第三十七話 伏見家のおばあちゃん②
待たせたな!
少し話が間延びしたので、退屈させない為の連続投稿です。
四話一気に行くぞおおお。
「静香さん。僕とお付き合い……して、頂けますか」
恥ずかし気にそう告げる彼の顔は、春のそよ風に吹かれほのかに赤く染まっていた。
遠い昔の思い出。でも、それはいつになっても鮮明に思い返すことが出来る。
「はい、喜んで」
私の頬も、きっと紅潮していたと思う。あの時ほど、顔が熱くなった日はない。
彼はあの時代の男性にしては優しく、暖かかった。
女子から好意を寄せられるような男らしさはない。女性を魅了するような屈強な体も持ち合わせていなかった。
「これから、よろしくおねがいします」
だけど私は、彼を心から慕っていた。彼に一生を捧げたいと、そう思っていた。
少し強い風が吹いた。桜が舞い散る。
私の長髪がさらりとなびく。
それを見た彼は、またドキリとしたように下に視線を向けた。
陽気な春の微笑みが、恥ずかし気に俯く二人をいつまでも包み込んでいた。
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「「「はっぴばーすでー、とぅーゆー。はっぴばーすでー、とぅーゆー。はっぴばーすでーでぃあ……」
「「「おばあちゃ~ん」」」
「「「はっぴばーすでーとぅーゆー」」」
ふう、ふう。
「おばあちゃん、おめでとう」
「これで九十五歳だね!」
清水くんがカチリと電気を点ける。おばあちゃんが蝋燭を吹き消したことで真っ暗になっていた室内に、再び明るさが戻った。
テーブルの上のケーキの、その更に上には役目を終えた蝋燭の残骸が五つ残っていた。舞鶴さんがさっと回収する。
「こんなにたくさんの人に誕生日を祝ってもらったのなんて、いつぶりかしらねえ」
おばあちゃんは嬉しそうに微笑む。その笑顔には若さが感じられ、しわだらけの顔とはアンバランスだったがそれが逆に元気をくれた。
だけど僕は知ってる。こんなおばあちゃんにだって、だんだんと体にガタが来始めていることを。
「次はプレゼントだな」
清水くんの言葉に「うん」と頷く。先に清水くん達がそれぞれ持って来たプレゼントを渡し、僕と久美のプレゼントは最後に渡す手筈だ。
「まず俺から!」
明るくプレゼントを取り出すのは福知くんだ。彼には鉄棒の練習に一番長く付き合ってもらっていたので感謝している。
「じゃーん!」
「それは?」
「マグニペン!」
「まぐにぺん?」
何だろう。聞いたことがない。
「これマジすげえから!」
「いや、そう言われても分かんねえよ。普通のペンとは違うのか?」
僕達の疑問を、清水くんが代弁してくれた。
「ルーペとペンが一体化してんの!」
「へー。確かにそれはお年寄りには良いかもな」
「だろ?」
「ああ。よくそんなものがあるって知ってたな」
「マジググったから!!」
「マジググっちゃったか」
すごい造語だ。僕は一瞬意味が分からなかったけど清水くんはすぐに対応していた。
「大和くんと言ったね。ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
「はい。いつまでも元気でいてください!」
「じゃあ次、俺が持って来たのは……と」
話の流れのまま、清水くんが荷物を置いてる場所へ行きプレゼントを取り出す。
「大和ほど意外性はねえけど、これ」
清水くんが手に持っているのは孫の手だ。彼は一度、僕の家に孫の手があるか聞いて来たので、僕は彼が孫の手をプレゼントに用意していることは知っていた。
もちろんおばあちゃんには黙っていたけど。
「意外ならいいってもんじゃない。心がこもっていたらそれだけで私は嬉しいよ。ありがとう」
「えっと、どういたしまして」
おばあちゃんの素直な礼の言葉に、どこか清水くんは照れた様子だった。ぽりぽりと頬を指でかいている。
そのまま彼はおばあちゃんの前から引いた。次は女子二人の番だ。
「私とみうは、二人で一つのものを用意しました」
舞鶴さんが、ごそごそと荷物から、先の二人のものより少し大きな箱を出した。パカッと蓋を開ける。
「春夏用の、ブラウス。もう夏も終わるけど……」
伊根町さんの説明に合わせて、舞鶴さんが箱を少し傾け中身が見えるようにした。中に入っていたのは綺麗に折りたたまれた新品のブラウスだ。
箱から取り出すことはせず、そのまま舞鶴さんはおばあちゃんに手渡した。
「これなら夏が終わっても着れないことはないよ。ありがとう」
「喜んでいただけて、何よりです」
ニコっと、舞鶴さんは笑う。彼女の笑顔は明るく可愛らしくて、それにも関わらず媚びた気配はなく、裏表のない素直なものに見える。
前にそのことを清水くんに伝えたら、何故か「メガネくん! お前には失望したぞ!!」と怒られてしまった。おかしなことを言ったんだろうか?
心当たりは無いけど、あの日一日、清水くんは僕を憐れむように見てきた。結局理由は謎のままだ。
女子二人がプレゼントを渡し終え、いよいよ僕と久美の番がやってくる。久美と顔を見合わせ互いに頷き合った。
「まず私から」
久美が意を決したように、プレゼントを取りに隣の部屋へ行った。すぐに綺麗に包装された箱を持ってくる。
「おばあちゃん、これ。私が自分で編んだんだ」
「へえ、どれどれ」
しゅるるると、おばあちゃんが箱についているリボンを外す。外し終えたリボンをテーブルの上に置き、そっと箱を開けた。
「これは?」
「マフラー」
「この時期にかい?」
「う、うん」
おばあちゃんは先程までの笑顔を消し、真面目な顔で久美が手編みしたマフラーを手に取る。さっと広げ、マジマジと見つめていた。
久美が、恐る恐るおばあちゃんの表情を窺う。
…………。
少しして。
「まったく、呆れた子だね」
おばあちゃんは一言そう呟くと、ふっと相好を崩した。
「良く出来てるじゃないか。あんたが編んだとは思えないよ」
「で、でも本当に私が……「頑張ったんだね」……うん」
こくりと、久美は頷く。その表情はいつになくしおらしいが、いつになく嬉しそうだ。
「だからって真夏にマフラーをプレゼントにする馬鹿がどこにいるんだい」
「それはほら、来る冬に備えてさ」
「ふふ、本当に呆れた子だ」
おばあちゃんは優しく笑いマフラーを丁寧に畳むと、大切そうにもう一度箱の中に仕舞った。久美も、不安そうだった様子とは一変し笑顔でシシシと笑っている。
そして。
「最後はあんたかい」
「うん、プレゼントとは少し違うけど。見て欲しいものがあるんだ。大きい方の庭まで、一緒に来てくれる?」
残るは僕一人だ。