第二十五話 夏が来た
第三章開始です
七月。夏が段々とその脅威を露わにし始め、気温の上昇と共に衣替えの季節がやってくる。
すっかり長袖を着ている者はいなくなり、風の心地良さを肌で感じ取っていた。開放感に包まれているのか浮かれている者も多くいる。
女子が晒している瑞々しい肢体に、男子達は皆、鼻の下を伸ばしていた。心なしか女子のスカート丈が全体的に短くなっているようにも見受けられる。
俺もついつい、彼女達の肌に目がいってしまう。
「清水の目、やばくない?」
どこからかヒソヒソ声が耳を掠めた。今のは聞き間違いだと信じたい。
キーンコーンカーンコーン。
「お前達、そろそろ席に着け。授業を始めるぞ」
授業の開始を知らせるチャイムが鳴り、京子先生が指示を出す。それに皆従い、各々の席に着席した。
「今日の授業は、いつもとは違うことをする。特別授業だ」
何をするんだろうか。
やはり普段の代わり映えしない授業は退屈なものなので、クラスメイト達は期待するようにコソコソ話し始める。
ふっふっふっ、と京子先生は笑い、不気味な笑みと共に授業の内容を言い放った。
「私が今日お前達に教えてやるのは、『一夏の恋の危険性』についてだ!」
あ、これ先生の惨めな過去話されるだけだ。
そう悟った生徒達は途端に口を噤んだ。
京子先生あるあるその①
自身の悲しい経験談をすることで、生徒の恋の邪魔をする。
とんだ教師がいたものだ。
「いいか、そういう訳だから女子は特に気をつけるんだぞ」
授業はもう後半。京子先生の話は止まらなかった。
半分、R18な話も混じっていたので顔を真っ赤にしている女子もいる。
「男という奴は、下半身でしか動いていない。夏に寄ってくる男なんて、所詮体目当てと決まっているんだ!!」
ドン!
またもや教卓が叩かれる。あの教卓はいつか、京子先生の手で壊されてしまうんじゃなかろうか。
「私はただ花火を眺めて」
うう、と先生がマジ泣きモードに入る。
「『花火、綺麗だね』『君の方が綺麗だよ』なんて会話を交わしたかっただけだったのに……」
いやほんと止めて下さいそういう話。哀れ過ぎて何もコメント出来ない。
「だが、今年の夏は違う!」
ばっと京子先生は顔を上げた。その拳は握られ、上空に掲げられている。
「私は今週末、お見合いに行くんだ! 写真で見たあの紳士を必ず手に入れてみせる!!」
決意に満ちた京子先生の頬には先程流した涙の跡が残っており、光に照らされ輝いていた。
「イケメンゲットだぜ!!」
任地堂にやられてしまえと切に願う。
「彼のモンスターボールは私のものだ!」
誰かこの駄目教師をR指定して下さい。
「という訳で、協力してくれ清水」
「いやどういう訳っすか?」
授業が終わると同時、先生に呼び出されそう言われた。話の脈絡を整理して貰わなければ分からない。
「私はな、これまでいくつもお見合いをして来たが全て玉砕した」
「でしょうね」
「ああ?」
「何でもないっす」
口が滑ってしまった。
「私は考えたんだがな。おそらくお見合い中の、話のつまらなさに問題があると思うんだ」
「その他諸々もっすね」
「ああ?」
「何でもないっす」
またもや滑ってしまった。
「そこで清水達、『お悩み解決部』の部員達に指示を仰ごうと思ってな」
「はあ……」
よく分からない。予め話の内容を決めておくということか、いっそ現地に行って京子先生の隣で会話のアドバイスをするということか。
「その為に、これを使おうと思う」
「……これは?」
コードのついてないイヤホンを京子先生は手に持っていた。
「私はお見合い中このイヤホンをつけておく。そしてお前達が離れた場所から私に指示を出すんだ。私と相手の会話が聞こえるよう、部屋には盗聴器を仕掛けておこう」
そこまでやるの?
「提供は私の友人だ。私を見兼ねて製作してくれた」
ええ……。
「盗聴器って法的に大丈夫なんですか?」
「お見合いに使わせて貰うホテルの管理人も私の友人でな。特別に設置する許可を下ろして貰った」
人脈すげえな。
「これは『お悩み解決部』への依頼という形で行う」
「いやだからウチの部活は生徒限定……」
「ああ?」
「何でもないっす」
こうして、京子先生お見合い大作戦が決行されることとなる。決行日は今週の日曜日だ。
補足しておくと、これをきっかけに、部活の対象を生徒限定に絞ることは無くなった。