第四十話 決意
きらい屋を出る。大通りから小道に入り、真っ直ぐ進み交差点に差し掛かった所で俺と立也は別れた。
「暑い」
誰も通らない寂れた道で一人ぼやく。相変わらず夏のお日様は容赦がない。
太陽さん太陽さん、手加減して頂けませんか。
そんな願いが天に届く訳も無く、コンクリートで出来た道路のすぐ上には陽炎が揺らめいている。今日の気温何度だよ。
「…………」
暑さも相まってイライラが込み上げてくる。今の俺は多分テンションもおかしい。
先程立也に投げかけた質問、帰って来た返答が脳裏に蘇る。
――お前まだ愛のこと好きなのか?
――好きだよ
分かってたことだ。立也の気持ちなんて確かめるまでもなく。
それでも確認したくなった。無意味だと知りながらも微かな希望に縋って。
結局あの時からあいつの心は何も変わっていなかった。だが、いつまでもそれではいけない。
もう愛はいない。亡くなった人を思い続けても、それは虚しいだけである。
きっと愛もそう考えるはずだ。愛なら、私のことなんか忘れてさっさと次の人見つけなさいと、立也の尻を蹴飛ばすだろう。
……本音を言えば。
俺はもうこのままでもいいのではないか、そう思っていた。だが今回のメガネくんの一件で気持ちが変わったのだ。
戦争で夫を失ったらしいメガネくんのおばあちゃんの、涙する姿を見て思った。やはり過去はどこかで清算するべきだと。
それが一番、本人のためになるのだと。
「よし」
初めて舞鶴と喋ったあの日、俺は彼女に言った。
――あいつが誰かを好きになることなんてない。
あれは立也が愛を思い続けていることを知っていたから言った言葉だ。舞鶴のことを好きになることもないと皮肉で言った言葉だが、本人はそのことに気づいていなかった。
「前言撤回だ」
取り消す、その言葉を。立也が愛を思い続ける姿を見るのはもう十分だ。
立也の愛への思いを断ち切るにはどうしたらいいか。簡単な話である。
立也が別の奴に恋をすればいい。
ポケットから携帯を取り出す。どうやらずっと拳を握りしめていたらしく、かなり手が汗ばんでいた。
ロックを解除し、WINEと書かれたアプリを開く。トーク画面の「舞鶴彩」と記された所をタップした。
――なあ、舞鶴
メッセージを打ち、一旦そこで区切り送信する。次の文を打っている間に既読の文字が付いた。
やっぱりあいつ既読つけるの早くね?
――なに
シュッという効果音と共に舞鶴からメッセージが届く。相変わらず不愛想な口調だが、今ばかりはそれを見て笑ってしまった。
そして、文字を打ち終える。
――俺、お前の恋本気で応援することにしたわ
立也とお前が結ばれるよう、マジで協力してやる
いつの間にか大和の口癖が移ってしまっていた。マジとか俺使ったこと無かったぞ。
俺からのメッセージに、既読は付くも返信は来なかった。しばし立ち止まってトーク画面を眺めていると、またもやシュッという効果音と共に。
――きも
と、ただ一言だけが送られてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
きらい屋を出た後、俺とカズは別れた。一人になったので、自動車が横を通り過ぎる音を耳に思考に耽る。
さっきカズが言った言葉。愛の墓に向かって告げられた思い。
――愛、俺もお前に、少しは近づけたかな
「…………」
分かってはいた、カズがそういう人間だということは。昔からずっと一緒なんだから当然だ。
「くそ」
遊園地の日、俺とカズがディスティニーホテルの風呂で交わした会話。あいつが人助けの部活を始めると言った時、俺が言った言葉。
――お前らしいな
――そうか?
――昔のお前だよ
それに対しカズは「なるほど」と答えた。本人は何故納得出来たのか、出来てしまったのか、きっと理解していない。
昔のカズは、明るく元気だった。今では考えられないぐらいには。
だがそんなことは関係ない。俺が気にしてるのはそこじゃない。
カズはいつも、愛の行動を真似していたんだ。あいつは愛を尊敬し、憧れていたから。
そのことに気づいたのは愛を失った後のことだ。愛の死ぬ間際の言葉が俺に気づかせてくれた。
愛がいなくなってからのカズは彼女を真似るようなことはしなくなった。だがそれ以上に何事にもやる気が感じられなくて。
観覧車に乗れた時、前に進めるとそう信じていた。カズが部活を始めると言った時も愛のように人助けをしたいと言った時も、昔とは違うと信じて応援することに決めたのに。
結局は振り出しに戻っただけだったのだと、そう確信した。
自分のやりたいことなんて考えず、自分が憧れる愛の真似をし続けるだけの昔のあいつに。自分に価値があるとは思っておらず、ただ愛の後ろ姿を追いかけているだけの人間に。
戻っただけなんだ。それが本当に悪いことなのかは分からない。
だが愛はカズに言ったのだ。死ぬ直前、苦しみながらも言葉を紡いで。
「なら、俺は」
どうすればいいのか、カズの今の状況をどうすれば変えられるのか。答えは明白だった。
ポケットから携帯を取り出し、WINEを開く。メッセージの送り相手はいつもの彼女だ。
――なあ、みう
今から恋愛相談しないか、明日からの旅行に向けて
既読が付く。いつもそうだがあやとみうは既読が早い。
――分かった
場所はいつものとこ?
――ああ
そこまでやりとりした所で間が空き。
少しして、グッと親指を立て「了解!」と喋るディスティニーキャラクターのスタンプが送られてきた。
これで三章完結です。ここまで付き合ってくださった皆さんには感謝しかありません。
大体本一冊分のボリューム、書くのは苦労しましたがそれ以上に楽しかったです。
次回の投稿は、年内にはしますが少し遅れます。
クリスマスまでには投稿したいですね。