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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第五章 夏祭り編
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第五十六話 浴衣姿と下駄の音

 さて、どうしようか。


「な……なな……」


 俺とバッチリ目が合ってしまった彼女は、ワナワナと震えていた。「そら姉ちゃん?」と、おそらく弟だと思われる男の子に心配されている。


「……」


 北野で合ってるよな? 男の子も、そら姉ちゃんって言ってるし。


 俺は不安に思っていた。そりゃそうだろう。


 顔は超がつくほど似ている。体型はジャージで隠れてしまっているから分からないが、髪の色だって金色だ。


 しかし、いつも学校で見る彼女とはあまりにも様子が違い過ぎた。だらしない……とまではいかなくても、こんなにラフな恰好で外を歩いているなどまるで想像がつかない。


 しかも眼鏡までかけてるし。


 ……何だろう。いけないものを見てしまったような気がする。


「あ、あんた……」


 北野はまだ震え続けていた。今の彼女は電マにさえ引けを取らないだろう。


 ……こういう時の対処法は一つしかない。


「大丈夫だ北野」

「?」

「俺は何も見てないから」

「へ?」


 何も見なかったことにする……!


「美弥行くぞ」

「え?」

「さっさと買い物済ませようぜ」

「でもおにいちゃん。あの人知り合いなんじゃ……」

「買い物をさっと終わらせてくれたら、特別にパンパンマンチョコ買ってやるぞ」

「秒で終わらせてやるぜ!!」


 美弥の一つ一つの挙動が速くなる。次の商品目掛けて彼女は早歩きでスーッと移動していった。


 さ、俺も彼女の後を追うか……


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 ガシッ。振り返って歩き始めた俺の肩が、勢いよく掴まれた。


 首を回転させ、顔だけを後方に向ける。その手はやはり北野のものだった。


 彼女は俯いていて、その表情は確認できない。


「……どうした?」

「そ、その、今日ここで私を見たってことは……いや、私がこんな恰好をしてたってことは……」

「北野、さっきも言ったろ?」

「?」


 ふっと、優しく微笑んでみせる。


「大丈夫だ、俺は何も見てないから」

「現在進行形で見てるじゃない!!」


 勢いよくツッコまれた。


「だから見なかったことにしてやろうとしてんだよ。察しろよ」

「嫌よ! 絶対あんたみたいな人間は言いふらすのよ!!」

「偏見酷くない?」

「ああ、終わったわ。私のクールビューティスクールライフ……」


 北野は諦めたような顔で天井を仰いだ。彼女が俺をどう思っているのか気になるが、このままじゃ埒が明かない。


 寛容な心で見過ごすことにした。


「北野、冷静に考えろ」

「?」

「仮に俺がこのことを言いふらしたとして……」


 キメ顔を、北野へと向ける。


「信じる奴が、いると思うか?」

「!!」

「そう、もし俺じゃなく立也のような人気者だったなら、聞いたみんなは鵜呑みにするだろう。だが喜ばしいことに、お前のその姿を目撃したのは俺だ! 人望という名の宝物をドブに捨てて来た……この俺だ……」


 ……うん。


「あんた、自分で言ってて悲しくならないの?」

「……」


 悲しくなります。


「と、とにかくそういうことだから。絶対に言いふらさねえよ」

「……ほんとに?」

「ああ。言いふらすメリットもねえしな」

「そうね、分かったわ」


 そこでやっと、北野は俺から距離を取った。


「絶対だからね」

「はいよ」


 さて、美弥を追うか。


「さ、満。行きましょ」

「そら姉ちゃんがあんなに男の人と近くで話してるの初めて見たー」

「なっ」

「そら姉ちゃん、あの人のこと好きなのー!?」


 六歳児ってのは無垢だな。北野の顔から表情が消える。


「満。今日は一つもお菓子買わないことにしたわ」

「ええええええ」


 満くんよ。逞しく生きてくれ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 スーパーから帰宅して約一時間後。


 ドンッ!


 テーブルの中心に置かれた鍋が、存在感を放っていた。中はグツグツと煮えている。


「すき焼きだー!」


 美弥が嬉しそうな声を上げた。そう、それは久しぶりのすき焼き。


 今日卵が必要だったことにも、納得がいった。


「「いただきます」」

「いっただっきまーす!」


 手を合わせ、食前の挨拶をしっかりとする。美弥のテンションはとても上がっていた。


 勢いよく肉を箸で掴み取り、卵につけ、大きな一口で頬張る。もぐもぐと口を動かすその表情は、見ていてこっちまで嬉しくなるようなものだ。


 かく言う俺も、若干テンションが上がっていた。男女問わず、中高生ならばすき焼きが大好物だろう。


「美弥、肉ばっか食べたらダメだぞ」

「分かってるよ~」


 そう言いながら、二枚目の肉を取る美弥。


「おい」

「えへへ。これを食べたらちゃんと野菜も食べるから!」

「……」


 嬉しそうな美弥を見ると、それ以上は何も言う気にならなかった。とりあえず俺も一枚食うか。


 もぐもぐ。うん、美味いな。


「あ! ねえおにいちゃん、この映画面白そうじゃない!?」

「ん?」


 肉の味を噛み締めていると、美弥がテレビを見て声を上げる。そこには、もうすぐ公開される映画のCMが流れていた。


「ああ、『シミの名は。』か」


 『シミの名は。』


 とても綺麗な絵が特徴的な監督、新世界誠が世に送り出す最新アニメ映画だ。男女の青春劇を描いたストーリーである。


 あらすじはこうだ。



 ――ある日、主人公の男の子が、好きな女の子に出来た唯一のシミと入れ替わってしまう。シミを気にする女の子と、シミになり身動きが取れなくなった主人公。


 女の子のケアにより、徐々に取れていくシミ。そしてシミと共に消えていく男の子の心境や如何に!?



