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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第五章 夏祭り編
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第五十五話 出会っちゃいました

 家庭科室の時計を確認する。デジタルで動いているそれに、時間のズレはなかった。


 現在、午後四時半頃である。


「……」

「……」


 確か今日の終了は五時だ。片付けや鍵の返却、教室への移動時間を考えるとあと十分ちょっとで終わらなければならない。


 シビアだ。せめて今縫っている衣装だけでも終わらしたい。


 ……間に合うか?


 いや、大丈夫だ。時間内には完成するはず。


「……ふぅ」


 北野の息をつく声。針、まち針、糸切りバサミなどなどを仕舞った彼女は肩の力を抜いた。


 完成した衣装は机に置かれている。目標を達成したらしい。


 ドヤ。


 何故か、勝ち誇ったような顔を向けられた。まだ対抗意識燃やしてたのか……。


 え、先に競い始めたのはお前じゃないかって? それはそれ、これはこれである。


 彼女のドヤ顔は無視して、裁縫に集中した。


 ・

 ・

 ・


「……はぁ」


 十分後、製作していた衣装が完成した。玉止めをし、余分な糸を糸切りバサミでカット。


 ブチンと糸を切る音が心地良かった。しかしこれで終わりではない。


 片付けまでが裁縫である。パッパッと、裁縫セットの中に次々仕舞っていく。


 長針が九を指したその時、ついに俺は今日やるべきことを全て終えた。達成感に包まれながら、ミシン勢の方へと目をやる。


 そちらも、次々に片付けへと移行していた。彼女達は話題が尽きることなくずっと話し続けていたが、なんだかんだハイスピードで製作出来ていたようだ。


 いくつか衣装が並んでいる。向こうは四人いて、ミシンを使っているということから、やはりというべきか俺と北野に比べると随分多く完成させていた。


 ……裁縫セット、元の場所に戻してくるか。


 席を立ち、自分の裁縫セットを持った。そしてついでだと、北野の裁縫セットも手に取る。


「お前の分も片付けて来るぞ。良いか?」

「……うん」


 奥へと向かい、棚の前へ。それぞれのセットに割り振られた番号を参考に、元の所にしまった。


 ……そういや、先生に伝えとかねえとな。


 北野の裁縫セットにはまち針が一本しか入っていなかった。明らかな点検不足である。


 しっかりと言っておくべきだろう。忘れないよう脳に書き留めながら、座っていた席へと戻る。


「……」


 北野は無言でスマホを弄っていた。今のような、澄まし顔が彼女の標準である。


 それが理由なのだろうか。彼女には、かなり熱烈なファンが多かった。


 ……主に、女子の。


「北野さん、清水くん。ミシンの片付けも終わったわ。みんなで鍵を返しに職員室に向かいましょ!」

「うん」

「ああ」


 ミシン女子達の言葉を受け、俺と北野は席を立つ。北野はそのままスタスタ歩き出し、いち早く廊下へと出た。


 すると……


「北野さんって、やっぱり凛々しいよね」

「うん。クールな感じでカッコいいよね。しかも剣道部だし」

「分かる! 顎のラインもスッとしていてスタイルも良くて、憧れるなあ」

「「「ねー」」」


 女子達が何やら話し始めた。やはり彼女達にとっても、北野は憧れの的らしい。


 ちなみに俺にはよく分からない。さっきも顔を赤くしてツンデレ状態になってたし。


「忘れ物はないか?」

「うん、無さそう!」


 あまり北野を待たせる訳にもいかない。忘れ物がないかだけ最後にチェックした俺達は、畳んだ衣装を箱に入れ、家庭科室を出た。


 壁に背を預け俺達を待っていた北野。俺達を見ると澄まし顔のまま、つまり無愛想にスマホを仕舞う。


 これが女子的には良いらしい。やはり分からない。


 家庭科室の鍵を閉め、衣装係一同は職員室へと向かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今は帰り道だ。立也と二人、並んで歩いている。


「カズは衣装係だったんだろ。どうだった?」

「何とかなりそうだった。みんな、思ったより手際が良かったから。そっちは?」

「大道具は、まだどうなるか分からないな。作ってみたけど上手く立たないなんてこともあるかもしれないし」

「まあそうか」


 あの後、やるべきことを終え教室に戻ったらすぐに解散となった。解散時には舞鶴と立也、それに大和も部活が終わったらしく教室にいた。


 そこにみうも混じえ、明後日の祭りの予定について話し合った。その日はサッカー部と弓道部の練習が午後五時まであるらしいので、七時半に現地集合とした。


 メガネくんの地元は遠い。そのぐらい猶予を持たなければ足りないのだ。


 花火が上がり始めるのは八時からなので、それでも十分間に合う。


「それじゃあ、また明後日」

「ああ」


 分かれ道で立也とさよならする。空はまだ明るく、夕方時とは思えなかった。


 これが冬だったら既に真っ暗なのに。そんなことを考えながら、我が家への帰路を一人歩いた。


 ガチャ。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 靴を脱ぎ、家に上がる……あれ?


