第六十一話 北野兄弟は無事合流できました
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三人並んで北野を待つ。道行くおばあさんが、そんな俺達を見て「まあ」と声をあげた。
「若いお父さんとお母さんねえ」
そんな独り言を言いながら立ち去っていく。どうやら俺達三人を親子だと思ったらしい。
俺とみうは高校生で、満くんは小学生高学年ぐらいの背丈。兄や姉ならともかく、親子と勘違いされることには思う所があった。
……俺って老けてるのか?
「お父さんとお母さん……」
思う所があったのはみうも同じらしい。少し照れたように復唱していた。
きっと老けて見られて恥ずかしかったのだろう。俯くみうを尻目に、今度は満くんに目を向ける。
するとあることに気づいた。彼の目線が、ずっとある方向に固定されていたのだ。
その視線の先を辿ると、そこには金魚すくいの屋台が。今も小さい子供が、「破れたー」と穴の空いたポイを悔しそうに見ている。
「やりたいのか? 金魚すくい」
「!!」
満くんに声をかけると、彼は驚いたように目を見開きこっちを見てきた。
「やりた……! けど、お金ないし……」
やりたいと叫ぼうとして、すぐに口をつぐむ。俯いた満くんはどこか寂しそうだった。
我慢しているのが一目でわかる。
「やりたいんだな」
満くんの手を取った。
「え?」
「ほら、来い」
「え? え?」
そのまま俺は歩き出す。満くんがバランスを崩してこけないよう、軽く引っ張りながら金魚すくいの屋台まで向かった。
後ろからは、黙ってみうもついて来ている。
「おじさん、金魚すくい一回」
「はいよ。四百円ね」
財布から千円札を取り出し、屋台のおじさんに渡した。代わりに受け取ったのは六百円のお釣りと一本のポイ、そしてすくった金魚を入れる用の水の入ったお椀だ。
「ほら」
六百円は財布にしまい、お椀とポイは満くんへと突き出す。
「い、いいの?」
「もちろんだ」
「!!」
不安そうに見上げる満くんの問いに頷き返した。途端に彼はパッと顔を明るくさせる。
「ありがとう! 僕、金魚すくいするの初めてなんだ!」
「マジか」
「うん!」
それには驚きだった。満くんぐらいの歳なら、誰もが一回はやったことがあるもんだ。
もちろん金魚すくいに興味がなくてしたことがない、という人もいるだろうが、彼のようにやりたいのに経験がないというのは珍しい。ちっさい頃にやってみて、一瞬で破れて泣きを見るまでがテンプレだ。
「よーし」
満くんは肩を回し、気合を入れて水槽の前に立つ。さっとしゃがみ、水槽の観察を始めた。
泳いでいるのは多くの和金と少しの出目金。レアな出目金はまさにこの屋台の目玉なのだろう。
金魚すくいに集中している満くんから目を離し、みうに小さく話しかける。
「満くんを見ててやってくれ。俺は北野が通らないか周りに注意してるから」
「分かった」
こくりと頷いたみうは、満くんの隣に行くと彼と同じようにしゃがんだ。するとどうだろう。
みうのうなじが、はっきりと見える高さになる。じっと見てしまいそうになるのをぐっとこらえ、俺は辺りに気を配った。
……チラッ。
時々、目を向けることはしたが。
「ねえ、お姉ちゃん。どれが狙い目かな!?」
「やっぱりここは、出目金」
「だよね!」
満くんの表情を俺の位置から確認することはできないが、ウキウキとした声色から楽しそうなことは伝わって来た。喜んでもらえて何よりだ。
俺にとってはなけなしの四百円だったが、こういう使い方が一番だろう。多分そうだ。
「うわー、破れたー!」
北野が通った時に見逃すことのないよう雑踏を眺めていると、背後から満くんの悲鳴が聞こえて来た。どうやらポイが破れたらしい。
「うう、一匹も取れなかった」
「もう一回、やる?」
悔しそうに落ち込んでいる満くんに、みうがそう聞いた。金魚すくいを初めてやるという満くんに、一匹ぐらいは取らせてあげたいと思ってるのかもしれない。
「え! でも、さすがに……」
「大丈夫。お金はある、から」