 まるで意味が分からなかった。しかし、そのおそろしく綺麗な絵だけで面白そうに見えてしまう。


 また、まだ公開前だというのにその主題歌も人々の話題となった。曲名は『全全全すべすべすべて』。


 サビのインパクトが強烈で、瞬く間に知名度が上がったのだ。その要因は主に歌詞にある。



 君のスベスベスベスベな肌の、一部になり始めたよ。



 初めて聞いた時は自分の耳を疑ったものだ。しかしこれが正式な歌詞だというのだから正気の沙汰じゃない。


 スベスベを二回言う意味も分からない。


「……まあ、興味はあるな」

「じゃあさっ。今度一緒に観に行かない?」

「良いぞ。だが行くなら、出来れば夏休み中に行きたいんだが」

「それなら公開日に行こうよ!」

「いや、それは無理だ。その日は祭りに行くから」

「え!?」


 ピシッ。美弥の体が、驚きに固まった。


「誰と行くの?」

「部活のみんなだ。立也とかみうとか舞鶴とか……」

「私聞いてないよ!?」

「言ってないからな」

「言ってよ!」

「何でだよ」

「私も行きたいからに決まってんじゃん!!」

「お、おう」


 美弥が前のめりになって叫んでくるので、言葉に詰まってしまった。俺と美弥が話している間に、母さんはこっそりと鍋から肉を取っている。


「うう。あのおにいちゃんが、私に何も言わずに祭りに行くなんて……」

「……なら来るか? 別に美弥が来ても、誰も文句は言わねえだろうし」

「やったー! 行くー!」


 おにいちゃん、美弥の泣き真似には弱いんだ……。


 美弥は俺が誘うと、途端に元気になった。ガタッと立ち上がり、不思議な踊りを踊り出す。


「祭りと言えば、浴衣だね!」


 謎の歌を歌いながら。


「ゆ・か・た、へい! ゆ・か・た、へい! 我が家の貯金はゆ・た・か! ゆ・か・た、へい! ゆ・か・た、へい! 兄貴の心は、ま・ず・しい!」


 何で俺ディスられたんだよ。


「美弥、食事中だぞ」

「はーい」


 美弥は素直に従い、すっと席に座った。すると母さんが、何かを思い出したらしく話し出す。


「そういえば、お父さんも昔はよく踊っていたわ~。凄かったのよ、お父さんの裸芸」


 親父何してんだよ。


「え、見たい見たい!」

「まだビデオが残ってるんじゃないかしら?」

「ほんと! じゃあご飯を食べ終わった後に見よ!」

「ええ、良いわよ~」



 親父の裸芸は凄かったです。


 ・

 ・

 ・


 二日後。


 夜の道を美弥と二人で歩く。美弥は紺色の浴衣に袖を通し、鼻歌を口ずさんでいた。


「ふんふふんふふーん」


 美弥が歩くごとに、カランコロンと甲高い響きが鳴った。下駄を履いているためだ。


 風情を感じさせられる。俺も浴衣と下駄にすべきだっただろうか。


「あ、おにいちゃん! 久美ねえちゃんだよ!」

「お、ほんとだな」

「あの隣にいる人が、久美ねえちゃんのおにいちゃん?」

「そうだ」


 ようやく、祭りの光景が見えてくる。遠くには伏見兄弟が並んで立っていた。


 メガネくんと久美だ。ここまで長かった。


 電車で二時間。歩きの時間も含めたらそれ以上なのだから。


「あ、カズくーん! 美弥ちゃーん!!」

「久美ねえちゃーん!!」


 ダダダダと美弥は駆け出した。勢いよく久美の胸へと飛び込んで行く。


 その豊満な二つの山に、美弥はぽふんと埋もれた。


 う、羨ましくなんてねーし? 俺も飛び込みたいなんて思ってねーし?


 メガネくんも久美も浴衣を着ていた。やっぱり浴衣にすべきだったかと再度後悔しそうになるも、おそらく立也も普段着だろうからセーフだと前向きに考え直した。


「やあ清水くん。久しぶり……でもないね」

「そうだな。十日ぶりぐらいだ」


 旅行が長かったせいだろうか(話数的に)。とても久しぶりに感じる。


「集まってるのは、まだ二人だけか?」

「うん、僕達だけだよ」


 もう集合時間の十分前だ。立也辺りは普段ならもう来ているのだが、やはり部活があるため遅れているらしい。


 気長に待った方が良いな。最悪、集合時間に遅れてくることもあるかもしれない。


 しかしそんな考えは杞憂だった。俺達が到着してすぐに、立也と大和がやって来る。


 二人は俺と同じで普通の服を着ていた。彼らを交え、六人で和気あいあいと話し、残りのメンバー待つ。


 そして約束時間になったちょうどその時。


「みんな、待たせちゃってごめんね!」

「ごめん」


 舞鶴とみうが浴衣姿で現れた。舞鶴は桃色の、そしてみうは水色の浴衣だ。


 二人とも、髪飾りを使って髪をお団子に結んでいた。いつもより、魅力的に見える。


「全然いいって! 時間通りなんだからさ!」

「じゃあみんな揃ったことだし、行こうか」


 祭りの夜が、始まった。

お祭り編、始まります!

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