のないとこ」
下品な言葉で周囲から注目を集めてしまっていたので、そそくさとその場を後にした。
◇
まつりの起源は神様を祀ることにある。現在でも地鎮祭や祈願祭など神様を祀るためのまつりは残っているが、信仰の薄れた現代日本において神様あるいは神霊といった存在のためにまつりに参加する者はほとんどいなくなったと言っていい。
つまりはまあ、人のまつりへの認識は祀りから祭りとなった訳だ。しかし地域を挙げて行われる祭りには、今もなお神様の祀りとしての側面が残っていることも。
それはどういうことかというと……
「うわあ、夜の神社って雰囲気すごいね!」
「だな」
祭りの開催場所に神社があることは多い。今回もそうだった。
花火の上がる場所からは少しズレているためか、人はまばらにしかおらず、ここならゆっくりと落ち着けそうである。運動不足がたたって歩き疲れていたので、みうも北野もいない今のうちに一休みだ。
ブレステ4の入った袋も重い。
「鈴鳴らそ! 鈴!」
「……りよーかい」
が、満くんに休ませてくれる気配がない。手を引っ張られてフラフラと歩き、神社ならではのどでかい鈴の前にやってきた。
鈴からは腕よりも太い紐が垂れていて、その少し奥には賽銭箱がある。
「よし、いくね!」
「ちょっと待った」
満くんがいきなり鈴を鳴らそうとするので、それを制止し、ポケットから財布を取り出して百円玉を賽銭箱に投げ込む。
「どうせなら賽銭入れて願掛けだ」
「百円も!? いいの!?」
「もちろん」
「じゃあ鳴らすね!」
「おう」
シャンシャンシャラシャン!
満くんが紐を掴んで前後させると、鈴が愉快な音を立てる。パンッ、パンッと手を叩いて神様に願った。
ドラ○えもんが現れますように!!!
……冗談だ。半分本気だが冗談だ。
今すぐ何かを願うとすれば、立也が舞鶴を好きになりますようにとか、そんなところだろう。
「満くんは何願ったんだ?」
目を開けて満くんに話しかける。
「埋蔵金が見つかりますようにってお願いしたよ!」
「埋蔵金……」
まさかのお願いである。
「宝くじとかじゃないんだな」
「だって宝くじなんて買わないしさ。それなら時々砂場で砂掘りする分、埋蔵金の方が可能性あるでしょ?」
「……確かに」
宝くじは買わなければ当たらないので、その0%に比べれば埋蔵金の方がまだ良いのかもしれない。
「大金が入ったら買うもの決めてるのか?」
「うん」
「お、なんだ?」
「ブレステ4!」
「!」
如何にも小学生らしい回答だ。
「僕、友達の家でしかゲームしたことなくて、家にもあったらなあって思ってたの」
「…………」
さて、どうしようか。
満くんの欲しいもの。ブレステ4。
そして俺が今持っているもの。ブレステ4。
うん、どうすべきか。
「? どうしたのお兄ちゃん?」
「いや……」
満くんは袋の中身を知らない。なんと答えるべきか逡巡していると……
「あれ、清水くん?」
「?」
俺の苗字を呼ぶ声が聞こえた。
「あ」
振り返ると、そこにいたのはメガネくんと舞鶴である。二人は並んでこちらへと歩いてくる。
「偶然だねこんなとこで」
「だな」
「お願いでもしてたの?」
「ああ。時期外れにも程があるが、休憩ついでにな」
「そっか。で、この子が……えっと、北野さんだっけ? の、弟さん?」
「おう。ほら、挨拶」
「北野満……探偵さ!」
「??」
すっかり女心クイズに正解したつもりの満くんは名探偵気取りである。
「よく分からないけど、僕は伏見健太。よろしくね」
「うん、よろしく!」
屈んだメガネくんが満くんと握手を交わす。
「この人は伏見お兄ちゃんの彼女?」
「違うよ。彼女は……」
「舞鶴彩です。よろしくね」
にっこりと、優しく微笑みかける舞鶴。「うわー、綺麗なお姉さん!」と満くんのテンションが上がっていた。
「さっきのお姉ちゃんといい、お兄ちゃんって可愛い女の子の知り合い多いんだね!」
「ま、そうだな」
「でもそら姉ちゃんも負けてないけど!」
「はは。それもそうだな」
謎の対抗意識を燃やす満くん。お姉ちゃん贔屓が微笑ましい。
が、一番可愛いのは美弥だと決まっているため、いくら舞鶴に対抗意識を燃やそうとそれは二番手を決める戦いにしかならないのである!
