第五十七話 チョコバナナ
立ち並ぶ屋台は、奥へ奥へと続いている。その数は多く、提供品が被っている屋台もあるが、どれだけの種類があるのだろうか。
「うわあ~」
美弥は目を輝かせていた。他のみんなも、その光景に心を躍らせているようだ。
屋台の値段は高い。コストを考えるなら決して利用すべきではないのだが、屋台の情緒は魅力的だ。
だからこそ人々は出費を気にせずに、金を出し惜しみせずに屋台へと金を払う。祭りの雰囲気に飲まれながら、食べ物を購入して腹を満たし、些細なひと時の娯楽を楽しむ。
夜の暗闇を打ち消すように、辺りを照らすのは日本の伝統である提灯だった。しかし今の時代、提灯の中身は蝋燭ではなく電球に変わっている。
その証拠に、飾られた提灯からはまるでヘビのようにコードが伸びていた。風情を重視するなら蝋燭のままが良いのだろうが、安全性を第一に考えられているため電球となったのだ。
「なぁ、とりあえず何か食わね? 俺、マジで腹ペコなんだけど!」
「そうだな。俺も腹が減った」
立也や大和は部活上がりだ。一度荷物を置きに帰宅し、服も着替えたようだが、晩飯を食べる時間など当然なかっただろう。
二人が何か食べ物をと探し始めた時。
「焼きそば、一つ」
ん?
焼きそばの屋台から、聞き慣れた声が聞こえてきた。一同、そちらへ視線をやるとそこにいたのはやはり彼女だった。
「はいよ、お姉ちゃん!」
みうだ。いつの間にあそこに移動したんだ。
「あー! 俺も食べる! 立也は!?」
「焼きそばか。ちょうど良いな。俺も行くよ」
みうに続いて、大和と立也が屋台へ向かう。屋台のおじさんは元気に「らっしゃい」と叫んでいた。
フードパックに入った焼きそばを、割り箸もセットで持って帰ってくる三人。屋台で買われた焼きそばは、いつもよりもずっと美味しそうに見えた。
不思議なものだ。
「食べるなら、あそこに行ってからにしよっか」
「おっけー!」
メガネくんが指差したのは、人の少ない場所だった。ここは人通りが多過ぎて、焼きそばを食べようと思ったら迷惑になるからな。
「あ、じゃあ私はチョコバナナ買ってくるね」
そしてメガネくんの指示に従い移動を始めた時、久美がそんなことを言い出す。
「買ったら私もみんなの所に行くよ」
久美は、さーっと人混みの間を縫ってそのまま行ってしまった。まあ、どうせ立也達が焼きそばを食べ終わるまで待つのなら、その間に何かを食べたり何かをしたりというのは賢い選択だろう。
「よいしょっと」
移動を終えると、メガネくんがゆっくりしゃがんだ。
「ずっと立ってて疲れたよ」
そう言って微笑む。
「そういえば、いつから集合場所で待っててくれたんだ?」
「やることもないから、三十分ぐらい前からいたよ。もしも君達が先に着いて、集合場所が分からなくなるなんてことがあったら面倒だしね」
「そっか。ありがとな」
「うん」
メガネくんの気遣いに、礼を述べた。
「お礼に何か奢るぞ?」
「じゃあ、後でジュースでも買ってもらおうかな」
「任せとけ」
と、気前よく奢ることに決めたのだが、あることに気づいてしまう。よく考えたら、メガネくんと一緒に久美も待ってたということに。
それならあいつにも奢らなきゃいけないと、自分で言い出しておきながら少し後悔してしまった。バイトもしていない高校生にとっては、ジュース二本でさえ痛手なのだ。
溜息をついていると、件の久美がチョコバナナを持ってやってきた。
「空いてて良かったよー。さっと買えたし」
何故か、ニヤニヤして歩み寄ってくる。
「ねーカズくん」
「どうした?」
久美は、からかうような表情でチョコバナナを軽く振ってチラつかせた。そして先っぽをあむっと咥え込む。
「……ん」
そのまま彼女は、口の中でチョコバナナを舐め始めた。憂いを帯びた目を伏せながら。
「……ごくり」
思わず唾を飲み、食い入るようにその光景を見てしまう。別に彼女が特別なことをしている訳ではない。
ただチョコバナナを舐めているだけだ。味わうようにその舌を使って、ただチョコバナナを……
「……はっ!」
そこで我に返る。突然みうが、俺と久美の間に割り込んできたからだ。
どうしたのだろうか。
「カズ」
「……何だ?」
ばくり、ずるるる。
俺の問いへの返答は無かった。みうはただ、見せつけるように焼きそばを食べ始める。
一口が大きい。勢いがすごく、見る見るうちに焼きそばがパックの中から消えていく。
ばくり、ずるるる。
ばくり、ずるるる。
ばく……なんだこれ?
