第三十話 夏休みの旅行計画
「夏休み、どっか行かない?」
テストが終わり、夏休みに入るまでもう幾日もない水曜日のこと。「お悩み解決部」の部室で、そんなことを言い出したのは大和だった。
今日までは授業もテスト返却が多く、学校に来ても勉強をする時間が少ない。その上夏休みが近づいているということもあって皆浮足立っていた。
教室に居た時はそこかしこで夏休みの予定を話し合う声が聞こえた。大和も夏休みということでテンションが上がっているのだろう。
「行くのは良いが、俺とみうはともかくお前らは部活あるだろ?」
俺とみうは所属が「お悩み解決部」のみなので特に夏休みに予定はないが、他の皆は違う。それぞれが正規に所属している部活の活動が夏休みの間は多い筈だ。
「そうなんだけどさ。この前予定の確認をしたら、サッカー部と弓道部の休みが被っている日があって。マジラッキーていうか」
「そうなのか?」
「ああ」
大和の言葉の確認を、念のため立也に取ってみたがどうやら本当らしい。
「いつだ?」
「八月の十七日から十九日」
「お盆明けか」
「そう!」
日にちを聞く。お盆の期間は流石に無理だが、明けた後ならば時間は取れるだろう。
その時期に部活が休みになるということは、顧問の先生がお盆を機に実家に帰省して、しばらく滞在して帰って来ないからとかそんな所だろうか。出来過ぎだが、休みが取れたのなら遊んでも良いかもしれない。
三日間もあるのは嬉しい。行先の選択肢が広がるからだ。
「合宿ってことにすれば部費から落ちないかな?」
「それは不味いだろ」
舞鶴があのきゃぴるんスマイルで話しかけてくる。裏の顔を知っているとその笑顔にも鳥肌が立つだけだが、かれこれ一ヶ月以上の付き合いになるので既に慣れた。
今となっては、そんな彼女にも冷静に言葉を返すことが出来る。
「やっぱりそうだよね~」
そもそもこの部活の部費の予算はかなり少ないので合宿に充てられる程もない。具体的な額を言えば五千円である。
「行くのはここにいるメンバー?」
「プラス寺田かな」
現在部室にいるのは、俺、立也、舞鶴、みう、大和だ。ここにモブ田を加えるということは、まあいつものメンバーである。
「どこに行くかは……」
「決まってない」
「なるほど」
どこに遊びに行くか。その話に移った瞬間、皆の目の色が変わった。
……ここからは戦いだな。
「俺は温泉に行きたい」
先制。誰よりも早く意見を主張した。
機先を制すことで、話の流れをぐっとこちらに引き寄せようという腹づもりだ。
「せっかく三日もあるんだ。温泉なら一泊二日で事足りる。どうせなら、一日中遊べるような所が俺は良いかな」
すぐさま反論して来たのは立也。自分の意見をアピールするというよりは、俺の意見を潰しに来た形だ。
そこに加勢して来たのが大和である。
「俺達まだ高校生なんだしさ。温泉みたいな社会人向けのプランは無しにしねえ?」
「くっ」
大和は普段はもっと物腰の柔らかい言い方をするのだが、今回はその限りでは無かった。本気なのだろう。
こうなると俺の立場はかなり弱くなる。民主主義に生きる日本人にとって、多数決は何より優先される判断基準だ。
二人がそれぞれどこに行きたがっているのかは知らないが、少なくとも温泉は無いという結論には達しているらしい。
舞鶴とみうも俺の助勢をしようとはせず、ただじっと黙っていた。特に舞鶴は十中八九、立也の味方をするため最初から俺には分の悪い戦いだった。
結果、話は俺の意見を置き去りにして進んでいく。
「伊根町はどこがいい?」
大和がみうに意見を求めた。彼は自分の意見を言う前にまず周りの考えを知ろうというのだろう。
先に自分の意見を言ってしまえば、俺のように袋叩きにされる可能性があるからだ。
「私はどこでも……強いて言う、なら」
ちらりとみうは自分の体を確認した。そして思いを述べる。
「海、かな」
「「!!」」
これに反応したのは大和と舞鶴。大和はみうの水着姿を想像したのか顔をすぐ赤く染め上げた……ピュア過ぎねえ?
