第二十九話 テスト前の恋愛相談は恒例なようです
「おはよう、カズ」
「お、おう。えっと、おはよう……みう」
「「「!!!」」」
翌日の朝のことである。教室に入るやいなや、みうに挨拶をされた。
まだカズと呼ばれることにも慣れないが、みうと呼ぶことにも慣れていなかった。
あまり赤くならない体質で良かったと内心安堵する。眼前ではみうがその頬を朱に染めており、それだけで普段より表情豊かに見えた。
羞恥で死にそうだが、現状の問題はそこではなく周囲の反応だ。
「伊根町さんと清水ってどういう関係?」
「清水が最近、伊根町さん達と仲良くしてるのは知ってたけど……」
「名前で呼び合うってことは、そういうことって考えて良いのか?」
ざわざわと騒がしくなる。
「清水ですら女子を下で呼んでいるっていうのに」
「俺達なんて全然女子と喋んねえよ……」
「悔しい!」
ざわざわ。
思った通り騒がれる羽目になってしまった。少し前まで窓際でぼっち飯を楽しんでいたような奴が、クラスの最上位に位置する美女を名前で呼んだのだ。
こうなって当然だ。
「し、清水っち……え?」
福知がパクパクと、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。彼にとっては、つい先日まで自分の恋を応援してくれていた奴が、失恋相手の名前を急に下で呼び始めたのだ。
……これもこうなって当然だ。というかそこだけ見たら、俺かなり屑じゃね?
「うるさいぞー、席に着け。HRを始める」
クラスの担当の教師が教室に到着したことで、一旦教室のざわめきは消え去った。俺も自分の席に着く。
朝のHRが始まる。みうの名前を呼んだ時の胸の高鳴りは、教室のざわめきとは裏腹にまだ消えていってはくれなかった。
「で、どういうこと!?」
HRが終わると同時、さっと福知が俺の席に寄って来た。何についての話なのかはすぐに分かる。
「昨日、俺の家で勉強会して、そん時に名前で呼び合うことになった」
「マジ!?」
「マジ」
「そっかあ」
福知の表情は複雑なものだった。その反応も当然で、彼に嫌われても文句は言えないレベルである。
「ま、良かったか!」
「? 何が?」
「何でも」
だが福知はにっと明るい笑みを浮かべた。
「それなら俺のことも大和で良いぜ」
「そうか。ならこれからは大和って呼ぶわ」
「おう!」
大和は根が良過ぎる。普通俺に怒りの一つでも湧きそうなものだが、どこにもそんな様子は見られなかった。
この懐の広さは見習うべき物であろう。
視線を教室の後ろにやると、舞鶴がみうを連れて外に出ていく所を目撃した。舞鶴はみうに聞くつもりのようだ。
「カズ」
「どうした立也」
立也も俺の席へ寄って来る。
「さっきのカズの顔、かなり恥ずかしそうで見てて面白かった」
「そのイケメン面を変形させてやるよ」
立也がからかってきたので臨戦態勢に入った。許さない。
イケメンが 男の顔に 口出すな
清水和夫、心の俳句である。
敵意を剥き出しに立也と対面していると、ふと耳に入って来る誰かの声があった。
「清水が伊根町を……、なら俺も、舞鶴のことを!」
聞き覚えがある声だなあと、振り向く。
「……あや……キャッ!」
そこには一人、舞鶴を名前で呼ぶ練習をして自分で恥ずかしがっている、モブ田の姿があった。
今日もこの教室は平和らしい。
「ちっ、調子に乗りやがって」
「粋がってんじゃねえよ」
「これだから陰キャは」
……一部を除けばだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ」
「何?」
「どうしてまたテスト一週間前に恋愛相談なんだ?」
「うるさい」
いつものナイゼリアで、俺は舞鶴に疑問を呈していた。
彼女からWINEが送られて来たのは、あの騒ぎの直後のことだ。内容は今日恋愛相談を行うとのこと。
初めての恋愛相談もテスト一週間前だった。こいつはどれだけ自分の首を締めるのが好きなんだ。
「とりあえずドリンク入れてくる」
「ん」
ドリンクバーの所へ行き、コップを二つ取る。それぞれになっちゃうオレンジとDDレモンを入れ、DDレモンの方にはストローをつけた。
「ほら」
「ん」
席へ持って行き、DDレモンを舞鶴に渡す。ソファに座り、なっちゃうオレンジを一口ごくりと飲んだ。
「で、今日は何が目的なんだ?」
「……」
俺の質問には答えを返さず、ちゅーと自分のペースでDDレモンを飲む舞鶴。炭酸は一気に飲むのが美味しいと思うので、ストローを使いたがる感覚が分からない。
少し待ってると舞鶴がストローから口を離し、ようやく俺への返答をしてきた。
「私も、天橋くんのこと下で呼びたい」
…………。
…………。
えーと、うん。
「勝手にしろよ」
それだけの為に今日集まったのか?
「偉そうに口答えしないで」
「いや、そればっかりは何も助言出来ねえよ」
流石に俺も回答に困る。この問題に関しては、ハッキリ言って舞鶴に勇気があるかどうかだけだ。
「何かコツとか無いの?」
「コツ?」
そう言われても。コツとかどうこう以前の問題だ。
だが強いて言うのならば。
「頑張る」
「…………」
「すまん、睨まないでくれ。でも、そもそもお前なら下で呼ぶぐらい簡単に出来るんじゃねえのか?」
舞鶴は男子連中とも気安く喋るので、そのぐらい平気でこなしそうなもんだ。
「俺でも出来たんだし」
寧ろ今まで名字で呼んでいたことの方が意外である。
「……そうね、余裕よ」
「じゃあ良いじゃねえか」
「ちっ」
舞鶴さん、頼むから理由なく突然キレるのはやめて下さい怖いです。
「今日の用がそれだけならもう帰るけど?」
これ以上何も無いならあまり時間を割いていられない。何度も言うがテスト前だ。
俺にも今日中に勉強しておきたい所がある。
「……もう一つあるわよ」
不機嫌そうなまま、がさごそと鞄の中から何かを取り出す舞鶴。
「勉強教えて」
その手に握られていたのは、数学の問題集とノートであった。
「私と勉強出来るんだしありがたく思いなさい」
これが人に物を頼む態度なのだろうか。
「……光栄です。誠意をもって、あなたの悲しい数学力を上げさせて頂くこととしましょう」
「イラっとするわね」
結局勉強するだけでこの恋愛相談は終わった。いやほんと何だったんだこれ。
今日は後一話投稿します。