第三十三話 清水美弥は相変わらずの破天荒
俺の部屋に、前回の勉強会の時と同じちゃぶ台を持ち運ぶ。それぞれテキトーな位置に座り、裁縫道具を取り出した。
久美がおばあちゃんにマフラーをプレゼントするために、俺達が編み方の指導をする。それが今日の目的だ。
だが何故か舞鶴もみうも自分達の裁縫道具を持ってきていて、しっかり毛糸まで用意している。最近は編み物をするための裁縫セットが家にないケースも多いのだが、彼女達の家にはあったらしい。
まさか買ったという訳ではないはずだ。
「じゃあ始めるか」
「おっけー」
各々が道具をちゃぶ台の上に並べ終えたので早速始めることにする。今日一日で全て編み終わろうとは思っていないが、時間を無駄にするのももったいない。
しかし先に確認しておきたいことがあった。
「最初に聞いておきたいんだが、舞鶴とみうもマフラーを編むのか?」
「私はそうする」
みうは久美と同じくマフラーを編むらしい。後は舞鶴だが……。
「えっと……夏でも役に立つものが良いんだけど何かあるかな?」
なお、現在の舞鶴は人前モードである。言わずもがな久美がいるからだ。
舞鶴の質問に、腕を組み少し考えに耽った。そして気になったことを尋ねる。
「……男用か女用か、どっちか先に聞いても良いか?」
「……男子用で」
わざわざ聞くなという顔を向けられる。そのぐらい察しろということだろう。
「…………思いつかねえ」
「だよねー。……どうしようかなぁ」
舞鶴さん、その「こいつ使えねー」みたいな顔止めてくれません?
言葉の調子だけは相変わらずキャピキャピしてるが、表情には完全に素が出ていた。それを久美には見られないよう上手くしているのだからやはりタチが悪い。
「女子用の何かならある?」
「……女用もなあ」
手編みというものはどちらかと言うと冬向けが多い。しかし遂にゴミを見るような目を向けられたので、何とかアイデアを捻り出す。
「ヘアゴム、とか」
「ヘアゴム?」
「ああ」
舞鶴はきょとんとした顔を浮かべた。あまりイメージがつかないようなので簡単に説明する。
「手編みで飾り作って、金具つけてそこにゴム通して完成だ。やったことはねえが多分出来んだろ」
「へえー」
普通に感心されてしまった。舞鶴にそういう反応をされると調子が狂う。
「じゃあ私、それにする」
「了解。ヘアゴムは時間かかんねえから後回しにして、先にこの二人教えるぞ?」
「分かった」
舞鶴の了承を得て、いざ指導に取り掛かろうとした時だった。
コンコン。
ドアがノックされる。
「……どうぞ」
誰かは見ないでも分かった。また騒がしくなりそうだが、ノックをしただけ前回よりはマシになったかもしれない。
「先輩方ー、ジュースとお菓子ですよー!!」
がちゃりと音を鳴らし入って来たのは、やはりにっこり笑顔でお盆を持つ妹の美弥だった。
「今日は裁縫ですか?」
「そうだよー」
ジュースとお菓子を届けた美弥は、当たり前のように俺と久美の間に座っている。
「でもどうしてうちで?」
「カズくんに教えてもらうためかなー」
「なるほど、おにいちゃんそういうの上手いから……はっ!」
そして久美と会話を交わすと、突然愕然とした表情を浮かべた。
「いつの間にあだ名呼びに!?」
「この前の勉強会の後だよー」
我に返った美弥は慌てて俺の耳元に口を寄せる。こそこそと話しかけて来た。
「やっぱり久美ねえちゃんは危険だよ。おにいちゃんの財布に魔の手が届くまでもうちょいだよ」
「美弥、失礼だ。謝れ」
「ごめんなさい」
「この展開前にも見たなー。だから今度は許してあげない」
「そんなっ」
久美の意地悪な発言に美弥はショックを受けたらしい。涙目になり、上目遣いで久美を見上げる。
「うう、久美ねえちゃん…………ダメ?」
「ほうあっ! 前言撤回、おねえちゃん許しちゃう!」
「やったー!」
美弥は万歳をした。その後目をうるうるさせたまま再び久美を見据える。
「久美ねえちゃん……」
「美弥ちゃん……」
ガシッ。
彼女達は熱く抱擁を交わした。これ何の茶番?
美弥は久美と数秒抱き合った後、今度は舞鶴の方へ目を向けた。
「舞鶴さんはうちに来るの初めてですよね?」
「そうだよ。久しぶり、美弥ちゃん」
「久しぶりです! まさか舞鶴さんまでいらっしゃるなんて。今日はゆっくりしていって下さいね!」
「うん。お言葉に甘えさせてもらうねー」
どうやら二人共お互いのことを覚えていたらしい。女子同士の会話特有のほのぼのした空気が部屋に流れる。
「遊園地の時はおにいちゃんが恥ずかしい姿をお見せしました……」
「ほんとにねー。急に泣き出すんだもん」
「あれは忘れてくれ」
アハハと二人が笑う。一人話について行けていない久美は、んーと不思議そうにしていた。
「でも私、舞鶴さんには感謝してるんです!」
「どうして?」
「だって」
美弥は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「おにいちゃんを前に進ませてくれたから」
「!!」
……それはずるい。言葉に詰まり、何か言おうとしても何も思い浮かばなかった。
舞鶴とみうは驚いた顔をしており、久美は依然よく分からないといったように首を傾げている。
「いつかお礼を言いたいなって思ってて。舞鶴さん、遊園地の件、本当にありがとうございます!」
バッと美弥は頭を下げた。舞鶴は両手を前に出し、手をぶんぶんと振る。
「そんな、頭上げて? 私別に、何もしてないし」
「何もしてないなんてことありません! ……舞鶴さんには分からないかもしれないけど」
そこで美弥は顔を上げた。
「お礼だけでも、しておきたかったんです」
「そう、なんだ?」
まあ舞鶴には分からなくても仕方がない。「男なら」なんて声をかけられただけでハッスルする俺がおかしいのだ。
「じゃあ私はこの辺でさよならしますね。先輩方が良い作品を作れるよう応援してます!」
美弥はそう言いスタッと立った。今回はしっかりお盆を脇に抱えている。
「じゃあな、美弥」
「バイバイバイシオン」
そう言い残し、美弥は外に出て行きバタンとドアを閉めた。
……いつの間に全体魔法になったのだろう。
来週まで忙しい……それでも更新はなるべく良いペースで出来るようにします。
私、がんばります!