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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第三章 決意編
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第二十八話 女子と自宅で勉強会

「清水教えてー」

「分かった」


 美弥が去って、しばらく真面目に勉強をしていた。誰も躓くことなく勉強が進んでいたのだが、今初めて伏見が俺に勉強を教えてくれと頼んだ。


 彼女は問題集とノートを持って来て、そのまま俺のすぐ隣に腰掛ける。ちゃぶ台に問題集を置いた。


「ここなんだけどさー」


 俺の目の前に乗り出し、問題を指差す伏見。彼女の結んだポニーテールがすぐ目の前で揺れた。


「見えねえんだけど」

「あー、ごめんごめん」


 これでは問題集が視界に入らない。髪から漂ってくるシャンプーの香りも交際経験無しの俺には刺激が強かった為、すぐにどいてもらうことにした。


 伏見の後頭部が俺の視界から外れたことで、開かれた問題集を見ることが出来るようになる。どこで苦戦しているのか把握した所で、説明をした。


「なるほど、そうするんだ。清水の説明分かりやすいね」

「だろ?」

「でもそこで自慢気にしちゃうとこがなー」


 伏見はいつでも楽しそうに笑う。今もそうだ。よく笑うのは良いことである。


 彼女が問題を理解出来た所で、ちらりと前に座る伊根町に視線をやった。


「どうした、伊根町?」

「何でもない」


 例の如く、伊根町の表情に大した変化はない。だが、どこか不機嫌そうに見える。


「ふんふふんふふーん」


 伏見は伊根町とは反対に上機嫌だ。鼻歌を口ずさみ、元の位置に戻り勉強を進め始めた。


 問題を理解出来たことがそんなに嬉しいのだろうか。


 俺も勉強に集中しよう。






 集中出来なかった。すぐに伊根町が近くに寄って来たのだ。


「ここ教えて」


 これまた距離が近い。先程の伏見との距離と変わらないが、伊根町がこんなに距離を詰めてくるイメージが無かった為か、心臓の音は今回の方が大きい。


「あー、そこは」


 説明に手間取る。ややこしい範囲だった上に、伊根町と接近しているという緊張が重なって上手く言葉で伝えられない。


 四苦八苦しながらも教え切ることが出来た。


 これが美弥なら何ともないのだが。


「これで、あってる?」


 伊根町は問題から目を逸らし、上目遣いで俺に確認してきた。


 俺の理性にクリティカルヒット!!


「あってるでごわす」

「大丈夫?」

「はっ!」


 ヤバイ者を見る目が俺の正気を引き戻す。危ない、理性が飛んでいた。


 まさか愛を失ってから女子と関わりを持たなかったことが、こんな所で効いてくるとは。


 次は理性を保とうと精神統一を始める。


 そんなことをしていた為に、ニヤニヤと意地悪く笑いながらこちらの様子を窺う伏見に、今度も気づくことが出来なかった。


 再び勉強に集中しようと気合を入れる。






 集中出来なかった。次は伏見が俺の傍へハイハイの姿勢でやって来たのだ。


「清水ー、次このページなんだけど」

「はいよ」


 伏見に指差された問題を確認する。彼女はまたしても距離を埋めて来たが、いくら俺でももう動揺することは無かった。


 耐性がついて来たのだ。


「この問題が分からなくって」


 ほわぁ!


 問題番号に指を当てる伏見の巨乳が、体勢の関係上、俺の腕にもたれかかった。ふわふわに全意識を持って行かれそうになってしまう。


 思わず息が荒くなり、深呼吸して落ち着ける。伏見にその気はない、彼女の胸が大きいから当たってしまっただけだ。


 ここでもし彼女にその気があったとしても、美弥の言う財布狙われてる説の可能性が高くなる。


 どちらにせよ気を抜くことは出来ない。ここは戦場だと自身を奮い立たせた。


 ……一体何を抜くことが出来なくて、何を奮い立たせたのか。


「そこは、こうして……後は」

「分かった、こう?」

「そうだ」


 問題を教え終わると、伏見は俺の傍から離れていき元の位置に戻った。彼女から漂う女子の匂いが遠ざかる。


 ほっと一息ついた。


 さてと、


「じゃあ俺トイレ行ってくるわ。少ししたら戻ってくる」


 そう言い残し、さっとトイレへ向かう。


 一時休戦だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 清水が部屋を出て行き、足音が遠ざかっていく。部屋に残された少女二人は、ペンを動かす音以外何も無い静寂の中にいた。


 その静寂はすぐに破られる。


「伊根町さん」

「……どうしたの?」

「みうちゃんって呼んでいい?」

「いいけど」

「じゃあ、みうちゃん。私のことも、久美とか久美ちゃんでいいよ」

「分かった」


 伏見が伊根町に話しかけた。親密を深めようとしているのか、最初の会話は名前の呼び方についてだった。


「みうちゃんは勉強出来るの?」

「……人並み、には」

「そっか。私も出来る方だと思ってたんだけどさー、今回の範囲、けっこー難しくて苦戦してるんだよねー」

「そう」

「まあ、一人で何とか出来るレベルだったんだけど……」

「じゃあ、どうして依頼して来たの?」


 伊根町が質問を伏見に投げかけた瞬間、室内の空気が変わった。伏見の笑みが深くなる。


「そりゃあ……」


 にやにやと目を愉快そうに曲げながら、伏見はその言葉を言った。


「清水のことが、気になってるから」


 伊根町は息を飲んだ。伏見の今までの行動から、ある程度の予測はついていた。


 どれだけ無防備な女子でも、まず初対面かつ好きでも無い男の家には行かない。そのことを察したからこそ、伊根町も清水の家までついて来たのだ。


 相変わらず、伏見の不気味な笑顔は消えない。


「みうちゃんは、清水のことどう思ってるのかな」

「え?」

「だってー、普通に考えたら私が清水と二人で勉強したがってたって分かるじゃん? わざわざ清水の家を場所に選んだんだよ? それなのにみうちゃんはここまでついて来たし」