満くんがイエスと言う前に、もうみうは財布を取り出していた。四百円ぴったりあったらしく、百円玉を四枚おじさんに渡す。
「お、嬢ちゃんは美人さんだねえ。よし、おまけにもう一本あげよう!」
やはり可愛いというのはそれだけで得らしい。おじさんは鼻の下を伸ばしていた。
「ほい、坊主。次はちゃんと取れよ?」
一本のポイはみうに、もう一本は、おじさんが直接満くんに手渡していた。満くんは元気に「うん!」と頷くと、再び水槽と向き合う。
そんな光景を微笑ましく思っていると、ポケットのスマホがブーブーと震え出した。誰からの着信だろうと見てみると、表示されていたのは大和の名前だ。
「おう、どうした?」
すぐに電話に出る。
「清水っち! 北野、見つかった!」
「ほんとか?」
「うん、今変わる」
「ほい、北野」と受け渡しの声が少し遠くに聞こえたのち、「もしもし」と北野の声が続いた。
「満、清水といるってほんと?」
「ああ」
「良かった……」
ほっと安心したような北野の声。
「満と代わってもらえる?」
「あー、今満くんは金魚すくいに集中してるから少し待ってくれ」
「分かった。って、え? 金魚すくいって、誰のお金で……」
「みうのだな」
「……後で返すって、言っといて」
「おう」
北野は、その辺はキチンとしたい人間らしい。俺が彼女の立場でもお金は返すと思うので、みんなそんなもんかもしれないが。
「また失敗した!」
その時、ちょうど満くんが一本目のポイを破ってしまう。二本目をみうから受け取ろうとするところに割り込んで話しかけた。
「満くん。お姉ちゃんから電話だ」
「ほんと!?」
スマホを満くんに渡す。
「もしもし、そら姉ちゃん?」
「満!」
「もー、そら姉ちゃんったら迷子になっちゃってさー」
「迷子になったのはどっちよ」
兄弟の会話が始まった。家族間特有の、あの朗らかな空気感を感じる。
「そうだ。そら姉ちゃん、聞いて! 僕、金魚すくいやってるんだ! すっごく難しいんだよ!」
「はいはい」
その後少しの間、会話が続いた。しかしいつまでも話し続けている訳にはいかない。
最後に、今いる金魚すくいは例の射的の向かい側にあるということだけを伝えて電話を切った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
北野と合流したのは、それから五分と経たないうちだった。
「そら姉ちゃん!」
「満! もう、心配かけて」
駆け寄ってくる満くんを見て、改めて安心したように顔を緩ませる北野。実際に自分の目で見るまでは、不安が抜けきらなかったようだ。
学校ではなかなか見せない優しい目。普段俺に向けてくる目つきとは別人のようである。
「それ……」
「これはね、おじさんから貰ったんだ!」
その目が次に捉えたのは、満くんが右手にぶら下げて持っているものだった。
「結局釣れなかったんだけど、おまけで一匹だけ!」
そう、金魚と水の入った小さな袋だ。狭い透明の中で、小さな赤がすいすいと泳いでいる。
満くんは貰ってとても喜んでいた。だが北野にとってはそうでもないらしい。
「良かったわね。でも、返して来なさい」
「え!?」
「うちには、金魚を育てる余裕がないから。それは満も分かってるでしょ?」
「でも……」
俺の位置からでは、満くんの後頭部しか見ることができない。だが何となく、彼がどんな表情をしているのか想像がついた。
しょんぼりとした後ろ姿だけでも、悲しんでいることは分かる。
「満」
「……分かった」
言い聞かせるように再度名前を呼んだ北野に、遂に満くんは頷いた。トボトボとこちらへ戻ってくる。
そのまま俺たちの側を通り過ぎ、屋台の前まで。おじさんに「家では飼えないって言われちゃった」と袋ごと金魚を返していた。
聞き分けのいい子だ。美弥なんかは高校生のくせに、プリンの一個でもやらねば言うことを聞いてくれないというのに。
小学生よりも我儘な高校生とは如何なものだろうか。うん、まったく本当に仕方のない奴だ。
そういうとこが可愛いんだけどな!!
