第六十二話 似合わなくていい
私生活に少し余裕が生まれたので更新を再開します。
待っていてくれた方はいるのでしょうか……?
何の因果か、清水たちと行動することになってしまった。
「満くん。俺の側を離れるんじゃないぞ」
「はーい」
清水が満の隣につく。満があっちこっちに動くので振り回されていた。
清水が片手に持つ袋はそこそこ大きく、中身は知らないが重そうだ。
「清水、満は私が面倒見るから……」
「いいって。北野は自分が楽しむ暇なかったんだろ? せっかくなんだし北野も楽しめ」
「で、でも……」
「お兄ちゃんあれ何ー?」
「あれはトルネードポテトだ」
二人がトルネードポテトの屋台へと向かう。私が言うのもおかしいが、はたからはまるで兄弟に見える。
満たちとはぐれないよう、私と伊根町も歩き出した。
「……清水って面倒見良いんだね」
「カズは、妹もいるから」
「ああ、そうだった」
「……知ってたんだ」
「前にスーパーで偶然会っただけ。安心して。清水と私は何もないよ」
「なら良かった」
表情の変化が乏しい伊根町の姿を、じっと見つめる。彼女が着ているものには見覚えがあった。
「……伊根町だったんだ」
「?」
「その浴衣」
軽く指差す。
「実はさっき、満と歩いてる時に見かけてさ。そん時は伊根町だって分からなかったんだけど、浴衣が似合ってて綺麗な人だなーって思ってた」
「ありがと」
褒めると、少しだけ嬉しそうな顔を見せる。
「…………」
突然だけど、私は同性の友達が昔からいない。避けられてるとかじゃなく、いつも憧れのような目を向けられるのだ。
曰く、
――北野さんってかっこよくてクールだよね!
らしい。それがみんなの共通認識なようで、対等に接してくれる子は全然いなかった。
だから、今こうして伊根町と並んで歩いてる時間が少し楽しい。彼女の私を見る目に憧憬の色はない。
まるで女友達だ。
だからちょっと、したくなる。恋バナとか。
「清水には褒めてもらった?」
「どうしてカズ?」
「だって好きなんじゃないの?」
「……そんなに、分かりやすい?」
「さっきの様子見てればね。それにデートじゃなくたって、好きでもない男子と二人で祭りなんて歩かないでしょ」
「二人なのは、色々あって」
「そっか。それで、褒めてもらったの?」
「……まだ」
「ふーん。やっぱあいつ気が利かないんだ」
「気は利く。けど……鈍感」
「はは。確かに鈍感そう」
伊根町が不満げにそう言う。イメージ通りだ。
「アプローチにも、気付いてくれない」
「罰がいるね」
「向こうからは、何のアプローチもないし」
「極刑だ」
「私……恋愛対象として、見られてないのかな」
「そ、そんなことないって!」
目に見えて落ち込んでいく。何とか励ましの言葉をかけようとするも、恋バナ経験も自分が恋をした経験もないので、何と言って良いのか分からなかった。
結局、「きっと、あいつに女子にアプローチする度胸とかないだけだよ」と、清水を下げることでフォローする。でもフォローのためにフォロー相手の好きな人を悪く言うのは微妙に間違ってる気がする。
落ち込んだままの伊根町。注意が散漫になっていたのか、つまずいて体勢を崩していた。
幸いにも転びはしなかったのでケガはない。
「大丈夫?」
「うん」
「良かった」
でも、ちょっとしたことでつまずいてしまうということは……
「……ねえ、やっぱり浴衣着てると歩きにくいの?」
少し気になった。
「着たことないの?」
「……うん」
「それは、珍しい」
「浴衣って、買うのはもちろん借りるのも結構お金いるしさ。うちにそんな余裕ないから」
笑って誤魔化す。
「それに私が着ても似合わないだろし」
「どうして?」
「え?」
「どうして、似合わないと思うの?」
「だ、だってそれは……」
