第五十二話 文化祭の準備、始まります
旅行から帰って来て五日後の朝、俺は制服のボタンを留めていた。朝早く(九時前)に起きたのは久しぶりだ。
着替え終わったので、朝食を取りにリビングへ向かう。朝はパン派の俺が、母と共にコーヒーを飲んでいると美弥が二階から降りて来た。
「おはよー……あれ、おにいちゃんどうしたの? 制服なんて着て」
「文化祭の準備があんだよ。夏休みの内からやっとかないと困るし」
「ふーん。うちのクラスはないなぁ。全部二学期から始めるよ」
「お前のクラスは何やるんだ?」
「お化け屋敷」
「……それ休み明けからで間に合うか?」
「衣装とかはもう揃ってるんだってさ。あとは部屋の内装だけだからへーきへーき」
楽観的だな。しかし美弥のクラスの意向がそうならば、俺が口を出すことでもない。
一応、忠告だけはしておいた。
「もし間に合わずに泣きつかれても、他クラスの準備までは手伝えねえからな」
「分かってるって~。もう、おにいちゃんは私のこととなるとすぐに心配性になっちゃうんだから」
「カズくんは、シスコンだから~」
「べ、別にシスコンじゃねえし!」
確かに美弥は世界一可愛いが断じてシスコンなどではない。家族を心配するのは当然のことだ。
母と美弥のからかいを華麗に躱しつつ、朝食を済ませる。歯を磨き、用意も全て済ませた。
玄関へと向かう。
「あ、そういやおにいちゃんのクラスは何やるの?」
「劇。内容は秘密な」
「へー、楽しみにしてるね。いってらっしゃーい」
「行ってきます」
さあ、約一ヶ月ぶりの学校だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはよー」
「久しぶりー」
「おは……お前すっげえ焼けたな!?」
「だろ? こんがり焼いたの……さ!!」
教室で自分の席に座っていると、続々とクラスメイト達がやって来た。髪を短くしていたり日焼けしていたり、夏休み前とは雰囲気の違う者も多かった。
そして約束の時間の五分前に、みうが入室してくる。
「おはよう、伊根町さん」
「みうちゃん、おひさー!」
「おはよ」
みうは口数は少ないが人気者だ。男子からも女子からも平等に。
可愛いとはそれだけでアドバンテージなのである。
「カズ、おはよ」
「おはよう」
俺に挨拶をしたみうは、何食わぬ表情で俺の隣の席に座った。早速、家から持ってきたらしい手作りのお菓子を取り出している。
……うん?
「みうの席はあっちだぞ」
「今日は自由席だから」
「……言われてみれば、みんな好きなとこに座ってるな」
教室を見渡す。今日は何も授業や学校行事をする訳でもなく、担任もいないため各自好きなようにしていた。
机に腰かけている者もいる。なら良いか。
きっとここは教室の端っこだから落ち着くのだろう。みうははしゃぐタイプではないからな。
「みんなー。時間になったし今から準備始めるねー……全然予定の人数より少ないけど」
十時になり、委員長が準備を始める宣言をした。三十人弱は集まるはずだったのだが、今クラスにいるのは二十人ちょい。
来てない奴はサボったか、遅刻してくるかだろう。ちなみに立也や舞鶴、大和などは今は部活動に励んでいる。
午前の練習が終われば、参加する予定だ。
「まあいいわ、予想通りだし。集まってくれた皆はありがとう。じゃあ、今日の予定を説明するね」
委員長は、舞鶴やみうに次ぐ美人である。そのため狙っている男子も多い。
文化祭の準備期間は、相談のために委員長と話す機会がたくさんある。これを機に親密を深めようとするクラスの男子達は、目の光り方が違った。
「最初に、グループ分けをしようと思うの。それぞれの役職ごとに。劇をやるために必要な作業はいっぱいあるわ。大まかに分けるとこんな感じよ」
黒板には、既にチョークで各役職が書かれていた。右から順に言っていくと。
・演者
・大道具
・小道具
・衣装
・音響/演出
・脚本
・監督
「このうち音響/演出と脚本、監督はもう決まってるわ。残るは右四つ!」
演者、大道具、小道具、衣装の四つだ。誰がどれを担当するかすら決まっていないので、もちろん何の準備も進んでいない。
