第二十六話 伏見久美
七月に入るとすぐ、テストの時期がやって来る。お見合いの手助けを頼まれた翌週の月曜日、明日からテスト一週間前かと溜息をついた。
お見合いがどうなったのか。それは神のみぞ知るという奴だ。俺に分かるのは、京子先生の国語の授業が急に自習に変わったことぐらいである。
遊園地に行ったのが、前回のテスト最終日だったことを思い出す。
「時間が経つのは速えな……」
誰にも聞こえない様に呟かれた俺の声は、開かれた窓から飛び出し、外の空気と溶け込んだ。
以前は、一ヶ月はもっと長かった様な気がする。
「勉強を教えて欲しいの!」
テスト前最後の部活動。珍しく普通の相談者が来たと思えばそんなことを頼まれた。
「それはいいが、どうして俺達に頼むんだ? 友達に教えて貰うってのが一番手っ取り早い気がするんだが……」
勉強が出来ないのも、立派な生徒の悩みである。相談を拒もうとは思わないが、わざわざ「お悩み解決部」に足を運ぶ程のことだろうか。
「この部活の部長が、勉強出来るって聞いたから」
「それでか」
部長とは当然俺のことだ。俺のテストの点数は確かに高い。
前回のテストは学年で三位だった。
「分かった。依頼を受理しよう。教えるのはあんただけで良いのか?」
「うん。私の友達は自分で勉強するって」
それならば楽そうだ。人数が多ければ、それだけ手が回らなくなる。
自分の分の勉強もあるので、部活で頼まれたからとあまり時間を割く訳にもいかない。
「いつにする? 俺はテストまでならいつでも空いてるが」
「私も空いてる。もし、清水……って言うんだよね? が、良ければ今日からでも始めたいかな」
「了解。名前を教えてくれ」
「伏見久美。宜しく」
どこがで聞いた名字だなと思う。
「保健の先生の妹よ」
「マジか」
確かに胸のサイズが、血のつながりを証明していた。
「場所は、どうすっかな」
「清水の家は無理なの?」
「俺の家?」
「うん」
「……それはまずいだろ」
初対面の男子の家ですよ?
「別にあんたなら信用出来そうだし」
「その信用はどっから来るんだ?」
「女子に手出す度胸が無さそう」
「ごもっともです」
反論の余地もない。
「じゃあそういうことで。部活が終わるまで私はここにいるね。終わったら一緒に清水の家に行こ」
話は片付いた。現在午後四時なので、伏見はまだ二時間はここに居ることになる。
彼女は時間を潰す為にと、部室に置かれた漫画を読み始めた。
いや、今勉強しろよ。
そう思ったが、勉強の為にテーブルを占領されるのも、それはそれで相談客が来た時に困るので口を出さないことにした。
少しして。
「……私も行く」
「へ?」
話の一部始終を聞いていた伊根町が、突然言い出した。
「私も清水の家で勉強する」
決心は固いらしく、表情がグッとなっている……ような気がする。
「まあ俺は構わねえけど、伏見次第だな。伏見、良いか?」
「うん?」
伏見は漫画を読む手を止め、顔を上げた。俺の顔を見た後に、伊根町の顔を確認する。
伏見は少しばかり伊根町と目を合わせた後、にこっと笑った。
「私は良いよー。清水と二人ってのもつまらなそうだし」
「おい」
伏見は、しししと笑い、漫画を読む手を再開した。
「清水ー」
「何だ?」
「これ、おもしろいね」
伏見は読んでいる漫画は、俺のお気に入りの一作だ。
「だろ?」
「うん、本当に」
「おもしろい」と、伏見は上機嫌でページをパラリとめくった。
次回の更新は金曜日です。
キャラが多くなって来たので、登場人物の纏めを自分用に作るかもです。