伊根町が心底不思議そうに見てくるものだから、少しだけ言葉に詰まる。
「私って男勝りしてるでしょ? だからさ、浴衣みたいな可愛いのは似合わないって」
「? よく分からない」
私の言いたいことは、伊根町には全く伝わらなかった。
「浴衣は、どんな女の子にも似合うと思う。だって可愛い」
「だから、可愛すぎるから私には似合わないっていうか……」
「私は、北野も似合うと思う。絶対」
「!」
それは、ずるい。
伊根町の言葉はお世辞を感じさせなかった。
「でもほら、さっきも言ったけど、うちは貧乏だから浴衣を着るなんて贅沢できないし……どうせ着れないんだったら、似合ってるとか似合ってないとか、ね? どっちでも良いでしょ?」
「良くない」
「……! ご、強情だね」
「それが私の取り柄」
少し自慢げに伊根町は言うが、褒めたつもりはない。
「……なんで、良くないの?」
「それは」
そう尋ねると、伊根町は私の目を見て言った。
「北野が無理して言ってるって、分かるから」
「!!」
無表情のまま見つめられると、全部見透かされているような気分に陥る。
「そ、そんなの、分からないでしょ。私が無理してるかどうかなんて、私にしか……」
「分かる。無理してる人はすぐに」
「どうして」
「それは……」
伊根町が僅かに目線を下げる。
「ずっと、見てきたから」
「?」
言っている意味がよく分からなかった。でも伊根町の表情はどこか曇っていて、聞き返すべきじゃないことをなんとなく察する。
「北野は……」
黙っていると、伊根町が顔を上げてもう一度目を合わせてくる。
「着たくないの?」
「え」
「浴衣。着たい?」
「う、ううん。着たくない。だって、似合わないし」
またここに話が戻ってくる。
「じゃあ、似合うとしたら、着たい?」
「!」
その質問の仕方も、ずるかった。そんなのはいと言わせようとしているようなものだ。
それが嫌で、私はつい声を荒げてしまう。
「も、もういいの!」
「!」
「似合わなくて、いいの」
すぐに乱れた心を落ち着けた。
「オシャレとか、可愛い服とか、そういうの全部、私には似合わなくていいんだ」
小さく笑う。
「女の子らしいものなんて自分には向いてないって、そう決めつけたら、お金がなくても我慢できたから。どうせそういうのにお金をかけたところで、意味はないって思ったら、耐えられたから」
「だから私は、それでいいの」と、最後に続けた。それが本音だ。
自分には似合わないと決めつけてしまえば、オシャレに回すお金がなくたって諦めてしまえる。もうこれ以上、このことには追求しないで欲しかった。
それでも伊根町は、
「私が聞いてるのは、着たいかどうか、だけ」
曲げずに言葉をぶつけてくる。
「そんなの……」
だからもう力が抜けて、頑固だったところが消えて、言ってしまう。
「着たいに、決まってるよ。私だって、オシャレしたいもん」
「じゃあ、着よう」
「……え?」
「すぐそこに、借りれるとこがあるから。私もあやも、そこでレンタルした」
伊根町は私の手を握ると、引っ張って行こうとする。
「ま、待って! だから私にはそんなお金ないって」
「お金は、大丈夫」
「大丈夫って、伊根町が払うつもり? そんなのなしだからね。人に迷惑かけてまで、私は」
「違う」
「? じゃあ……」
「これ」
伊根町は懐から、すっと小さな封筒を取り出した。封筒の表面には何か書いてあるが、今は夜。
いくら祭りで明るいとはいえ小さな文字までは読めない。
「それはなに?」
「レンタル着物券」
「!」
「さっき、くじで当たった」
「私たちにはもういらなかったから、ちょうど良かった」と言って、私の手を握ったまま再び歩き出そうとする。
「ど、どっちにしろ待って!」
「どうして?」
「ここを離れるなら、清水と満に言っとかないと」
「……それは、そう」
ホウレンソウは大切だ。