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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第三章 決意編
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第三十八話 伏見家のおばあちゃん③

 都会から離れた場所に位置する田舎。自宅裏の道をまっすぐ山の方へ進んで行くとそれはあった。


「綺麗ですね」

「はい」


 ざあっと風に吹かれた花々が、その香りを漂わせる。


「この花の名前は何と言うのでしょう」

「私は都会から越して来た人間です。元よりここに住んでいたあなたの方が詳しいのでは?」

「いつの間にか、咲いていたんです。誰かが種子を持ち込んだのかもしれません」

「そうなんですか」

「はい」


 それは花畑だった。赤紫の花が咲き乱れ、私達の視界を鮮やかに染め上げている。


 私と彼の関係は、恋人同士であるにも関わらず敬語だった。しかし二人の間に壁はなく、彼といる時はどこまでも落ち着いていられた。


 じっと言葉を交わすことなく花畑を見つめる。握り締めた手から伝わる彼の体温が、真夏にも関わらず心地よかった。


「し、静香さんも……」

「?」

「静香さんも、この花と同じぐらい……いえ、それ以上に綺麗です!」

「……ふふっ、ありがとうございます」


 恥ずかしがりながらもそう言ってくれる彼が愛おしい。ほんの数秒、見つめ合う。


 少し背伸びをして。


「ん」


 口づけを交わした。


 まだ不慣れで、心臓がドクドクと音を立てている。


「また、この景色を見に来ましょう」

「はい」


 名残惜しみながらも、花畑を後にする。彼の実家へ引っ越すともう見れなくなってしまうからだ。


 またここに来る。そう彼と約束し、私達は田舎から都会へと住居を移した。



 後に第二次世界大戦と呼ばれる戦争が起きたのは、この日から一年と経たない内であった。



 ********


 ゆっくり歩くおばあちゃんにペースを合わせつつ庭に出る。全員が縁側に集合した。


 うちの庭は二つあった。一つは物置などがある、家の外の、縁側に面した広い庭。


 もう一つは家の内側に存在していて、色んな部屋から直接行くことが出来る。だけど大きさはその分小さく、何も置いていない殺風景な場所だった。


 広い庭には鉄棒があって、僕は昔からここで練習していた。近所の少年少女も、公園代わりに鉄棒をしに来る子が多かった。


 遊び場はたくさんあったけど、鉄棒のある場所は少なかったからだ。その子たちにはよく僕が鉄棒出来ないことをからかわれた。


 でも今日の僕は違う。


「おばあちゃん、見ててね」

「はいよ。しかしあんただけ金のかからないプレゼントだねえ」

「ははっ、そうだね」


 おばあちゃんの相変わらずの茶々に笑う。実は今回のサプライズにはかなり金がかかっているんだけど、それは内緒だ。


 その時が来るまで秘密にしておく。今は鉄棒のことだけでいい。


「じゃあ、やるね」

「ああ」


 ごくり、息を飲む。いざ行かんと、鉄棒を握りしめ……


「熱っ!!」


 熱っ!!


「あ、つっ……ふーふー!」


 すぐに手を離し、息を吹きかけ掌を冷ます。


「「「…………」」」


 ちらりと縁側に目を向けると、呆れた目でこっちを見て来る皆の目があった。特におばあちゃんの目が冷たい。


 それもそのはずだ。真夏の日に照らされ続けた鉄棒が熱くない訳がない。


 今まで練習に使っていた鉄棒は日陰にあったからうっかりしていた。場に、何とも言えない空気が流れる。


「ぷ、あははは。兄貴、濡らしたタオル持って来るからしばらく待ってて」


 久美がタッと駆け出し、家の中へ駆け込んで行く。彼女の言葉に何も返せなかった。


「め、メガネくん。ドンマイ。冷やしたら頑張ろうぜ!」


 福知くんの励ましが逆に胸に刺さる。無言のまま立ち尽くしていると久美がタオルを届けに来た。


「ほっ」


 じゅううぅ。


 久美がタオルを当てた部分から蒸気が立ち昇った。久美は念入りに三枚ほど持って来ており、鉄棒全体の熱を冷ます。


「はい兄貴、これでいけるよ」

「ありがとう」

「がんばってねー」

「うん」


 仕切り直して。今度こそ鉄棒を握りしめる。


 湿ったタオルで拭いたはずなのに水分は感じられなかった。全て蒸発したんだろう。


 大事な時なのにそんなどうでもいいことを考えた。不思議と心に余裕があったからだ。


 そして、僕は。


 くるりと、前までの自分が嘘であったかのように、簡単に回ることが出来た。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 鉄棒が終わり、リビングまで戻って来た。冷蔵庫に入れておいたケーキを取り出し、切り分けテーブルに並べる。