俺は何を見せられているんだろうか。
「す、すごいな。俺はそんなに早く食べれねえ」
「……」
どういうリアクションをすれば良いのか分からなかった俺は、思ったことをそのまま言う。俺の感想を聞いたみうはピタリと箸を止めた。
そして、無言でくるりと久美へと振り返る。振り返る直前に確認した彼女の顔は、どこか誇らしげだった。
「……」
結局何だったのかは分からない。分からないが……
珍しく、久美が呆れたように苦笑いを浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人にぶつからないよう、一同ゆっくりと歩く。八人もいるので、道の端っこの方をだ。
「あ、そうだ。花火が始まるの、ちょっとだけ延期になったんだってー」
「え、そうなんですか!?」
「うん。何でも少し花火師さんが遅れるらしくて」
久美の言葉を聞いた美弥は、嬉しそうに顔を輝かせた。
「やったー! 花火までにもっと遊べる!!」
「そうだね」
美弥の気持ちも分からなくはなかった。もともと、集合から花火が始まるまで約三十分だ。
屋台を回る時間はあまりない。急かされながらでは楽しさも半減だろう。
別に花火が終わってからまた回れば良いのだが、それはそれ。これはこれである。
「どこからその情報を入手したの?」
そう尋ねたのは大和だった。
「うちのおばあちゃん、顔が広いからさー。この辺りの情報はおばあちゃんパワーで何でも分かっちゃうんだ」
「マジ!? おばあちゃんパワーすげえ!」
おばあちゃんパワーって何だよ。
「あとねー。何でもこのお祭りの花火は、昔から男女二人で見ると必ず結ばれるって言われてるらしいよ」
「「「!!」」」
その言葉に、激震が走る。
すすす。
行動が早かったのは舞鶴だ。彼女はすぐさま俺の隣へとやってきた。
「清水。この花火って、今の所はみんなで見る予定なのよね?」
「ああ」
「作戦変更よ」
「……」
小声で話しかけてくる舞鶴。祭りの音がうるさくて、何を言ってるのか聞こえ辛い。
「作戦変更つってもどうすんだよ。こっから二人で見る流れにするのは至難の技だぞ?」
「為せば成る、よ」
「為せねば成らねえんだよ」
「じゃあ為して」
「為せねえって」
今回はお手上げだ。事前準備もなしなのだから。
しかしその矢先、久美の口から神のような提案が為される。
「だからさ。今私達、ちょうど男女比1:1だし……」
「男女ペアに、分かれて見ない?」
「「「!!」」」
再度、激震が走る。舞鶴は小さく素の声で呟いたあと、すぐさまきゃぴるんモードに変身した。
「アバズレのくせに良いこと言うじゃない…………それ、面白そうー!」
女の闇を目撃した。
「久美ちゃん、ナイスアイデア!」
「でしょ、あやちゃん」
やばい怖い。
「あくまで花火を見る時だけだからさ。みんなもどうかなー?」
「私は、それでもいい」
「私も賛成ー! 楽しそうだし! それにこういう迷信にでも縋らないと、おにいちゃんには彼女が出来ないし……」
おい美弥。迷信って言っちまってるじゃねえか。
てかその泣き真似止めろ。傷つく、俺の心が傷つく。
とまあ美弥に怒りつつ、女性陣の積極性に驚いていた。美弥は何でも楽しそうと言うからともかく、みうまで賛成するとは。
しかし俺達男子は、そこまで賛成という訳でも……
「ぼ、僕もありかな~なんて」
メガネくん!
過半数の支持により、久美の提案が許可されることとなった。まあ実際、花火は大勢で見るより少数で見た方が風情があるかもしれない。
このメンバーなら誰とペアになっても気まずくはならないだろう。しかし俺の希望では是非とも美弥と組みたい。
いや、シスコンとか兄弟で結ばれたいとかそんなんじゃないぞ? ただほら、美弥が他の男と結ばれるみたいになるのが許せないだけで……。
「じゃあ早速、ペア分け始めよっか。私はカズくんと組みたいなー」
「「「!!??」」」
久美さん!?
以下、本編に関係のない話です。興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。
いつも後書きの欄に何か書くかどうか悩んでます。
近況報告や趣味など、書こうと思えばいくらでも書けるのですが、後書きで自分のことをズラズラと書くのもあれかなと思いまして…
あ、もちろん、そういったことを書かれている方を馬鹿にしている訳ではありません!
ただ、読者の方々にとっては、どちらの方が嬉しいのかなと気になった次第です。
もし「何も書かれて無いのは寂しい」という方がおられたら、感想にて知らせていただけると嬉しいです。
逆に、「後書きなんて書かなくていいよ」、「むしろ邪魔だよ」という方も是非。
なるべく皆さんに満足していただける形を取りたいと思い、今回述べさせていただきました。
長文すいませんでしたm(_ _)m