第二十七話 清水家は騒がしい
「ただいま」
家に着く。リビングにいるだろう母と美弥に向かって声をかけた。
「おかえりなさい、和夫」
「おかえりー!」
元気な返事が返って来る。このまま顔を合わせることなく階段を上がり、自分の部屋を目指すのがいつものルートだが今回は違った。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔、します」
後ろにいた伏見と伊根町が挨拶をする。
「女の人の声!!」
美弥が素早く反応し、リビングから玄関へと飛び出して来た。学校から帰って来て着替えてないらしく、制服のままである。
「お母さん、おにいちゃんが女の子を連れて来たよ!」
「まあ」
「しかもいきなり二人だよ、浮気だよ!!」
「まあまあ」
「駄目だよ、おにいちゃん。私というかわいい妹を持ちながら!!!」
「まあまあまあ」
「…………」
ツッコミ所が多過ぎて処理出来ない。
「清水の妹さんか、名前は何て言うの?」
「美……」
「清水美弥です! 高校一年生で、部活は帰宅部です。おにいちゃんと同じ……じゃなかった! おにいちゃんは部活始めたんだった!! え、私、おにいちゃんよりもスクールカースト下……?」
「そうなんだ、元気があってかわいいね」
「そんな~、褒められてもおにいちゃんの貞操ぐらいしか出ませんよ?」
爆弾発言が飛び出す。
「褒めたら、出るの?」
何だこの空間は。ただでさえうるさい美弥が、俺が女子を連れて来た為に異常にハイになってしまっている。
「出ますよー」
「そうなんだ。……美弥ちゃんは、人見知りしなくて良い子だね」
「この流れで私を褒めるということは……出るのか、出ちゃうのか!? おにいちゃんの貞操!!」
「出るとか出ないとかそういうもんじゃねえよ」
「あはは、美弥ちゃん面白いね~」
伏見は楽しそうにケラケラ笑っている。先程まで緊張気味だった伊根町も、どこか体の強張りが解けていた。
「テスト勉強する為にこの二人はここに来たんだ。あんま騒いで迷惑かけるなよ、美弥」
「かしこマリオネット」
駄目かもしれない。
「……とりあえず上に上がるぞ。俺の部屋は二階だ」
「おっけー」
一直線に二階を目指す。このままここに居たら更にカオスなことになりそうだ。
「後でお菓子とジュースを持って行くわね~」
「おう」
母さんの声を背に、俺達は階段を昇る。
お菓子と聞き、伊根町が喜んでいることは顔を見なくても簡単に分かった。
カチカチ。
ペラッ。
シャッシャッ。
シャー芯を出す音、ノートをめくる音など、勉強会に相応しい音が聞こえてくる。開けた窓から、ふわりと風が流れ込んで来た。
「あ」
問題集が勝手に次のページへとめくられてしまう。換気の為に開けていたが、勉強の妨げになるのは困るので窓を閉めた。
勉強を再開しようと再び座布団に座り、ちゃぶ台に向き合う。俺の部屋は洋室だが勉強机は一つしか無かった為、他の部屋から急遽ちゃぶ台と座布団を運び込んだのだ。
「先輩方ー、ジュースとお菓子ですよー!!」
ドアが開かれ美弥が入って来る。その手にはお盆が乗っかっており、更にその上に三人分のジュースと積まれたお菓子が乗っていた。
「はい、どうぞ」
美弥が両膝を床に着かせ、ちゃぶ台に運んできたジュースやお菓子を置いていく。
「サンキュ」
「勉強の調子はどう!?」
「まだ始めたばかりだから何も言えねえよ」
聞くまでもないことである。美弥は立ち上がって部屋を出ていくのかと思いきや、そのままニコニコ笑顔で腰を下ろした。
「……何してるんだ?」
「いやー、もう少し先輩方と会話したいなーって」
「駄目だ、勉強の邪魔になる」
「私は良いよ、美弥ちゃんと喋ってみたいし」
「伏見……」
「やった!」
伊根町はどちらでも良さそうなので、美弥は少し部屋に居座ることとなった。
「名前は何て言うんですか?」
「私は伏見久美。久美ねえちゃんって呼んでね」
「分かりました、久美ねえちゃん!」
美弥がとびきりスマイルでそう言った。
「はぅあ! ……清水、妹って良いもんだね」
「それに関しては異論ねえな」
伏見は胸を抑えている。興奮しているようで、頬は紅潮していた。
「えっと、そちらの方は伊根町美海さんで合ってます、よね?」
「うん。覚えててくれたんだ」
「そりゃもう私、遊園地の時は感動しましたから……。あのぼっちおにいちゃんに友達が居たんだなって……」
美弥はハンカチで目元を拭う素振りを見せたが、涙は出ていない。演技だ。
「おおお、俺にだって立也以外にも友達の一人や二人……」
「本当にー? 私はあの時、別におにいちゃんとこの人達は友達じゃないけど、友達のフリをしていた、って睨んでるんだけどなー」
「ギクッ」
バレていたようだ。
「ま、どっちにしても、今おにいちゃんに友達がいるのは変わらないんだけどね。おにいちゃんが幸せそうで美弥は嬉しいよ……」
またしても、ハンカチで涙を拭う振りをした。だが例えそれが演技だとしてもおにいちゃんは感動してしまう。
「美弥……」
「おにいちゃん……」
ガシッ。
熱く抱擁を交わした。
「こんな仲良い兄妹もいるんだねー。私の所も仲悪くないけどそれ以上だ」
伏見はずっと愉快そうにしている。
「久美ねえちゃんは、いつからおにいちゃんと知り合いになったんですか?」
「今日だね」
「え?」
「さっき初めて顔合わせた」
「ええ!?」
美弥はさっと俺の傍に寄ってひそひそ声で話しかけてくる。
「おにいちゃん、あれは肉食系だよ。しかも多分、おにいちゃんじゃなくておにいちゃんの財布が狙われてるよ」
「美弥、失礼だ。謝れ」
「ごめんなさい」
「何で謝られたのか分からないけど、許して上げるねー」
「やったー!」
伏見には声が聞こえていなかったみたいだ。
「伊根町さんは、いつからおにいちゃんと? やっぱりあの遊園地の時からですか?」
伊根町は少し考えるような仕草を見せる。
「私も、みうねえちゃんって呼んで欲しい」
少し間を空けて美弥に返された言葉は、問いに対する返答ではなかった。そしてそんな伊根町を見て、更に笑みを深める伏見の様子に俺は気づかない。
「分かりました。それで、みうねえちゃんはいつから……」
「初めて会話したのは……」
確か、一学期中間テスト前の体育だったなと俺も思い出す。
「まだ私が中学生の時」
「……え?」
「清水は覚えてないと思う、けど」
全く記憶にない。というか俺の中学生時代とか、ほぼ他人との関わりなんて無かったぞ。
「すまん、心当たりがない」
「……うん。一回だけ、ちょっと喋っただけだから、忘れてても仕方ない」
なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。謝罪だけはしておく。
「そうなんですか! っと、じゃあ私はこの辺りでお暇しますね。皆さん、勉強頑張って下さい」
「じゃあな、美弥」
「バイバイバイキルト」
そう言い残し、美弥は部屋を出て行った。
「お盆忘れられてるね」
伏見が、微笑みながらちゃぶ台の上に置かれたお盆を見ていた。
次回の更新は土曜日です。
現在、テスト勉強を放り出して執筆しております。