 鉄棒は、おばあちゃんには優しく見守ってもらうことが出来た。「大きくなったね」と、温かく言われたことが心に残っている。


 ケーキを食べ終え。


「じゃあ、そろそろメガネくんの部屋に行こうかな。夏休みの宿題も皆でやるために持って来たし」


 おばあちゃんの誕生日祝いが終わった。清水くんが、不自然なくリビングを出て行く流れを作る。


「うん、僕の部屋はリビングを出て奥に進んですぐ左の部屋だよ。先に行って勉強してて。僕と久美はもっとおばあちゃんと喋っていたいし」

「分かった」


 そして違和感なく「お悩み解決部」の皆が僕の部屋に行く流れになる。彼らはさっとリビングを出て行った。


「一緒に行っておいで。せっかく友達が来てるんだ」

「いいよ、僕と久美は夏休みの宿題はもう終わらせてるし。というか多分、彼らも僕たち家族だけの時間を作ろうとしてくれたんじゃない?」

「それが本当なら気が効く子たちだねえ」


 上手く誤魔化すことが出来た。久美と顔を見合わせ微笑み合う。


「せっかく友達が来てくれたって言うけどさ。それこそ、せっかく今日はおばあちゃんの誕生日なんだし、ゆっくり喋ろうよ」

「ふっ、そうかい。確かに最近、会話を交わす時間が少なかったからねえ」


 テレビを点け、楽しく歓談する。久しぶりということもあり、時間を忘れて楽しんでいた。



 気がつけばとっくに一時間以上が経過している。


「へー、面白い子達だね」

「うん、最近の私の楽しみなんだー」


 今は「お悩み解決部」の皆について話している所だ。笑いながら話を続けていると、テレビの画面が目に入った。


 そこに映っていたのはとある中継だ。


「見てください! この一面を彩る綺麗な花々! 様々な色が混じり合って、美しいコントラストを描いております!!」


 赤、黄、ピンクなど多様な色で埋め尽くされた花畑の映像だった。場所の名前はどうやら、ひだちなか海浜公園というらしい。


 ふと隣を見ると、眩しそうに、そしてどこか切なそうにテレビを眺めるおばあちゃんの姿があった。


「綺麗だね!」

「……そうだね」

「おばあちゃんとおんなじぐらい綺麗なんじゃない?」

「よく言うよ」


 久美の冗談におばあちゃんはふふと笑ったが、彼女の寂しげな表情が消えることはなかった。


 その時ちょうど、スマホがピロンと音を鳴らす。チラリと画面を見ると、「準備完了」と味気なく書かれたメッセージが目につく。


 送信者に対し「了解」と簡潔に返した。久美が期待した目でこちらを見ていたので、こくりと頷く。


 よし。


「おばあちゃん、ちょっとついて来てくれない?」

「どうしてだい?」

「いいからいいから」


 不思議そうにするおばあちゃんの手を久美が取り、立ち上がらせる。


「一体何があるのさ」

「シシシ、内緒ー」


 久美が優しくおばあちゃんの手を引きリビングを出る。僕もその後に続き、リビングの電気だけ消して外に出た。


 久美は相変わらずおばあちゃんの手を離さず前へと進む。彼女の機嫌はかなり良さげだった。


 そして目的の場所に着く。家の中にある、小さい方の庭だ。


 庭を見たおばあちゃんが、息に詰まったようにピタリと動きを止める。


 そこにあったものは、少し土に汚れた「お悩み解決部」の面々と。


 満面に咲く赤紫色の花畑だった。

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