一方、舞鶴はというと大和とは反対に顔がさっと青ざめた。恐る恐る、みうと同じように自分の体を確認している。
主に自分の胸をだ。
「お、俺は賛成かなー」
大和はドギマギしながらも、みうの意見に乗った。こいつ完全にみうの水着姿目当てだろ。
だが、その海に決まりそうな流れに反論を呈したのが舞鶴だ。
「ちょっと待って。海はほら、日焼けとか辛いし、行くの大変だし。それに、みうは泳げないじゃん!」
慌てっぷりが見てて面白いな。舞鶴に屈辱を味わわせるためだけに海にしても良いかなと、俺もみうの意見に傾いて来た。
それにまあ、やはり俺も思春期男子。女の子の水着には興味がある訳で……。
「泳げなくても、楽しい。砂のお城とか、ビーチバレーとか。……浮き輪さえあれば、少しは泳げる」
「そ、そうだけど」
あの口数の少ないみうがここまで喋るとは。どうやら相当行きたいらしい。
反対、舞鶴は親友の無慈悲な正論に為す術が無くなりかけていた。
「でも、わざわざ海じゃなくても良いんじゃない? ビーチバレーだってみうの運動神経じゃ楽しめないだろうし」
「む」
「山登りとか、そういうのも良いんじゃないかな? 頂上から見る夜空は、綺麗だと思うし」
しかしここで舞鶴は墓穴を掘った。
「私の体力では、山を登れない」
「はっ!」
みうが初めて俺の前でドヤ顔を披露した。ドヤれるセリフでは無いと思うのだが、そんな野暮なことは口にしない。
舞鶴の顔は絶望に満ちていた。
「お、温泉もよくよく考えたらありかなーなんて」
チラッチラッ。
……こいつ。遂に俺に縋るという最終手段に手を出しやがった。
希望を求めるように俺の方を見てくる。日頃冷たい目を向けられ続けているだけあって、少し快感であった。
愉悦に浸り、無慈悲な一撃を舞鶴に見舞った。
「俺、やっぱり温泉より海の方が良いわ」
「くっ……覚えてなさいよ」
俺にしか聞こえない声で、ぼそりと舞鶴が呟いた。言われなくても忘れることはない。
俺も小声で彼女に言葉を返した。
「ざ、ま、あ」
「グギギギ……」
舞鶴は歯を食いしばっている。何と愉快なことだろう。
日頃の恨みを返し切った所で、夏休みの旅行計画の話は片付いた。
日程は八月十七日から十九日。
メンバーは、俺、立也、舞鶴、みう、大和、モブ田。
行先は海で、おそらく雨天中止だ。
この三日間には予定を入れないようにしなければならない。舞鶴はともかく、みうは胸もそこそこあるので正直かなり楽しみだ。
何度でも言うが、俺も思春期男子なのである。
そうして浮かれていた所に、コンコンとドアがノックされる。
誰だと思い、浮かれた気持ちを鎮めて「どうぞ」とドアを開けるよう促す。
がらり。
開けられたドアから入って来たのは意外な人物だった。
「やあ。この前食堂で言った通り、相談に来たよ」
そう言って入って来るのは、久しぶりに会ったメガネくんだ。それだけでも驚いたが、更に彼は一人という訳では無かった。
「カズくん、みうちゃん! 二日ぶりだねー」
何とメガネくんの後ろに控えていたのは。
「メガネくんと、久美……」
一昨日、俺に勉強を教えてくれと頼みに来た伏見久美であった。
大学のテストがやばいです。
次回の更新は明日です。