同時刻、少し離れたところで。
「……はっ!」
「どうしたの?」
「おにいちゃんが私を可愛いと言ってくれた気配がする!」
美弥はそんな気配を察知していたらしい。
場所はまた元に戻り金魚の屋台前。
「清水、伊根町。ありがとうね。満の面倒見てくれて」
「こんぐらいどうってことねえよ」
北野のお礼の言葉にそう返す。事実、特に何か面倒なことをした訳でもない。
「とりあえず、満の金魚すくい代は返すから」
「俺はいらないぞ別に」
「当たり前でしょ。金出してくれたのは伊根町なんだし」
「……ん?」
一瞬「あれ?」と思ったが、しかし電話の内容を思い出し、「あー」と一人納得する。そういえばみうが金を払ったことは言ったが、俺のことは言ってなかった。
あの時の満くんはみうの金で金魚すくいをしていたため、そのことしか伝えていなかったのだ。
「伊根町、いくらだった?」
まあ面倒だし今更訂正する気もない。どうせ返してもらおうとは思ってなかったので、俺も金を出したことは黙っておくことにした。
「返してもらわなくても、いい」
そして、返金を求めてないのはみうも同じだったらしい。「でも」と食い下がる北野を、「大丈夫」と流していた。
「……なら、お言葉に甘えて」
「うん」
結局折れたのは北野の方だった。あの無表情で断られれば、自分の意思を通そうとする気も失せるのはなんとなく分かる。
「でも、代わりに知っていて欲しいことがある」
「? なに?」
みうの言葉に、何だろうという顔をする北野。
「カズも、お金は出した」
「!」
続けてみうの放った言葉に驚いたのは俺の方だった。別に北野に伝えなくても良かったのに、わざわざ言ってくれたからだ。
反面、北野は驚いたそぶりは見せない。それどころかますます分からなそうな顔をして……
「カズ?」
と首を傾げていた。誰のことを言っているのか分かってないらしい。
あ、そうか。こいつ、俺の下の名前知らねえんだ……。
いや、うん、別に落ち込んでねえし? しょんぼりなんてしてねえし?
俺は陰の者なので、影の薄い生活を送っている。そりゃあ、分からなくても仕方ないだろう。
「……清水の、こと」
「あ、そうなのね」
だから、名前を知られていなかったことに対して俺が怒ることはしなかった……のだが。
反面、みうは若干不機嫌そうになっていた。それは些細な変化で、最近親しくしている俺には分かったが北野は何も気づかなかったらしい。
純粋に、ただただ俺に申し訳なさそうにこちらへと振り返ってきた。
「そうだったのね。ごめん、さっきはあんなこと言って」
「いや、気にしてない。俺がわざわざ北野に言わなかっただけだし」
北野は何も悪くなかった。電話内容的にも勘違いして当然なのだから。
「お金もいらねえからな」
「うん、ありがと」
返金は不要だと、念押ししてこの話は終わりにした。
さて。
「じゃあ、私たちは行くから」
「おう」
一連のやりとりを終え、そろそろ別れようかという流れになった時のことだ。
「待って! 僕、お兄ちゃん達とも一緒に回りたい!」
「満、我儘は言わないで」
「え、ダメなの? どうして?」
北野の言葉を、満くんは不思議に思ったらしい。キョトンと年相応の可愛らしい顔をしていた。
まあ確かに、北野と俺達はクラスメイトだし面識がある訳で。せっかく祭りで会ったんだから、一緒に回ろうという流れになることはおかしなことではなかった。
特に満くんにとっては、俺と北野がそこまで親しい間柄じゃない、ということを知らない。だから尚更である。
「あのね、彼らは二人で祭りを回っていたのよ。つまり……」
「そっか、デートだ!!」
しかし北野の説明にすぐさま納得していた。
「待て、デートじゃないぞ」
慌てて否定する。
「じゃあ恋人でもないの?」
「恋人でもない」
連続で否定した。「このやり取り、さっきも……」と、北野は何やら一人でつぶやいていたが、よく分からなかったのでスルーする。
「じゃあやっぱり一緒に回ろうよ!」
「俺は良いが……」
みうに視線をやる。
「……私も、良い」
少し返事に間があったが、みうも同意見のようだ。こうなると、あのくじのペア分けは何だったんだという話になるがもう気にする必要はないだろう。
そもそも二人で見ると結ばれると言われている花火を、みうが俺と見たがっているとは思えない。元気な満くんもいた方がきっと楽しい。
と、言う訳で。
「ね、そら姉ちゃん。お願い!」
「……二人が構わないなら」
この四人で祭りを回ることになった。今の時刻は午後八時になる直前だ。
もともと花火は八時に上がる予定だったらしいが、メガネくんと久美の話によると花火は少し遅れるらしい。あとどれぐらいで上がるんだろうか?
感想や評価など、これからもお待ちしています!