「ねえ清水くん。みうは?」
「北野とどっか行った。また戻ってくる時に連絡するって」
「そうなんだ」
舞鶴はどこか解せなさそうだ。北野とみうには接点がないからだろう。
「メガネくんたちはどうしてここに?」
「僕たちも休憩だよ。今さっきおばあちゃんから連絡があって、結局花火は八時半まで延期するらしくてさ」
「そうなのか」
「うん。後でみんなにも連絡するつもりだったんだけど」
今から約三十分。それだけあれば、みうたちも間に合うだろう。
「てかさ」
「?」
ちょいちょいとメガネくんが手招きしてくる。ちょっとついてきて、のジェスチャーだろう。
どうやら舞鶴たちには聞かれたくないらしいので、舞鶴と満くんからは離れて神社の端の方に行く。
「どうしたんだ?」
「女子と二人って何話せば良いの!?」
メガネくんの表情は迫真だった。
「全然会話長続きしないんだけど!!」
「お、おう」
こんなに必死なメガネくんは初めて見る。
「そもそも僕あんまり舞鶴さんと接点ないしさ! 何の話題がいいかも分かんないし! いや、接点あろうとなかろうと女子と二人っきりで会話なんて無理なんだけどね!!??」
「は、はい」
「イケメンじゃない人はさ、きっとこういう時にコミュ力とかで挽回しなきゃダメなんだよ。でも実際ね実際? イケメンは女子の方から話しかけに来てもらえるんだからさ、必然的に女子と話す機会も増える訳でしょ? となると女子との会話経験値も溜まって行くんだし結局イケメンの方がコミュ力も上がるんだよね!」
止まらない。メガネくんの負の感情が止まらない。
こんなに止まらないものは他にカルピーのカッバえびせんぐらいしか知らない。
「じゃあもう僕みたいなのはキョドることしかできない訳で! 心臓破裂しそうになりながら汗かくしかない訳で! 涙流してチー牛食うしかない訳で!」
「落ち着くんだメガネくん!」
チー牛は関係ない。
「だいたい、そんなに酷かったのか?」
「ふっ……」
メガネくんが小さく笑い、自然な流れで回想に移る。
・
・
・
「…………」
「…………」
「……きょ、今日、晴れて良かったね」
「ね! 花火も雨だったら中止だろうし」
「そ、そうだね」
「楽しみだなー。君はさ、ここの花火見たことあるの?」
「え、あ、うん」
「やっぱり! 綺麗?」
「う、うん」
「そうなんだ。早く見たいね」
「うん……」
「……えっと」
「…………」
「…………」
・
・
・
メ、メガネくん。
酷い、酷すぎる。途中からうんしか言ってない。
「こんな有様さ……」
「ドヤ顔で言われても」
勝ち誇ったというよりは負け誇ったような顔をしている。
「自分から話しかけても二の句が継げない。でもね、こんな一回だけでめげる僕じゃない。他にも勇気を出して話題を振った時はあったんだ……」
二度目の回想に移る。
・
・
・
「りんご飴、食べよっかなー」
「あ、り、りんご飴ってさ、お祭りでばかり出るけど、発祥は日本じゃなくてアメリカなんだって」
「そうなの!?」
「うん。クリスマス商戦に向けて作られたらしいよ」
「へー、メガネくんって物知りなんだ! それで、どうして日本のお祭りで出るようになったの?」
「え? えっとそこまでは……知らなくて……」
「あ、そ、そうなんだ」
「…………」
「…………」
・
・
・
メ、メガネくん!
凄惨だ。ちょっとした雑学をひけらかそうとして、でも触りしか知らないから深く質問されると答えられない。
「いやさー、知識を披露するなら、ちゃんと勉強してからじゃないとダメだよね。好感度と引き換えに教訓を得たよ。ハハ」
「一つ成長したな」
失敗を繰り返して人は大きくなっていく。
「清水くんは伊根町さんとどうやって会話もたせてたの?」
「いや、こっちはみんなと別れたあとにすぐ満くんと会ったから、ほとんど二人きりの時間はなかった」
「あ、そっか」
メガネくんの惨状から考えて、満くんと早々に出会ったのは僥倖だったのかもしれない。
「ま、何にせよお疲れさん。そこに自販機あるからジュース奢るぞ。労いついでに」
「ありがとう。そういえばまだ奢ってもらってなかった」
今日出会った時に奢ると約束しておきながら奢っていなかったので、ちょうど良い機会だと自販機に向かう。お金を入れて、メガネくんの指差した飲み物のボタンを押す。
ジュースではなくお茶だ。
ガコンッ。
「選ばれたのは綾ホークでした」
「なんで英語だ」
「商標権に配慮して」
「このぐらいなら配慮しなくてもセーフだろ」
もう一度お金を入れて、今度は自分の分の飲み物を買う。
ガコンッ。
「俺はまだ十六だから」
「十六ティー」
「配慮するなら十六の方を英語にすべきじゃないか?」
くだらない話をしつつ、更にお金を入れる。
「あれ、まだ買うの?」
「満くんにもな」
満くんは小学生なので、お茶ではなくテキトーなジュースを買う。
「よし、行くか」
「舞鶴さんの分はいいの?」
「あいつの分はいらん」
「あはは、清水くんって舞鶴さんにちょっと冷たいよね。それなら僕が買おっと」
結局メガネくんもお金を出した。
ガコン。
「Hey! お茶」
「ちょっと面白いじゃねえか」
くすりとしてしまった自分が悔しい。舞鶴たちの下に戻って、買った飲み物を各自に渡す。
「わー、ありがとお兄ちゃん!」
「ありがとう」
満くんは俺に、舞鶴はメガネくんに礼を言う。やっぱり舞鶴は俺以外にはあっさりと礼を言うらしい。
そう、俺に対してだけなのだ。冷たいのは。
舞鶴の態度が俺に悪いのは、最初は俺のスクールカーストが低いからだとかそんな理由だと思っていた。でも違う。
おそらく、何か明確な理由がある。だからと言って何をするでもないが。
「何? 清水くん?」
「いや、何でもない」
外行きモードの舞鶴を見ていると視線に気づかれたので軽く流した。その後は四人で少し雑談して、休憩の終わった舞鶴たちが先に神社を出ていくことになる。
俺と満くんはみうから連絡があるまで待機するつもりだ。
「じゃあね!」
「おう」
メガネくんたちと別れて、しばし満くんと二人で過ごす。花火まであと十分ぐらいになったところで、
ピロン。
――今から戻る
ようやくみうから連絡が来た。