「母さん。美弥は?」


 いつもの元気な「おかーりー」がなかった。おまけに美弥の靴もない。


「そう、そのことでカズくんに言おうと思ってたことがあって~」


 母さんはリビングからひょこっと顔を出した。


「美弥ちゃんには今、おつかいを頼んでるんだけど」


 おつかい……そうか。近くのスーパーのタイムセールは、ちょうど今ぐらいだった。


 そのタイムセールを狙って、美弥が出陣したのだろう。


「私、卵を買ってくるよう頼むのを忘れていたの。だからカズくんも、今からスーパーに行ってきてくれないかしら~」

「電話すれば良くないか?」

「そう思ったんだけど」


 母さんが手に持っていたスマホを掲げる……あ。


「あいつ、置いていきやがったのか」

「そうみたいで~」


 それは母さんのものではなく、美弥のものだった。美弥はスマホ依存に陥っていない所は良いんだが、逆にこうしてよく忘れていることがある。


 なんのためのスマホなのか。


「分かった。行ってくる」

「ありがとう。今日早速卵を使うつもりだったから~」

「はいよ」


 母さんの頼みを引き受ける。邪魔なので、鞄は玄関前に置いていくことにした。


 すぐさま靴を履き直し、すぐ側に置いている自転車の鍵を手に取る。ドアを開け、自転車の鍵もガチャっと解錠。


 スーパーへと続く道を、自転車で猛ダッシュした。






 場所は変わりスーパーマーケット。


(これと……これと……これと……)


 タイムセールで安くなった商品を、次々に買い物かごに入れていく一人の女子がいた。その特徴的な金髪は、先程まではサイドテールに結ばれていたが、今は真っ直ぐにおろされている。


 そう、彼女は北野天だ。しかしその服装は、決して学校では見せられないようなものだった。


 何故なら、全身を赤色のジャージで包んでいるという、若干だらしのない恰好をしているためだ。これでは普段の凛としたイメージを壊しかねない。


 おまけに、これまた赤色のふちの眼鏡をかけていた。一つ一つ商品を確認しながら、カートをコロコロと転がし店内を一周している。


(うー、今月厳しいからこれは我慢かな)


 それは彼女が大好きな牛肉だった。こちらも特価価格になっているのだが、なにせ牛肉。


 元の値段が高いため、それでも財布の紐を緩め辛い価格だ。辛抱、辛抱と彼女は自分に言い聞かせ、その場を離れる。


 するとそこに、一人の少年がやって来た。


「そら姉ちゃん、これも買って!」

「だーめ。みつるはすぐそうやっておねだりするんだから」

「えーケチ!」

「ケチじゃありませんー」


 満と呼ばれた彼は、北野天の弟だ。歳は六つ。


 姉とは違い、髪は真っ黒だった。欲しかったお菓子を買ってはいけないと言われ、ぶつくさ言いながらもお菓子を元の場所へと戻しに行った。


 ……走って。


「満、走ったらダメ! 誰かにぶつかったらあぶな……」


 どんっ。


「わっ」

「……と、大丈夫?」


 姉の危惧した通り、彼は一人の少女にぶつかってしまう。少女は彼を受け止めると、その安否を尋ねた。


「す、すみません! うちの弟が……」

「全然大丈夫ですよ! 私、結構運動神経良いですから!!」

「は、はい。そうですか……」


 北野天は思った。


(運動神経が良いかどうかって、何か関係ある……?)


 しかし口には出さない。失礼だろうから。


 とりあえずぶつかったのが優しそうな少女で良かったと、彼女は一安心する。少女は、弟とすぐに仲良さげに会話していた。


 そんな少女を見ていた北野天は……


「……あれ?」

「? どうかしましたか?」

「いや……」


(なんだろう……どこかで見たことがあるような)


 ふと、疑問に思った。少女とは初対面なはずなのに、何故か見覚えがあった。


(誰かに似ているのかな。うーん、誰だろう……)


 しかしその疑問の答えを、彼女はすぐに分かってしまった。


「美弥、ここにいたのか」

「あ、おにいちゃん!!」


 その声が聞こえたから。


「ん? その男の子は誰だ?」

「今ぶつかった子!!」

「ぶつかった子って……」


 少女におにいちゃんと呼ばれた男子が呆れた顔をする。


「美弥、まさかスーパーの中を走り回ってたんじゃ……」

「流石に私でもそんなことしないよ!」


(……まずい。非常にまずい。もし今の私の姿を、学校の誰かに見られたら……)


 バチッ。


 男子と北野天の目が、一寸違わず合ってしまう。


「……北野?」

「……」


(お、終わった)


 北野天の思考は、物の見事にフリーズした。清水和夫と、出会ったことによって。

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