文化祭まで残り一ヶ月と考えると、中々余裕はなかった。
「とはいえ、脚本がまだ完成していないから、演じたい役も何もないと思うの。だから演者は後回し。今日はとりあえず大道具担当と小道具担当、そして衣装係の三グループに分けるわ。脚本が出来たら、演者も決めて、もう一度グループを再編成するつもりよ」
少し早口だが、ハキハキと喋っているので聞きやすかった。
「それから、現時点で必要な道具と衣装はリストアップが済んでいて、資材ももう届いてるの。グループ分けが終わったら、早速作成に取り掛かろうと思うんだけど良いかしら?」
「「「はーい」」」
有能。委員長、有能。
俺の知らない所で頑張ってくれていたらしい。感謝である。
「それじゃあ、さっさとグループ分けを終わらせてしまいましょ。みんな、やりたい役職が決まったら、その役職の下に名前を書いていってね。話し合ってくれて構わないから……そうね。五分ぐらいで書いてくれると嬉しいわ」
委員長は黒板に手を当ててそう言った。彼女の指示に従い、各々が話し始める。
「なあ、どれがやりたい?」
「うーん、どうしよ。とりあえず衣装は無理。裁縫できねえもん」
「だな。女子に任せるべきだ」
「となると……」
さて、俺はどうしようか。男にしては珍しく裁縫は得意な方なので、衣装係だって務められるだろう。
大道具は完成した時の達成感が大きそうだ。小道具に求められる手先の器用さにも自信がある。
「カズは、どうする?」
「考え中。みうは何がやりたいんだ?」
「私も考え中」
悩んでいる内に二分が経過。そこでようやく、俺はどうするか決めた。
よし。
ガタリと席を立つ。みうがキョトンとこちらを見た。
教室の前方へと移動し、委員長の下へ。彼女はメモ帳に、今ここにいるクラスメイト達の名前を書いている所だった。
「委員長」
「どうしたの?」
「俺、特別やりたい役職がないから、グループ分けが終わった後に人数の少ないグループに入ろうと思うんだが……それでも良いか?」
「ええ、いいわよ。むしろその方が助かるし。ありがとうね」
「こっちこそ。優柔不断で申し訳ない」
「あはは。自分で言う?」
「事実だからな」
許可してもらえて良かった。これで悩む必要もない。
席に戻ると、みうの側に何人か女子が集まっていた。
「ねー、みうちゃん。何かやりたい役職ある?」
「ない」
首を微かに振り否定するみう。
「それならさ、私達と小道具やらない!?」
「え」
「みんなでやった方が楽しいだろうしさ。ダメかな?」
「……」
?
何故かみうが、一瞬だけこっちを見て来た。
「お願い、一緒にやろ!」
「……うん、分かった」
「「やった!!」」
普段は舞鶴とよくいるので忘れがちだが、みうは結構色んな人と仲良くしている。彼女には、今のように誘ってくれる友人がいるのだ。
え、俺? わざわざ聞く?
みうを誘った女子達は、キャッキャッと黒板に名前を書きに行った。気が付けば、黒板にはもうかなり名前が書かれている。
そしてこれまた気が付けば、教室にいる人が増えていた。遅刻勢が何人か来たようだ。
「五分が経ったわ。清水以外で、まだ書いてない人はいる?」
委員長がみんなにそう尋ねる。突然俺の名前が出て来たことで、一瞬クラスメイト達の視線が俺に集まるがすぐに外れた。
誰も手を上げる者がいないので、全員書いたらしい。委員長は一つ頷くと、振り返って黒板を見た。
「……衣装係がちょっと少ないわね。大道具と小道具は足りてるけど……。清水、衣装で良い?」
「ああ」
俺の確認を取った委員長が、清水和夫と衣装の下に書く。チョークの音が教室に響いた。
衣装係、俺以外は女子の名前しか書かれていないのが不安だがまあいい。何とかなるだろう。
「それじゃあ一度、グループごとに集まってくれる? 大道具は廊下側、小道具は真ん中、衣装係は窓側に! 集まったら、各グループに作って欲しい物のリストを渡すわ」
「「「はーい」」」
俺達は、指示通りに移動を開始した。
……訂正。俺は元々窓際に座っていたので、動く必要なかったです。