「だから」と、伏見は言葉を続ける。


「みうちゃんは私の邪魔しに来たのかなーって」

「……そ、そんなこと、無い」


 伊根町は伏見から視線を逸らし、目を泳がせた。誰が見ても嘘だと分かる。


「みうちゃんは嘘が下手だね~」


 ケラケラと明るく伏見が笑う。


「でもそれならさー。清水を私が貰っても良い?」


 伏見は瞳の奥を光らせ、真っ直ぐに伊根町を見つめそう言った。伊根町がどう答えるのか反応を窺うように。


「それは……ダメ」

「どうして?」

「だって、私は」


 伊根町は今度は嘘をつかなかった。ハッキリと伏見に立ち向かうように答える。


「清水のことが、好きだから」


 すっと、重かった部屋の空気が軽くなったような感覚を伊根町は感じた。伏見の笑顔は消えていないというのに。


「良い返事。と、ここでこの話は終わりかな」

「?」

「ほら、耳をすませて」


 スタスタと、この部屋に向かって誰かが歩いて来る音が聞こえた。


「帰って来たみたい」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「お邪魔しましたー」

「お邪魔、しました」


 勉強会が終わった。美弥と母さんは晩飯も一緒にどうかと誘っていたが、帰る時間が遅くなるのも困るので、結局七時頃に二人は俺の家を離れることになった。


「また来て下さいね!」


 美弥がぶんぶん手を振っている。


「またね、美弥ちゃん」

「ばいばい」

「おにいちゃん、しっかり家まで送るんだよ!」

「二人とも電車勢だからそれは無理だ」

「じゃあ駅まで!」

「分かってる」


 美弥は名残惜しそうに手を振り続けているが、さっさと家のドアを閉めた。彼女の姿が見えなくなる。


「よし、行くか」


 夏が来た証か、こんな時間なのにまだ外は闇に包まれていない。まだ微かに青味の残る空の下、二人を送る為に歩き出した。


 左から順に伊根町、俺、伏見の順で並び、道を歩く。かなり道幅を占めているが、寂れた地域ということもあり車や自転車の数も少ないのであまり関係なかった。


「いやー、楽しかった」

「勉強楽しいとかいう奴初めて見た」

「勉強のことじゃないよー」


 伏見はスキップ気味に歩き出し、俺らの前に出る。


「ね、みうちゃん」

「……うん」


 返事に間があった。伊根町の横顔は、少なくとも楽しそうには見えない。


 ……いつものことだな。


 そう思い、ふと気になったことを尋ねる。


「いつの間に下の名前で呼ぶようになったんだ?」

「清水がトイレに行ってた時」

「そうか」


 やはり二人きりという状況が生まれると、親密になるものらしい。


「清水のことも下で呼んでいい? 美弥ちゃんとかとごっちゃになりそうだし」

「良いぞ」

「じゃあこれから……清水の名前って何て言うの?」

「おい」

「あはは、ごめんごめん」


 ツッコミはしたが、実際は知らなくても仕方がなかった。今日初顔合わせで、俺はまだ自己紹介をしていない。


 改めて名乗ることにする。


「和夫だ。平和の和に夫で和夫。呼びにくかったらカズでいい」

「じゃあカズくんで。私のことも久美でいいよ」

「恥ずかしいんだが」

「草食系男子の典型だねー。でも、ほんとに久美で良いよ。そうしといた方が、多分後々分かり易いし」

「どういうことだ?」

「すぐ分かるから今は内緒」


 悪戯っ子のように伏見はシシシと笑った。


「じゃあ……まあ……久美で」

「よろしい」


 何故か偉そうにふむと頷いた後に、ふし……じゃないな、久美は伊根町の方を向く。伊根町は久美と目を合わし、むっとした表情になった。


 伊根町の表情が変わったと、一人内心で驚く。


「清水、私もみうで良い」

「え?」

「みうって、呼んで」

「え、あ……はい」


 更に驚きが重なった。付き合ってもいない女子の名前を下で呼ぶことになったのは、愛と美弥を除けば二人が初である。


「それと、私も、カズって呼ぶ。久美も言ってたけど、美弥ちゃんと区別つかないし」

「お、おう」


 複数の女子と名前で呼び合うとは何だかリア充みたいだ。かなり照れてしまう。


 立也はこんなことを普段から易々と行っているのか。


「えっと……み……」


「みう」

「!」


 珍しく伊根ま……みうの顔が赤く染まる。どうやら彼女も照れているらしい。


「ぷ……くっ、くすっ……あはは!」

「どうした急に」


 久美が堪えきれないというように笑いだした。


「やっぱーり今日は、たっのしっいなー」


 またもやスキップを始める久美。みうは何故かむすっとした表情で久美を見ている。


「人が増えて来たしスキップは止めろ」

「はーい」


 駅に近づき、辺りに段々活気が出て来た。どれだけ寂れた地域とはいえ、やはり駅前には人が集まる。


 そんな所でスキップをすれば迷惑だろう。


「じゃあ気をつけてな」

「うん、またねー」

「また、明日」

「おう」


 駅に着いた為、俺の役目は終わりだ。彼女達と別れを済ませ、再び家へと歩き出した。


 ……チャリを手で引いて来れば良かったな。

明日二話更新します。

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