第二十三話 ありがとう
空は曇天、周囲に水溜まり。あまりにも告白に相応しくないシチュエーションで今、一人の恋の行く末が決まろうとしていた。
福知と伊根町は既に体育館裏に来ており、俺は体育館の角に隠れている。長く伸びた草の影を利用し、上手く向こうからは見えないようにして顔を出した。
「どうしたの?」
伊根町が問いかける。普通ならば告白だと察することが出来そうなものだが、彼女はおそらく本心で聞いていた。
「あー、えっと、あの、その……マジ」
しっかりしろ。
まるで意味のない言葉の羅列が始まった。
「空、マジ曇ってるな」
「……? うん」
一旦福知は話を濁した。時間稼ぎをした所で意味はないというのに。
伊根町は不思議そうにしつつも、返事をした。無表情な彼女から、困惑している様子が窺える。
冷静に、福知はすぅっと深呼吸をした。
心が落ち着いた所で、再び伊根町を見据える。その目にはしっかりとした意志が映り込んでいた。
そして。
「俺は、伊根町のことが、好きだ!」
「!」
福知の口から、ハッキリと告げられる。それには流石の伊根町も、驚きで僅かに目を見開いた。
「遂に言ったな」
「うん」
「ああ、良かっ…………!?」
ばっと振り返る。俺の後ろには、何故か立也と舞鶴が立っていた。
「お前らどうしてここに」
「昼休みの会話が聞こえたんだ」
「私も、福知くんとみうがどうなるのか気になって、ついて来ちゃった」
テヘッと舌を出す舞鶴。可愛くねえ。
「部活遅れるぞ」
「それはカズもじゃないか?」
「俺はこれが部活だ」
「告白の覗きが部活……」
「あ、しっ!」
少し固まっていた伊根町が動き出した。
「どう、して?」
「どうしてって言われても……、好きなもんは好きなんだ!」
「そう……」
伊根町は目を伏せる。一泊おいて、彼女は言葉を発した。
「ごめん、なさい」
「「!!」」
返答は、無慈悲なものだった。
「私は、福知とは付き合えない」
「そっか……そうだよな!」
はははと、福知は笑う。その声は普段のものとは違い乾いていた。
「失敗か」
ボソリと呟く。そうなる覚悟はしていたが、いざ現実で起こると、やはり心に来るものだ。
福知の乾いた笑いが、胸を痛めつけた。
「はは、は…………一つ、聞きたいんだけどさ」
「……なに?」
福知は笑うのを止め、真剣な表情になった。
「他に、好きな男の人、いる?」
「…………」
「いや、いるならサッパリ諦められるからさ」
儚い笑みがこぼれる。福知も、あんな表情を見せるのか。
「……いるよ」
伊根町は、一言返事をした。その短い言葉に驚かされる。
彼女に好きな人がいるとは意外だった。だが福知はそうでも無かったようで、「そうか」と落ち着いた表情のまま下を向く。
「嫌ならいいんだけどさ、誰か教えてもらっても良い?」
伊根町はこくりと頷いた。
話は進んでいく。福知は、俺がここにいるのを忘れてしまっているのかもしれない。
彼の告白は終わりだ。この先の話は、俺は聞かない方が良いだろう。
聞く権利があるのは彼だけである。
立也と舞鶴もその場を離れ、二人を残し、俺達は校舎の正面に集まった。
「まあ、仕方ないな。恋愛と、友情は違う」
立也の言葉に、俺も舞鶴も頷いた。その後、誰一人話す者はいなくなる。
立也と舞鶴は何を考えているのだろうか。考えてみても、分からないものは分からない。
「あや、そろそろ行こうか」
「うん。じゃあね、清水くん」
いつまでもここに居ては仕方ないと、立也と舞鶴はサッカー部の方へ向かう。二人共遅れて何してたんだと、他の部員から茶化されていた。
俺も、自分の部室へと急いだ。こんな日も、部活はしっかりやらねばならない。
部室に戻り、暫くすると二人が入って来た。その空気は気まずいとは少し違う、奇妙なものだった。
「清水っち、ちょっと外出ない?」
「……ああ、分かった」
福知の望みを聞き、伊根町を部室に残して廊下へ出る。男子トイレ付近まで行った所で、会話を始めた。
「見てた?」
「ああ」
「そっか」
立也と舞鶴も一緒だったのは、言わなくてもいいだろう。
「振られちゃった」
「だな」
福知の寂し気な笑みが、突き刺さる。
「マジだったんだけどなあ……」
かける言葉が見つからなかった。黙っていると、小さく嗚咽が漏れ始める。
福知の顔は涙に濡れていた。彼が腕でゴシゴシと拭うも、次から次へと溢れて来て、乾くことはなかった。
やはり、止めて置くべきだったんだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。
想定していた通り、見込んだ通り、勝ち目の薄い賭けだった。あの状態で告白に踏み出したのは、無謀と言われてもおかしくない行為だったのだろう。
俯き、拳を握りしめる。だがそんな俺の消極的な考えを、福知が一言で吹き飛ばした。
「清水っち、ありがとう」
「……え?」
意味が分からなかった。何故この状況で俺に礼が言えるのだろう。
「清水っちがいなかったら俺、きっと一度も告白せずに終わってた」
「別にそうとも限らねえだ「限る!」」
俺の声は、福知の強い口調によって遮られる。
「マジの話をするとさ、無理だろうなって分かってたんだ」
「……」
「でもそれは俺が伊根町を好きになった時からでさ。今は無理だから、今告白しても絶対ミスるからって、今までずっと逃げてた。好かれようって努力もしないで、ただ、伊根町と楽しく喋れてれば良かったんだ」
「努力は、しただろ」
福知はいつも頑張っていた。
「それは清水っちと出会ってからだよ。どうやったら一緒に居られるかとか、長く話してられるかとか、そういうことは考えたけどさ、料理に挑戦した時みたいに、自分を磨こうとしたことなんて一度もなかったもん」
「自分から、話しかけに行ってるだけ、偉いって」
メガネくんもその積極性を評価していた。現代日本で、好きな人に向かって積極的にアプローチをかけれる男性は少ない。
そこに関しては、間違いなく福知の美点だと思う。
「それなら、そういうことにしとこうかな。俺も偉くなりたいし!」
福知は、まだ涙の残る目をにっと曲げ、冗談を言い笑顔を形作った。
「ただ、今はそういうことが言いたいんじゃなくてさ。何て言ったら良いのかな。俺は、妥協してたんだ」
「どうせ無理だし、諦めて今の関係のままで良いかなって。失敗して、この幸せな時間が無くなるのは嫌だなって」
「でも、清水っちに手伝ってもらえて、清水っちに頑張れって励まして貰えて、マジ元気が出た。告白しようって、勇気が湧いた!」
「このまま告白もせず、ずっと妥協して、卒業してたら俺きっと後悔したから」
知らず知らずの内に、俺の目からも涙が溢れる。遊園地の時といい、俺の涙腺はどうなっているんだ。
「だからさ」
「清水っち、ありがとう」
流れ出る涙を止めることは出来なかった。いつの間にか、福知と俺の立場が逆転している。
やっぱり、部活を始めて良かった。彼を引き止めず、彼の背中を押して良かった。
ふと、愛のことを思い出す。
――なあ、愛――
――どうしたの?――
――何で愛はそんなに他人の為に行動出来るんだ?――
――えー、だってさ――
――誰かに感謝されるのって、すっごく嬉しいじゃない――
今なら愛の気持ちを、痛いほどに理解することが出来た。
野球見てて投稿忘れかけたなんて言えない……