第四十二話 ババ抜き
「やっと着いた……」
電車の都合上、面倒な乗り換えを繰り返し漸く旅館へと辿り着く。距離に反してかなり時間がかかってしまった。
俺はその乗り換えの多さから、結局まともに寝ることが出来ずにいた。そして電車に乗っていただけなのに体力がガリガリ削られてしまっている。
今日の予定は旅館でゆっくりするだけだ。早く風呂に入って寝たい。
「やっほーい!!」
そんな叫びと共にはしゃぐのは京子先生だった。子供かと心の中でツッコむ。
そのままだらりと右を見るとそこには俺と同じく疲れ切った顔をしたみうの姿があった。
「疲れた」
「同感だ」
みうのぼやきに相槌を打つ。するとひょこっと舞鶴が俺の左側から顔を出した。
「二人してテンション低いよー。もっと上げていこう?」
「あんな風にか?」
きゃぴるんモード舞鶴の言葉に、京子先生の方を指差す。
「よし、お前達。チェックインを済ませたらまずトランプをするぞ!」
京子先生はたすき掛けしたショルダーバッグから、トランプを取り出し頭上に掲げていた。
「あれは引く」
「ですよねー」
舞鶴と俺の意見が一致したのは本日二度目のことである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「負けた奴は初恋の話だ!」
そんな京子先生の罰ゲームの提案と共に始まったのはババ抜きだ。
「あがりー!」
大和が手札を全て消費し、声を上げる。ゲームはもう終盤に差し掛かっていた。
残っているのが俺、みう、京子先生の三人だ。
みうからカードを抜く。ここまで彼女は見事なまでのポーカーフェイスだった。
それもそのはず、みうは普段から無表情だ。何も変化がないので、ジョーカーを持っているのかすら分からない。
抜いたカードの数字は八。残念ながら手持ちに同じ数字はなく手札が減ることはなかった。
みうが京子先生から抜き、京子先生が俺からカードを抜く。一周したがペアは誰も揃わなかったらしい。
京子先生とみうの手札が二枚で、俺の手札が一枚。
そろそろ近づいて来た罰ゲームの恐怖に怯えながら、俺の番だとみうの手札を見る。するとそこには、これまでとは違う微妙な変化が見られた。
ぴょこん。
そんな擬音語が出てもおかしくない感じで、みうの二枚のカードの内、一枚が少し上に飛び出していたのだ。
ちらりとみうの顔を見るも相変わらずの無表情である。
「…………」
俺はどちらのカードを抜くか瞬時に決めた。無論、飛び出していない方だ。
素早く腕を伸ばし、カードを手で挟む。そしていざ引き抜こうと力を入れた……のだが。
ぐっ。
ぐっ、ぐっ。
どれだけ引っ張っても、みうの手からそのカードが抜けることはない。
「…………」
「…………」
試しに飛び出ている方のカードに手を伸ばしてみる。ほんの少しだけ引っ張ると、簡単に抜けそうな感触がした。
最後まで抜くことはせず、元に戻す。再び最初に抜こうとした方に手を伸ばしもう一度引っ張るが、またしても謎の力に阻まれ引き抜くことが出来なかった。
もう一度みうの表情を確認するが、依然ポーカーフェイスは継続中だ。
「…………」
カードが折れる前に俺が折れることにした。
そして。
「ふっ、清水。私にはどちらがジョーカーか手に取るように分かるぞ」
「そうっすか」
俺の手にはみうからもらったジョーカーと八が。京子先生の手札は見えないが、残るは一枚なのであのカードは八のカードで間違いない。
今は京子先生の番で、彼女が俺から八を引けば終わりという状況だ。何故か自信満々の表情をしている。
「何故分かると思う?」
「どうしてっすか」
「それはな……」
そこで京子先生は言葉を溜める。
「清水が伊根町から抜いたカードの行方を、しっかりと見ていたからだ! そして! お前は! シャッフルをしていない!」
「しまった!」
京子先生は勢いよく手を伸ばしてきた。
どうやらこの人は、俺がみうから抜いたジョーカーを、どちらに持ったか見ていたらしい。勝ちを確信した顔つきで俺からカードを抜いて行った。
ジョーカーのカードをだ。
「なにいいい!?」
「……くっくっくっ、はっはっはっ。先生がみうからカードを引き抜かれる瞬間のことです。実はあなたの視界が外れるその一瞬を狙って、こっそり入れ替えておいたんですよ」
「なかなかやるな、清水……だがここで私から八を引き抜けなければ振り出しに戻るだけだ!」
京子先生はたった二枚のカードしかないにも関わらず、超高速でシャッフルを行った。あまりの早さに残像すら見えてしまう。
「馬鹿な! 早すぎて目で追い切れない!」
京子先生がシャッフルを終える。
「さあ、勝負だ」
「ごくり」
京子先生の自信に満ちた風格に思わずたじろぎ息を呑む。確率は二分の一のはず、にも関わらずまるで彼女に勝てるビジョンが見えなかった。
「どっちを選べば……!?」
「なあ、京子先生と清水っちのテンションマジおかしくない?」
「そういうノリなんだろう」
大和と立也が何かを言っている気がするが、今の俺には聞こえない。いざ覚悟を決め、右側のカードに手を伸ばし勢いよく引き抜い……
ぐっ。
「…………」
ぐっ、ぐっ。
「…………」
あんたもかよ。
「うわあああん」
畳の上にはカードと共に泣き崩れる無様な敗者の姿があった。言うまでもなく京子先生のことだ。
「最初から私が負けることは決まってたんだ! いつもそうだ! ババは私の手の中で一人余る! これは私への当てつけか!? お前みたいなババアは永遠に独身だと密かに告げられているのか!? そうなのか!? 清水!!」
「いや、俺に聞かれても」
困ります。
ババ抜きで負けたからと言ってここまで卑屈になれる人も珍しいだろう。結婚相手が見つからないのも納得できるというものだ。
モブ田なんかガチでドン引きしている。
「……まあいい。そういう話はまた今夜だ。今は大人しく罰ゲームを受けることにしよう」
そういえば罰ゲームとかあったな。すっかり忘れていた。
てか今夜そういう話されるんすか?
「あれは私が高校に入学してすぐのことだった。それまで私には浮いた話はおろか、好きな人が出来たこともなくてな……」
京子先生が目を閉じ、思い出すようにしながら語り始めた。と、同時に俺達は今までの経験から面倒な恋愛経験を聞かされるのだと確信する。
俺達はアイコンタクトだけでお互いの意思を確認し合うと、目を閉じて喋っている京子先生にバレないよう忍び足で移動し始めた。そしてこっそりと部屋から抜け出す。
そのまま皆揃って、女子部屋に付属しているカラオケルームへと向かった。
京子先生が目を開き生徒達がいないことを知るのは、もう少し後のことである。
次回、カラオケ回!
2/13追記
今回の話のネタが、この話を投稿する一日前に放送された某アニメのネタと被っていたことが発覚しました。
なので、パクリじゃねえかと不快になられた読者の方がいらっしゃったら申し訳ございません。
わ、わざとじゃなかったんだ……。




